350 今さらそんなことをしても気味が悪いだろう
「シスコ嬢に来ていただくわけには?」
ナヴァト忍者が妥当な案を出してきたけど、わたしは首を左右にふらざるを得ない。
それって、聖女サイドから見て妥当なだけで、シスコにとっては妥当じゃないわけよ。
いくら聖女様とご学友ってステータスがピカピカの金星であっても、年頃の乙女が外泊ってだけで一発退場になりかねない。そういう道徳観なのでね、我が国!
たぶん、前はそれなりに泊まりに来てくれてたの、親御さんにバレてなかったんだと思う……。
なお、わたしの評判も当然「パン屋の看板娘」としては地に落ちる。そこは「唯一無二の聖女様」なので、なんとかカバーできなくもないかもしれないけどよくわからん……くらいの感じだ。
でもさ、しかたないじゃん。
実際、吸血鬼に複数回狙われたんだし!
危機意識がないらしいわたしでも、これはヤバいと思わざるを得ないんだから。ていうか、比較的安全なはずの研究室や、きわめつけの図書館にいてさえ出て来たところを狙って襲われたわけで。寮だったらもう絶望的だろ……。
「もうさ、逆にわたしが頑張ってくしかないのかも」
「あまり聞きたくないが、訊いてやろう。なにを頑張る気だ?」
「外泊しても問題ない場合もある、むしろ勘繰って決めつける方が下世話で行儀悪い! ……って概念を広める? みたいな?」
「今回の聖女は道徳観念の低い残念な人物、まぁ平民出ならしかたない……と、思われるだけだろう」
リートの容赦ない意見! つうこんの いちげき!
「うんまぁ……うん、そうなりそうな気はした」
「難しいですね。聖女様に疾しいところはないと、我々は断言できますが」
「それもどうせ親衛隊のいうことだからとか、やつらもデキてるんだろうとかいわれて終わりだな。まさに下衆の勘繰りというやつだ」
つうこんの いちげき! ……連発しないでくんない?
「隊長、その言葉遣いは……いかがなものかと」
「言葉遣いが問題になる場面じゃないだろう、今は」
いや、わたしの心のHPがゼロですが……?
「そうね……いわれそうだね……」
「無責任にあれこれいうやつは無視すればいい。そういうやつらもまとめて、君が救ってやるんだ。慈悲深い聖女様がいなかったら、おまえら全員どうなってたことかわからんぞ――とでも思って、心でニヤついておけばいいんだ」
「……心でニヤつくって」
難易度高くない? わたしだったら、直接ニヤついちゃいそうだわ。
そしてエーディリア様に叱られるわ……。
「我慢できないなら、直接ニヤつけばいい。また、なにかいわれるだろうがな」
意味ない、意味ない!
「不埒な輩は、お申し付けくださればぶっ飛ばしてご覧にいれます」
キリッ! として宣言したナヴァト忍者であるが、それは駄目、マジで駄目。
「気にしないで。ちょっと弱音吐いただけ。……さぁ、今日こそ流れる水の気もちを会得するぞ!」
昨日、エルフ校長に出された課題がね、まだうまくいってないんだよね。だいたい、いいですね、素晴らしい、最高です……みたいになるんだけど、流れる水はOKもらえなかったのだ。
自分でもうまくできた気がしないんだよなぁ……水の気分ってだけでも難しいというのに、流れないといけないんだぞ。そんなんわかる? 人類には無理じゃない?
「……冷静に考えると、君もたいがい化け物だな」
「えっ? なにそれ、ちょっと聞き捨てならないわね。ナヴァト、やっておしまい」
「校長室まで送り届けてからでよろしいでしょうか?」
ノリで口走ったのに、マジレス困る。
「いやいや、今のは冗談だから。実行しないでね?」
「実行してもかまわない気もしますが」
「いや! やめてね!?」
「聖女様がおっしゃるなら、自重します」
……そういやこいつら、前科持ちだったな!
最近うまくやってるようだし失念してたけど、実はナヴァト忍者って、リートのことを認めてないとかあるのかな……。役職的にリートが上だから従ってるものの、機会があればぶっ飛ばしたいとか?
リートをぶっ飛ばしたい……。
あー、うん。その気もちはわからんでもないな! いや、わかる!
「やるときは一緒にやろう」
「はい!」
眼をキラキラさせるナヴァト忍者、おそらく鬱憤が貯蓄されている……。
それで、わたしの愚痴にも同情的な反応なのかも。
リートの方を見ると、なんかこう……おまえら愚かな人間どもにはつきあいきれん、って感じの顔をしてた。
「変な約束をしないでくれないか」
「リートがわたしたちをもっと丁重に扱ってくれたら、こうならないと思う」
「俺が君らを丁重に? 今さらそんなことをしても気味が悪いだろう」
「たしかに……」
いかん、認めてしまった!
「まぁ、君らがふたりで来ても負ける気はせんがな」
「呪文が使えるようになったら、見てなさいよ!」
「治癒呪文で戦うつもりか?」
「戦うのはナヴァトだけど、わたしが補助するって話よ」
リートは鼻で笑いやがった。フンッ、って!
「息巻くなら、使えるようになってからにしたまえ。伸び悩み真っ盛りのくせに、大きな口を叩くんじゃない」
む・か・つ・くぅ〜!
というわけで、わたしはやる気に満ちて校長室にインした。打倒、リート!
……アウトするときには、へとへとだった。
いやマジで無理なんだけど……無理……流れる水ってなに? なんなの? どう感じればいいの?
そのまま職員会議モードの昼食がはじまり、わたしの頭上を、ジェレンス先生の伯母様が治める土地の観測結果とか、西国の最近の動静といった情報が飛び交う。
ウィブル先生は今日はいない……いてくれたら、少しはマシなのに。
そして午後の部。しょんもりした気分で校長室にインし、でろんでろんになってアウトした。
「聖女様、お顔の色が……」
「いや、大丈夫。元気になる。これから!」
シスコに会えるし! それに、シスコ以外の面々だって嫌いじゃないのだ。リラや伯爵令嬢たちにも慣れてきたし、彼女らがふつうに会話してるのを聞くだけでも……癒される。
癒されるんだよぉ……なんだかわかんないけど、若い女の子のあいだに入りたいんだよぉ……。無性に! 同類の皆さんと同席したいんだ!
今日のチャチャフ避け担当はスタダンス様だった。
スタダンス様は、ちゃんと全員がそれなりに話せるように気を回してくださる。さすがだ。シデロア嬢も、そういうところは心強い。
わたしはといえば、にこにこしながら皆の話を聞く係だ。うまく話題を操作するなんて、とても無理。ごめんだけど、単に癒されに来てる。
はぁ〜……今日もジェレンス先生はろくに教室にいなかったのか〜、それは知ってるかもしれん、昼食のときにそんな話してた〜。
エーディリア様の髪型が最近シンプルになった? えっ、それは見たいな〜、でもエーディリア様って夕食のとき食堂にいないんだよな〜……。
実技試験の日程が近づいて青ざめてるリラに、緊張とは無縁らしいシデロア嬢がアドバイスしてるのも、興味深いな〜。意外と相性いいのかな?
シスコとアリアン嬢は、やっぱりというかなんというか、小説の話をしている。知らないタイトルだけど、また面白そうだな……『魔法使いと死を喚ぶ乙女』だって。気になる〜。
皆と別れ、親衛隊たちと研究室に戻る。
ファビウス先輩が、お茶を淹れて待っていてくれた……。ああ〜、なんかもうほんと、このひと! このひとがわたしを、その、す……って、マジ? って思っちゃう。
「ルルベル、リートに聞いたんだけど」
「なにを?」
あっ、思わず素で訊き返してしまった!
ていうかリートよ! リートほんとマジでなんなの、誰に仕えてんの!?
ファビウス先輩は、やわらかな笑みを浮かべて答えた。
「君が疲れてるみたいだ、って」
人一倍どころか百倍くらい活動してそうなファビウス先輩には……疲れてるだなんて、とてもいえない……。
「いえ、そんなことは」
「嘘ついても駄目だよ? わかるからね」
「え」
ファビウス先輩は顔を寄せ――近い近い近い近い近い! 近い!――硬直しているわたしにささやいた。
「明日は休みにしようね」
「……はい?」
「休み。そうだ、ちょうどいいから僕も休もうかな。君が休むのにつきあうって名目なら、ちょっとは仕事のことを考えない時間を持ってもいい気がするし……。どう? 僕のためだと思って、一緒に休んでくれないかな?」
さ……さすファビー!




