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36 魔性先輩と誓約魔法は相性が悪いかもしれない

 ジェレンス先生は、ほどなく戻って来た。書き上げた誓約魔法用の書類――もちろん、これも呪符魔術の一種である――を魔性先輩にあらためさせつつ、わたしを見て眉根を寄せる。


「どうした。元気がないな」


 魔性先輩を警戒し過ぎて疲れました……なんてことは、ちょっといえない。

 なお、ジェレンス先生不在のあいだ、魔性先輩は果敢にわたしに話しかけつづけたが、わたしはだいたい無言をつらぬいた。だって一回だけ返事したら「君の声、ほんとに可愛い」っていわれたんだぞ。喋れねぇ。


「いえ。先生、お戻り早かったですね」


 早くて助かるが、そもそも放置して行かないでほしかったよね!


「これだけのものを短時間で書き上げて、証人欄に校長の署名までもらってくるなんて。さすが、〈無二〉の二つ名をお持ちなだけはある」


 なにそれ。激やば教師、そんな二つ名があるの。ていうか、二つ名? マジでそんなもんがあるの!?

 あと、さりげなくエルフ校長が巻き込まれてない?


「早く読め、確認して文句がなければ署名しろ」

「そんな急かさないで……ね? 先生が怖い顔してると、ルルベルも怯えちゃうし」


 いや、ジェレンス先生の顔は無駄にイケメンなだけだし暴言は慣れたし、周囲への理不尽なふるまいだけやめてもらえればそれで――や、今まさにそれか。理不尽な勢いで署名迫ってるな!

 魔性先輩はわたしと繋いでいた手をはなし、ごめんねというように目線をくれたけど、いやいやいや。もうほんと、疲れるから家に帰りたい。そう。寮じゃなく家でたのみます家で……。

 さすがの魔性先輩も、〈無二〉が書いてエルフ校長が証人として署名した誓約魔法については、適当に流すわけにはいかないのだろう。机に置いた書面をあらためる表情は真剣だ。机は横にあるので、こちらからは魔性先輩の横顔が見えるのだが、マジで美しいよね……。ぼんやり眺めていると、視線があった。

 えっ。視線が。あった?


「気になる?」

「き……気になります」

「ルルベルは世界一の呪符魔法使いを目指すんだそうだ」


 ジェレンス先生、そこ、すかさず報告しなくていいところー!


「そうなの? じゃあ着色して見せてあげるよ」

「はい……って、え、なにを?」

「呪符魔法。色分けすると、わかりやすいからね」


 魔性先輩は書類を手にすると、わたしの方に向き直った。椅子の位置を直して、完全に膝を付き合わせる距離に……近い。近い近い近い!

 わたしが声にならない絶叫をあげているのに気づいてないってことはないと思うが、その膝と膝の上に書類を置いて、魔性先輩は手をかざした。骨っぽい右手の中指に、大きなリングがはまっている。なんか紋章っぽいなと思いながら、はじめは指輪を見てたんだけど。

 紙に大きく描かれた円が、黄緑……いや、どちらかといえば金粉まじりの緑? みたいな色を空中に吹き上げはじめたので、ひぇっ、と声が出た。


「この外周の円が、魔力を貯めておく部分だね。光ってるのは、エルトゥルーデス校長の魔力。独特だから、すぐわかる。それに――」


 ほらここ、と魔性先輩は円の上端、線が少しだけ縒れている部分を示した。


「――よく見て。とても小さいけど、きっと見えるはずだよ」


 わたしは書類に顔を近づけた。なんだろう……無限大の記号みたいな感じの? その部分に、緑色の光が集まってる。


「よじれた線があります」

「そう。ここまで小さく仕立ててあると、よほど注意しなければ気づけない。あるいは、こんな感じに染色でもしない限りはね」

「染色……ああ、ここだけ緑が集まってるからですか?」

「よくわかったね。そういうこと。これは書類作成時の魔力が尽きた場合にそなえた、外部魔力の取り込み用の図形。今は全体に校長の魔力が行き渡っているから、取り込み回路から魔力が入ってくることはないんだ。それでも入り口があるから、こうやって色が変わる程度には変化する」

「なるほど……すごいですね」


 顔を上げて、ひっ、と息をのんだ。

 近い。近い近い近い近い! 魔性先輩の顔が近い!


「そんな、まっすぐに褒められると照れちゃうな」


 いやいや、照れちゃうって顔じゃねーだろそれ! ただのロック・オンだ!


「ほ、ほかの図形もこうやって見られるんですか?」

「もちろんだよ。誓約魔法の本体は、この部分だね――この図形は誓約紋。意味は『ここにしるされた内容を厳守することを誓う』だ。わかりやすいでしょ?」


 魔性先輩の指が、図形をなぞる。それは、なんていうかこう……地図記号の銀行みたいな形だった。魔力取り込みの円の内側に、縦長に描かれている。地図記号と違うのは、中央の狭まってる部分にさらに円が三個も描きこまれているところだ。


「これは銀色?」

「描かれただけで、まだ発動してないからね。魔力の質や量を反映させた彩色じゃないよ。ただ、範囲を指定するために色をつけただけ」


 緑と金の円とかさなって、書類はとても美しい。なんだか夢みたいだ。


「おまえさ、いいからさっさと署名しろよ」

「この、守れなかった場合、命に危険が及んでも文句はいわないことって条項、もう少しゆるくなりません?」


 きっつ! えっなにそれ。ジェレンス先生、容赦なさ過ぎない?


「校長命令だ。やるなら、それくらいやっとけってお達しだよ。


 まさかの! 校長先生、たまに俺様度が最高峰になるね……ぜんぜん予測がつかない。


「しかたないな。まぁ、誓いを破る気はないけど。特例も、よくできてるし」

「特例ってなんですか?」

「教えても? 彼女は知る権利があるよね」

「当然。特例は、おまえの望まないことを強いるのが可能な場面についてだ」

「えっ……」


 なんでそんな特例があるの? え、そんなの書類に書いてあった? って口まで出かかったけど、質問する前に回答が来た。


「特例一、ルルベルの命に危険が迫っているとき、これを回避するためには望まぬ行動を強いることを許可する」


 物騒!

 魔性先輩が書類を取り上げ、また机の方に向き直った。ペン……はないけど、指で書きはじめましたね。染色してるのか。署名か! ペンがいらなくていいですね!


「特例二、ルルベル以外の第三者に命の危険が迫っており、ルルベルに望まぬ行動を強いればそれが回避できるとき。ただし、特例一にそむかない範囲に限る」


 ……長い。要は、誰かがピンチのとき、それを助けるためならわたしが嫌がることもさせてオッケー、って話か。ただし、その結果、わたしに危険が及ぶようならアウトってことね。


「特例三」


 ジェレンス先生がつづけるので、おどろいたわたしは、思わず口をはさんだ。


「まだあるんですか」

「これで終わりだ。誓約者本人の身に命の危険が迫っており、ルルベルに望まぬ行動を強いればそれが回避できるとき。ただし、特例一、特例二にそむかない範囲に限る」

「……魔性先輩の命、軽っ!」


 思わず叫んでしまったわたしを、イケメンふたりがまじまじと見た。


「魔性先輩?」


 若干……若干だけど、いつもの魔性オーラが薄くなった先輩を見て、ジェレンス先生がげらげら笑った。


「いいね。おまえ、いいセンスしてるな!」

「あの……大変失礼いたししました」


 魔性先輩は署名を終えた書類をジェレンス先生に渡すと、こちらに向き直った。ひいい、近い近い。やっぱり近い。怒ってはいない……と思うけど、ぜったいこれ、面白がってる顔だよね!


「失礼だったと思うなら、名前で呼んでくれる?」

「……はい?」

「魔性先輩じゃなく。ファビウス、と……」


 うっ、と胸を押さえて倒れたいのはわたしなのに、なぜか、魔性先輩が呻いた。


「せ、先輩? 大丈夫ですか?」

「気にすんなよ、ルルベル」


 ジェレンス先生はにやにやしている。魔性先輩は胸を押さえたまま俯いて動かないし……。


「なにが起きてるんですか」

「わからんのか。さっそく誓約に引っかかったんだよ。名前を呼ばせようなんて高望みをするからだ」

「誓約って……えぇぇ!?」


 わたしの望まないこと……たったこれだけでか! きっつ! 誓約魔法きっつ!

 どうしよう、わたしのせいだよね、これ。しかし介抱しようにも、誓約魔法にアウト判定もらってダメージ食らったときのお世話のしかたって……全然わからない!

 わたしは魔性先輩の手を握り、声をかけた。


「先輩、大丈夫です。わたし、そんなに嫌じゃないですから……名前呼び」

「う……ほんとに……?」

「はい。ファビウス先輩!」


 とたんに、ぎゅっ、と手を握り返され、上目遣いで。


「先輩……は、省いてくれてもいいんだけどな。ああ、でも無理しないでね?」


 転んでも、起きるときはまず上目遣いなんだな、魔性先輩……。

土日も更新予定です。


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