352 よし、自信ないけどまかせて!
「あの……わたし、うまく説明できなくて。でも、すごく……気もちが落ち着いたんです」
「そう? なら、よかったよ」
ファビウス先輩は、わたしを見下ろして微笑んでいる。
……どうやっても伝わる気がしない。諦めの心境で、わたしはつぶやいた。
「ファビウス様の方が、ずっとわかってらっしゃるんですね」
「わかってる、って?」
「わたしに必要なものがなにか、ってことをです。わたし自身よりも、ずっと」
「ルルベル……」
わたしの名を呼んで、ファビウス先輩はその先の言葉を選びあぐねているようだった。
視線を合わせたまま無言でいるの、なんだかくすぐったい――。
「ファビウス様、昼食が届きました」
階下からリートの声がして、静止していた時間が動きだした。
にっこり笑ったファビウス先輩は、わたしの手をとって告げた。
「お待ちかねのものが届いたようだよ」
「ファビウス様、人聞きが悪いです」
わたしが食欲の権化みたいじゃない? ……まぁ、あんまり間違った認識とはいえないけども。
ファビウス先輩は笑っただけで肯定も否定もせず、わたしたちは階下へ戻った。
テーブルに置かれたバスケットから、次々と美味しそうな料理が取り出されている――それを並べているのは。
「シスコ?」
頬が赤いのは、戸外が寒かったからだろう。きらきらした大きな眼は笑みをたたえて……ああ、シスコが今日も天使!
「お招きありがとうございます、ファビウス様」
「こちらこそ。急な求めに応じてくれて、助かったよ。なにも困ることはなかった?」
「回していただいた馬車に乗って、お使いをするだけですもの。ルルベル、パンはあなたのご実家で焼いていただいたものよ」
なんだって。
いわれてみれば、すごく見覚えがある形……うちの定番商品のロールパンに間違いない。でも、もう一種類のパンは知らないなぁ。新商品かな。
「この砂糖がけのは『聖女パン』ですって」
……ネーミング! どストレート!
でも、うちにはネーミング・センスがある人間などいない、むしろ我が家っぽさが全開だ……聖女パン。
「良い機会だったから、ご挨拶させていただいたわ。ご家族の皆様、お元気そうだったわよ」
「シスコみたいな上品なお嬢様が訪ねて来たら、さぞびっくりしたでしょう」
「わたしはともかく、馬車が紋章付きだから……」
「伯爵家のね」
すかさずファビウス先輩が補足したのは、前回乗り付けたときは王族関連紋だったことから、わたしが勘違いしないようにだろう。さすファビである。まさに青ざめかけていたところだった。
でもぶっちゃけ、下町には伯爵家でも……かなりアレよ?
「焼きたてを急いで運んで来てもらったんだ。早く食べよう?」
パンはうちのだけど、お料理はシェリリア殿下のところで用意してもらったらしい。いつも研究所の仕出しじゃ飽きるだろう、と……なんでもないことのようにいわれたけど!
馬車の紋章どころの騒ぎじゃないじゃん、離宮の厨房から運ばれて来たお弁当……! どれもこれも、運んでも汁がこぼれたり形が崩れたりしない工夫がされている上、見栄えも最高。調理や盛り付けが繊細過ぎて、ぱっと見ではなんの料理なのかわからないほどだ。
ここで、緊張のあまり味がしなかった……とはならないあたり、やはりわたしは食欲魔神なのかもしれない。……むちゃくちゃ美味しかった!
あ、パンはごくフツーの、うちのパンである。でも、砂糖がけパンを通常商品として出せるなんてなぁ……。感無量かも。聖女経済効果かな。……だろうなぁ。
「シスコはまだいられるの?」
「うん。午後は自習で、好きにしていいの。実技の練習をしたいから、よかったらルルベルに協力してもらえないかと思って」
「もちろん喜んで! でも、わたしになにができるの?」
「魔力感知。渦をつくる練習をしてるんだけど、どうしても魔力の運用に無駄があるみたいで……自分ではどこで無駄が生じてるのかわからないの。ルルベルは、魔力感知が得意になったんでしょう?」
「あーうん、そうね。魔力の流れはわかると思うけど……どこが無駄かまでは、判断できる自信ないかな」
「ルルベルならできるよ」
そういうのが得意そうなファビウス先輩にいわれて、わたしはうなずいた。
「……と、ファビウス様がおっしゃってるので、できそうな気がする!」
「じゃあわたしも便乗しちゃう。ルルベルならできるわよ」
「ますますできそうな気がしてきた!」
リートが、おまえら阿呆かという内心を隠さずにこちらを見ているが、気にしない。どうせリートは周囲のことは阿呆としか思っていないのである。
「じゃあ、僕はちょっと席をはずしていいかな?」
「えっ」
わたしがうまく指摘できなくても、ファビウス先輩がいれば大丈夫だと思っていたのに!
「仕事の話があるんだ。終わったら戻るよ」
「わかりました。お忙しいのに、つきあわせてしまってすみません」
「どちらかというと、ルルベルにつきあってもらったんだよ。休暇にしたのに、行き先を仕事で選んでちゃ駄目だよね? ルルベルは僕を責めていいよ」
「そんな――」
「リート、ナヴァト、ちょっとこの建物の外壁に仕込んである防衛用呪符の説明をするから、一緒に来てくれる? すぐ済むよ。……じゃあ、頑張ってね、シスコ嬢。ルルベルも」
「はい」
ひらりと手をふって、ファビウス先輩は親衛隊を連れて出て行ってしまった。
「シスコ……ちょっと抱きしめていい?」
「いいけど、どうしたの?」
ガシッ!
……あ〜、いい匂いがするし、やわらかいぃ〜。癒されるぅ〜!
今日は、シスコとは会えないと思ってたのに……幸せのメガ盛りだよぉ!
「シスコ成分補給!」
「もう、ルルベルったら」
「ずっと話したかったんだよぉ。たくさん、たくさん話したかったの!」
「わたしも」
「すっごく訊きたいことがあるから、実技練習の前に質問いい?」
「……なに?」
それどころではなくて確認できなかったあの事実を、今こそ!
「このあいだの本屋の店員さん。あれが、シスコの――」
「……そうよ」
やっぱりそうだったー!
あの平凡顔に傾国のイケボで、伯爵令嬢相手に無礼スレスレ、いやけっこうアウトな接客してたあの彼が!
訊いておいてなんだけど、肯定されてもコメントに苦しむやつだな。
「すごく良い声だったね!」
躊躇も保留もなく褒められるポイントとして、真っ先に思い浮かんだのがコレっていうね……。
「ルルベルもそう思う?」
「うん。声が良いっていえばナヴァトも低音美声だけど、それとはまた違う良さね」
「そうね、ナヴァト様も素敵なお声だけど、違うわね」
「だよね? ……あのあと、また会って話したりした?」
「ううん」
「そっかぁ」
……やっぱりシスコ、彼については話したくなさそうかな?
無理に聞いたら駄目かな……駄目だな……でも、話したくなさそうでも話した方がいい場合もある気がするしな……いやいや、お節介はよくない。
よくないけど、なにか伝えておきたい。
「シスコ、わたしはさ……うまくいえないけど、シスコの味方だからね?」
「……うん」
「なにか力になれることがあったら、遠慮しないでね。力になれそうもなくてもさ。なんでも……ぜったい、話してね」
「ありがとう、ルルベル」
ぎゅっ。……って、シスコもわたしを抱きしめてくれた。
それから。
「じゃあ、さっそくお願いしてもいい?」
「なになに?」
「……魔力感知で」
「渦魔法の実践ね! よし、自信ないけどまかせて!」
まず小規模に、ってコップの中のお茶をぐるぐるするのをやって見せてくれたんだけど、うーん……。
「全体に、遠心力で外に漏れてってる感じがする」
「遠心力?」
「そう。回転すると、力って外側に行くじゃない?」
「そうなの? 渦だから、中心に巻き込むんじゃないの?」
……あっ。遠心力の定義からか。でもそんなん、わたしもうまく説明できないぞ。渦なら中心に巻き込むんじゃないのかと問われたら、それもそうだな? って気がするし!
第一、魔力に遠心力がはたらくのは変かも。物理干渉ある方が特殊なんだから、物理法則とはまた違った動きをするはずだよな? じゃあ、あれは遠心力じゃない? でも、だったらなんなの?
「うーん……外に拡散してるのは、たしかだよ」
「中心に引っ張らなきゃいけないのに、外に散ってしまってるのね。それで効率が悪いんだわ」
シスコのまとめの方が、シンプルでわかりやすいな!




