358 聖属性かもしれない魔法?
しかし、わたしの予測はハズレた。
翌日の夕食で、調査結果が発表されることはなかったのである。その翌日も。そのまた翌日も。
春になって溶けだす氷の心境に合格点が出て、さらには雫を受け止めて広がる波紋、その水面になった気分という無茶振りも乗り越え、ようやく治癒の呪文が完成に近づいた頃――校長室から食堂に向かおうとしたとき。
「ルルベル!」
廊下を、淑女にあるまじき勢いで走って来たのはシデロアだった。
ねぇねぇ、ちょっと聞いてくださいよ奥さん。最近わたしたち、嬢抜きで呼び合うようになったのよ!
まさか、伯爵令嬢とこんな距離感でつきあうようになるとは。思わなかったよねぇ……。
でも冷静に考えると、前世のわたしってば伯爵以上、侯爵・公爵令嬢あたりに転生するつもりだったのよね? 悪役令嬢ポジションだもんな……。
こっわ! 無理無理! 無理! 庶民でじゅーぶん、むしろ庶民希望!
転生コーディネイターが、主役ポジっぽいとこに捩じ込んでくれて助かった……。
「シデロア? どうしたの?」
「わかったのよ。例の、殿下と殿下が喧嘩なさった件。食堂で話すわけにはいかないから、ここに来たんだけど――」
シデロアは、リートを見遣った。こいつの前で喋ってもいいかを考えている顔だ。
「人払いをした方がいい?」
「……いえ、リートはあなたの親衛隊長なのよね? 知っておいた方がいいわ」
実をいうと、姿が見えないだけでナヴァト忍者もいるはずなのだが……知っておいた方がいいにカウントされるものと考えて、わたしはうなずいた。
「じゃあ、このままで。……それで、なんだったの? 喧嘩の原因って」
「第二の聖女と呼ばれている子がいるらしいの」
「第二の聖女……?」
なんぞそれ。
「聖属性かもしれない魔法を使うそうよ」
「聖属性かもしれない魔法……」
さっきからリピート・アフター・ミー! とでも指示されたみたいになっちゃってるが、考えてもみてほしい。
第二の聖女? 聖属性かもしれない魔法? ……訊き返すだろ!
「発言しても?」
リートが尋ねて、シデロアがうなずく。
「許します」
「それは、この学園の生徒ということか?」
敬語もなにも使わないリートであるが、シデロアは気にしない。……リートに慣れちゃったのである。
「いえ、これから入学してくるという噂よ。急に発現したのですって、聖属性かもしれない魔法が」
「その『かもしれない』が、非常に引っかかる……」
「もともとは、生属性と判定されていたそうよ。ただ、生属性魔法使いに師事しても、思うように魔法が使えなかったのですって。なのに、魔物と対峙したときに消し飛ばしたことから、実は判定が間違っていて聖属性なのでは? と」
「そんな乱暴な。雑過ぎる」
おまえにだけはいわれたくないスペシャル感想を漏らして、リートは眉根を寄せた。
「とにかく、地元では魔物退治で有名らしいの。田舎の男爵家から来るらしくて」
「養女ということですか」
男爵家から来るという微妙な表現を、リートがあっさり解釈した。マジか。
前世で大量に嗜んだ乙女ゲーム転生ものであれば、この男爵令嬢は間違いなくヒロインちゃんポジションであろう……なんてことを、ぼんやり考えていると。
「その子を盛り立てていこうというのが、皇女殿下のお考えらしいのよ」
「え、なんで?」
思わず、素で訊いてしまった。
シデロアは、大きく息を吐いて答えた。
「仲が悪くていらっしゃるでしょう? シェリリア殿下と」
「あー……」
つまり、反射されて昏倒するレベルの悪意、または害意の対象であるシェリリア殿下が、わたしの後見になったから! ほかに聖属性魔法使いがいるなら、そっちを取り込もうぜ! っていう。
……どーでもいーい。
むしろ、それでウフィネージュ様にちょっかいかけられずに済むなら、ばんざーい! って感じじゃない? あとはまかせた、聖属性かもしれない男爵令嬢よ!
「盛り立てるだけなら勝手にしろというところだが、どうせ、こちらを下げるのも同時にやるつもりだろう」
……どーでもよくなさそーう。
ぇー……そんなことあるの、ほんとに? あるんだろうなぁ。ありそう。
「殿下は……ええっと、ローデンス様はそれにどうかかわってるの?」
「その第二の聖女を生徒会に入れて特権を持たせるよう、指示があったらしいの。もちろん、王女殿下からよ。それをローデンス様が拒否なさった、ということらしいわ。スタダンス様も同じく」
「え」
なんで? と、出かかった言葉をわたしは飲み込んだ。シデロア様の表情が、とても真剣だったから。
「ルルベル、クラスの皆は、あなたの味方よ」
「でも……なにか迷惑がかかるのでは?」
「わたしたちはね、あなたがまっすぐに努力してることを知っているのよ。聖属性かもしれないどころか、間違いなく聖属性魔法使いだということも。でなければ、吸血鬼と対峙できる?」
「いや、わたしは――」
「ノーランディア侯爵家のお茶会の話。有名でしてよ? 皆、知ってるわ。あなたが勇敢に吸血鬼に立ち向かったことを」
なるほど。上流階級の噂ネットワークが仕事したってことか。
でも待って、わたしがあのお茶会でやったこと:パンを焼いた! 以上!
吸血鬼をアレしたりコレしたりについては、ほかのひとの仕事だし。わたしはただの囮だったんだから、対峙したってほどのことは……なにも……。
ここで、リートが口を挟んできた。
「王子とスタダンス様は、真っ向から反対しているということか?」
どうやら、脱線した話を戻したいらしい。
「はじめはそうね。ただ、王女殿下はそんなこと、お許しにならないもの。今は、消極的に同意なさってるようよ。まったく、情けないったら」
「シデロア、そういわないであげて。ウフィネージュ様に逆らうの、恐ろしいもの」
「君は得意だがな」
リートがすかさず突っ込んできたが、聞こえなかったことにして話をつづける。
「それに、たとえ社会的な地位がどうなっても、わたしは問題ないわ。むしろ、社交みたいなことをその……なに? 聖属性かもしれない魔法を使える第二の聖女? さんが引き受けてくださるなら、大助かりよ」
わりと真面目にいったんだけど、シデロアには特大のため息で応じられてしまった。
「そんな呑気な。相手はあなたを偽物だとか、騙りだとかいってくるかもしれないのよ?」
「校長先生が認めないでしょう、そんなの」
「ルルベル……学園内では、校長先生は偉いわ。それは事実。だけど、学園の外にも世界は広がっているのよ。それこそ、シェリリア殿下ごと陥れて始末しようなんて試みもあるかもしれないのだから」
お、おぅ……。危機意識がたりなかったか。知ってた。リートによくいわれるから!
「でも、魔王の封印までは安全じゃない? その聖属性かもしれない魔法ってやつが、ほんとに聖属性なら問題ないけど……そうでなければ、わたしが必要でしょ?」
「ルルベル……捕縛して利用する可能性だってあるのよ」
真顔でいわないでほしい。ええー……そうなの? そういうこと、あり得るの?
「わたしだって、おとなしく利用されるだけってことはないよ」
「方法はいくらでもある。たとえば、君の家族を人質にとるとかな。あるいは、シスコやリルリラ、今ここにいるシデロア嬢だって対象になるだろう。傷つけてやると脅されたら、君は相手の都合の良いように使われるに違いない」
危機意識のスペシャリスト、さすがの危機意識!
「それは……たしかに困るけど……。そこまで考える必要ある?」
「なにかあってからでは遅いのよ、ルルベル。備えましょう。わたしも、もっと情報を集めてみるわ」
「あの……危険のない範囲でお願いね? だって、ほら。リートが今いったみたいに、シデロアが人質に取られたら、わたし」
「大丈夫よ」
シデロアは、魅惑の令嬢スマイルとともに宣言した。
そして、わたしの両手をとって、しっかり握った。
「ねぇルルベル。わたしは、ひとりじゃないわ。あなたもよ。いずれあなたが魔王封印に赴くときに、わたしが直接役に立つことはできないかもしれない。わたしは一流の魔法使いじゃないから。だけど、あなたが世界を守ってくれようとするのと同じように、世界も――世界を構成するわたしたち、ひとりひとりも。皆があなたを守りたいのだと、知っていてね?」
わたしはシデロアの手を握り返した。
……なにかいいたかったけど、言葉が出てこなくて。ただ、うん、とうなずいた。
本日より今年の更新再開です。よろしくお願いします。
曇りない気もちで「あけましておめでとう」とは書けない、災害や事件の多いお正月となってしまいました。
被害に遭われたかたには、心よりお見舞い申し上げます。
直接の被害には見舞われずとも、心を痛めておいでのかたも多いかと存じます。
拙作が、皆様の気散じのお役に立てば、幸いです。




