359 わきまえてなかったら、とっくに暗殺してるわ
聖属性かもしれない魔法を使う第二の聖女の話は、数日遅れで職員会議でも知らされることになった。
つまり、昼食の席上で。
ジェレンス先生が、かる〜い口調でこういったのだ。
「ルルベル、おまえには話しておくべきだってことになったんだがな。近々入学する学生が、聖属性かもしれないといわれている」
来たー! って感じだよね。
「その『かもしれない』っていうのが、とても気になります……判定はしていないんですか?」
「判定の魔道具が絶対だとも、いいきれないからな」
えっ、そうなの? って顔したわたしに、ウィブル先生が教えてくれた。
「過去に何例かあるのよ、判定間違い。だいたいは、本人も気がついていない副属性の方が引っかかったとか、そういうものだけどね。あとは、判定を担当した者が恣意的に結果を歪めた、なんてこともあるわ」
「そんなことが……」
「今回は聖属性だしなぁ。大暗黒期以前の記録があやふやだから断言はできねぇが、そんなに近い年頃で複数名存在したって話は聞いたことがねぇ」
「ルルベルちゃんが聖属性なのは、間違いのないことだし。ですよね、校長?」
エルフ校長は、長ぁぁぁく息を吐いた。肺活量すごそう……。
「そうです。それに、ジェレンスのいう通りです。僕が知る限り、同い年の聖属性魔法使いが揃うなど……そんなことは、ありませんでした。ただ、だからといって絶対にあり得ないとまではいえないのが苦しいところです」
「そう……なんですね」
自分の声がちょっとおかしかったので、ショックを受けてるのかなって思った。
なんでかな。エルフ校長なら、圧倒的に支持してくれると思い込んでたのかもしれないな。……でも、エルフ校長は聖属性なら無条件で惹かれちゃうんだから。今度の聖属性らしき魔法を使える新入生だって、それがほんとに聖属性っぽいなら……もちろん、そっちも最大限に支援するだろう。
「厳密にいえば、なんだって可能性は皆無じゃないもの」
「まぁ、入学するってんなら鍛え上げてやりゃいいだけだ。そいつの属性がなんであっても」
ジェレンス先生の結論、すごく……ジェレンス先生。
「やだやだ。ジェレンスってほんと、実は人間を信じてるわよね。アタシが汚れた大人の役を引き受けなきゃいけないじゃない」
「汚れた大人としては、どうするんだ?」
「もちろん、ちゃんと指導するわよ。だけど、どの勢力と結んでるかは確認しないとだし、本人の資質も見極めないと。魔法使いにふさわしい考えかたができるかどうかね。それをわきまえない人間が魔法を使えるようになっても、不幸にしかならないもの。本人も、周囲も」
ふうん、とつまらなさそうにつぶやいて、グラスを傾け――今日も、職員の皆さんはワインを嗜んでおられるのだ――ジェレンス先生は、ふと思いついたというようにウィブル先生に尋ねた。
「おまえの判断じゃ、俺はどうなんだ? わきまえてるのか?」
「わきまえてなかったら、とっくに暗殺してるわ」
「え」
この「え」は、ジェレンス先生とわたしのステレオ放送でお送りしております。
……えーっ!
「暗殺っておまえ……」
「あんたほどの実力者がなんにもわきまえない存在だったら、どうなると思ってるの。世の中、大混乱よ。いろいろやらかすけど、根っこのところではわかってるから見逃してるの。ちんけな魔法使いなら適当に折ってやればいいけど、あんたを止めるには、命を奪うくらいの覚悟が必要でしょ。正面からぶつかって勝てる確率はかなり低いし、だったら暗殺よね?」
「……いやいやウィブルよ、そんな真面目に詰めないでくれ? なんか怖ぇーし! ……校長! この物騒な教師に意見をお願いしますよ」
「僕は、逃亡を勧めたいですね」
エルフ校長さえ認める、ウィブル先生の暗殺力!
……と、思ったんだけど。
「聖属性かもしれない魔法を使えるといっても、その者はまだ若いのです。それこそ、汚い大人にあやつられている可能性が高い。そのあやつりの糸を切って、安全な場所に逃してやるべきでしょう」
そっちかーッ!
「校長先生、今はそういう話をしているわけではないですよ」
「そうですか? ルルベル、君は知っていると思いますが、我々エルフは聖属性に無条件で惹かれますからね。どうしても、聖属性らしき魔法を使うという新入生のことを考えてしまいます」
「……はい」
「ですから僕は、一報を得てすぐ、里に連絡をしました」
「……はい?」
「問題の学生を見に行ってもらったのです。まず間違いなく、聖属性ではないと」
えーっ。
「ま、それをどう証明するかだな。魔物を吹っ飛ばせるってのが事実なら、実際、どの属性をどう使ってるのかってとこも気になるし」
「僕としては、ほんとうに一代に聖属性魔法使いがふたり出るなら、今度こそ逃げてもらおうと思っていたのですが……」
エルフ校長は、そのへんブレないな!
「でも、聖属性魔法使いでなくても逃げてほしいんですよね、校長先生は?」
「そうですよ。ルルベルには断られてしまいましたからね。今度こそ、面倒なしがらみのない場所へ逃してあげたいと思います。聖属性魔法使いでなくとも、聖属性魔法使いかもしれないと偽った以上――なにが起きるかわかりません」
「なにが起きるか……わからない?」
ウィブル先生が、肩をすくめる。
「今のところ、王家が影響力を高めたいからって説が濃厚だけど。でも、王太女殿下のご発案じゃない気がするのよねぇ。魔法のことをよく知っているなら、ふたりめの聖属性魔法使いを出すのって……ちょっと無理めじゃないかと思うものよ。まず、選択肢として視野に入ってこない。そして、王太女殿下はとても優秀な学生なのよ」
「なるほど……でも、じゃあ……誰が?」
「王家に恩を売りたい誰かでしょう。それが誰かを調べないといけない。それに……聖属性は特殊だから、騙りは大罪になるの」
「んな法律、誰も覚えてねぇだろ」
「僕が覚えています。君が覚えていないからといって誰も覚えていないことにはならないのですよ、ジェレンス。ただ……第二の聖女と呼ばれている彼女は、たぶん知らないでしょうね。そんな法律のことなど」
わたしも存じませんでしたッ!
……でも、考えてみればそうだよな。聖属性持ちってだけで、ものすごい特別扱いを連発されるんだもの。ド平民のわたしでさえ、聖女と認められたとたん、王族に比肩する地位を得るんだし――もちろん、建前上はって話だけど。でも、特別な存在になってるのは間違いないわけで。……騙りは大罪だといわれても、納得感しかない。
「ただ、ウィブルがいっているように、背後の事情を洗い上げてからですね。どれだけ罪深いおこないかを、しっかりわからせねばなりません。それに、放置すればルルベルに危害が及ぶ可能性もあります。許せません」
「危害……?」
「王家をうまく動かすほどの人物なら、今の聖女は偽物だと民衆を扇動することも、大いに考えられ得るということです。もちろん我々はそれを阻止せねばなりませんが、万が一うまくいかなくてもルルベルは大丈夫です。エルフの里に来ればいいですからね」
いや……結論そこ? 飛躍してない?
「まぁとにかく、めんどくさい事態であることは間違いないの――」
ウィブル先生が無難に話をまとめ、困ったようにわたしを見た。
「――ルルベルちゃんったら、そんな顔しないで? 大丈夫よ、アタシたちがついてるんだから」
「ところでルルベルよ、おまえ、どっからこの情報仕入れたんだ?」
「えっと……情報?」
すっとぼけようとしたけど、ジェレンス先生は許してくれなかった。
「はじめの反応が、あきらかに知ってる感じだったろ。誰から聞いた」
「ええ……それはちょっと」
「ファビウスか?」
「違います」
あっ、反射的に答えちゃった!
実をいえば、ファビウス先輩はもう知ってる。ただし、情報源はわたしである。相談したくて、話しちゃったのだ。
ファビウス先輩は余裕の態度で、僕にまかせておいてとかいってたけど――あのファビウス先輩が、わたしに聞くまで知らなかったってこと自体がね。王族側の本気度を示してるんじゃない? ……とは、こっそり思った。
「じゃあ生徒だな」
「……」
「ほかに接点ねぇもんな。夕食を一緒にしてる面子の誰かってことか。……まぁいい」
まぁいいなら訊かないでほしい。無駄にびくびくドキドキしちゃったよ!
でも、びくびくドキドキの本番は、ここからだったのだ。
「ところでルルベル、おまえ明日から俺と西国行きな」




