357 これが貴族令嬢の社交術か!
「ルルベルは、もっと直感的になっていいですよ……と、校長先生のご指導を受け、本日の訓練は終わりました。以上!」
「大変そうねぇ」
シデロア嬢が、よしよしと頭を撫でてくれる。伯爵令嬢が……わたしの頭を……冷静に考えると禁断みが強いが、学園内では身分は問わないことになってるからな!
友だちが頭を撫でてくれた、ってだけのこと……ああ、いい匂いするぅ……。
「ルルベル嬢は、直感型じゃないのね」
これは、アリアン嬢。
もちろん、夕食タイムである。伯爵令嬢たちは学園に家から通っているのだが、最近は食事をともにする確率が異様に高くなっている。
「意外ですか?」
「ルルベルは直感もするどいけど、理屈っぽくもあるわよね」
これはシスコ。最近、渦魔法が前より強くなったらしい。ファビウス先輩の助言、役に立ってる!
「わたしとしては、校長先生の望む領域に達していないのでは? と」
その場に居合わせた全員が、あー……って顔になった。
つまり、伯爵令嬢たちとシスコ、リラ……あっ、リートは無表情で飲むように食べているからカウント外。そして、本日もテーブルの話題を取りまとめてくださっているスタダンス様までもが、ちゃんと「あー……」顔だったことは特筆しておきたい。
「我々は、今日は数人ずつで組んだのですよ、実技練習のために」
「殿下のご提案なの」
シデロア嬢が補足してくれた。ほとんど交流がないあいだに、王子も成長してるみたい?
「自習時間に集団行動するなんて、ちょっとびっくりです」
「でしょう? わたしたちも、意外だったのだけど……でも実際、ひとりで練習するより効率がいいのよ。発見もあるし、第三者の視点で指摘をしたりされたりすること自体が、学びになるの」
「おおー」
いいなぁ……と、チラッと思ってしまっても誰もわたしを責めないだろう。たぶん。
だってさぁ! わたしもそういうフツーの学生生活を送りたいじゃん! 春になって溶けはじめる氷の気もちとか、知るかーッ! って叫びたい日もあるわけよ。いや、そういう日ばかりだよ。
「殿下が皆に提案してくださって、ほんとによかったわ」
「シデロア嬢、学園では名前で呼んでくれと、あれほどいったのに?」
リートを含む全員がただちに食事の手を止め、声がした方を向き、あわてて立ちあがろうとした。
もちろんそこにいたのは王子で、わたしたちの反応を見て苦笑していた。
「それも、やめてくれないか」
「失礼しました、ローデンス様。あらためるのは、意外と難しいものですわね。許してくださいます?」
「許すも許さないもない。難しいことをたのんでいるのは、こちらの方だ」
王室スマイルをくり出して、王子はこうつづけた。
「一緒に食事をしても?」
代表してスタダンス様が答える。
「もちろんですが、我々はもう食事を終えるところです。またの機会にしていただけますか?」
すっかり忘れかけてたけど、スタダンス様は王族の横槍を回避するための盾として、同席してくださってるんだった……。
わたしとしても、王族はな〜……。王子はいいけどウフィネージュ様が怖い。
「もう食事を終える? そうは見えない……などというのは、野暮だな」
ふっ。って笑うのがサマになってるのは、さすが王子……ってことなのかな。身分は問わないとかいっても、やっぱり生まれと育ちはふるまいに反映されるよなぁ。
シデロア嬢が令嬢スマイルで対抗。
「わかってくださるのでしたら、嬉しゅうございます。実は最近、腰回りに問題を抱えておりますの……このままでは、制服を仕立て直す必要があるかもしれません。それで皆様、わたしにつきあって食事を控えめにしてくださる、という話をしていたところなのです。どうか、ご内聞に」
恥じらいをまじえた仕草と口調……いやぁ、シデロア嬢すごいな。
もちろんではあるが、そんな話はなにひとつ、これっぽっちも、していない。雰囲気を読んだシデロア嬢による、アドリブである。誰も真に受けたりはしないだろうが、つっこみづらい話題の上、内緒にしてねって流れも自然。
これが貴族令嬢の社交術か!
「美しい友情だ。……リートは含まれないのか?」
空気を読まずに食べつづけていたリートは、口の中にあるものを飲み込んだ。通常営業である――おまえはもうちょっと味わって食べろ、といいたい。
「俺が食べるのを控えても、シデロア嬢の問題は解決しませんので」
「は! それはそうだな」
「仲間はずれも、気に病まない方です。なんでしたら、ローデンス様が俺の代わりをなさっては?」
「君の代わり?」
「はい。シデロア嬢につきあって、食事を制限されてはどうでしょう。意味があるかは、わかりませんが」
リートよ……。
しかたなく、わたしが話を引き取ることにした。
「うちの親衛隊長が、申しわけありません。こういう者ですので、お許しください」
「どういう者なんだ……」
あまりリートらしさの直撃を食らったことがなかったようで、王子はちょっと混乱していた。
そりゃまぁなぁ……王子殿下相手に、自分がやらないことをやればいい、意味はない――なんていうやつ、いる? ここにいるけど。
「殿下はお夕食はまだでいらっしゃるのですか?」
「ローデンス」
「……ローデンス様は」
「うん。今日は姉上のご機嫌をそこねてしまってね。馬車で先に帰られてしまった」
「はい?」
なにそのシチュエーション。
次の言葉を探しているあいだに、スタダンス様が口を開いた。
「なにかあったのですか? 聞いてもよければ」
「大したことじゃない。大したことじゃないんだが……姉上に逆らったことが、滅多になかったから。きっと、びっくりなさったのだろう」
「……なるほど。おどろかれたのでしょう、ウフィネージュ様も」
「だろうな。おまえも最近、姉上の依頼を後回しにしただろう」
スタダンス様は、曖昧な笑顔で――このひとでも、こんな顔するんだ! と思うくらいスタダンス様っぽくない表情で――答えた。
「そんなことがありましたか……思いだすことができませんが、あったのでしょう、殿下がそうおっしゃるなら」
「ローデンス」
王子、ここだけはブレないな!
「ローデンス……もしかして、同じ件で?」
「そういうことだ」
「なるほど。では殿下……いや、ローデンス。少しつきあってもらえませんか」
「それはいいが――」
スタダンス様は立ち上がると、完全に置き去りになっている女子生徒たちひとりひとりと視線を合わせ、胸に手を当てた。
「たいへん申しわけないのですが、おさえきれないのです、食欲を。これ以上、食べるわけには参りません。我慢してらっしゃるシデロア嬢の前で、そんな無体なことは。ですので、別室でこっそりいただいて参ります」
スタダンス様の謎理論に、シデロア嬢がまた令嬢スマイルで応じた。
「まぁ、スタダンス様! そのように、食べることを隠さないのは駄目ですわ。羨ましくなってしまいます」
「これは失礼。それでは」
一礼して、スタダンス様は王子とともに立ち去ってしまった。途中、食堂のひとに声をかけてたから、個室を用意してもらうんだろう……あーほら、衝立の向こうに消えて行った!
「……シデロア嬢が食事制限をしなければならないのなら、ルルベルはもっとまずいな」
急にリートがそんなことをいったので、わたしは脳内でリートの頭をスパーン! とやった。スリッパで。脳内なら、いくらスパーン! とやっても問題ないだろう。ハリセンの方がいいかな?
アリアン嬢が、リートに告げた。
「大きなお世話よ。お黙り」
……つんよ!
でもね、正直いってね……最近、体型がちょっとアレなのは事実だ。そう。食事が充実し過ぎてるのである!
昼がやばい……職員の皆さん、高カロリーのものばんばん並べて、ルルベルも食べろって勧めてくるから! あと、校長先生の特訓も、お茶とお菓子が大量について来るんだよね……。
それはともかく。
「ねぇ、今のなんだったの? 殿下が殿下と喧嘩したってこと?」
わたしの問いに、シデロア嬢が眉根を寄せた。そんな表情でも、シデロア嬢は可愛らしいし、上品だ。わたしがやったら、エーディリア様にダメ出ししかされないのに。
「スタダンス様のことも含めて、情報を集めてみるわ」
明日のわたしは、これが貴族令嬢の情報網か! って叫ぶことになりそう。
年末の更新は、ちょっとお休みが多めになると思います。
実は、帯状疱疹のワクチンを接種する予定がありまして。
前に接種したとき、けっこう副反応が強くて大変だったんですよね……。
なので、更新がなかった場合「あー、副反応だね?」と思っていただければ幸いです。
場合によっては、そのまま年始のお休みもしてしまうかもしれませんが、調子次第ということでご了承ください。




