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345 誰もわたしに読めとはいわないんだな?

 わたしが勝手に恥ずか死んでいる事実をよそに、エルフ校長は感銘を受けたようだった。


「ファビウス……君がそこまで……。では、僕も信頼回復につとめましょう」

「ありがとうございます。早速ですが――」


 呪文の危険性とか、依存性とか、発動前に詠唱を打ち切ったときの作用とか、もろもろについて。ファビウス先輩はあらためて説明を求めたわけだけど、エルフ校長の回答は昨日と同じだった。ちょっと専門用語とか、こまかい条件とかが増えたかな? ってくらいの差しかない。

 まとめると、こう。


 ・呪文詠唱がやめられなくなる問題(依存症タイプA。魔法使いなら皆同じ)

 ・呪文詠唱時の感覚から現実に戻れなくなる問題(依存症タイプB。死)

 ・呪文詠唱時に身体操作が不能になる問題(親衛隊頑張れ)

 ・呪文詠唱中断時に、意図せぬ現象が発生する問題(中断しない/中断しても危険なことが起きない呪文だけを使う)


 うしろのふたつは「気をつけろ」で済む問題ではある。


 依存症については、エルフ校長の考えでは「魔法使いって結局そういうもんでしょ」に尽きるらしい。

 このへん、わたしにはピンと来ない話なんだよね。わたしって、聖属性の魔法が使えるというより、聖属性の魔力がある……って感じだし。リートに「君は魔法を使えてるわけじゃない」と酷評されるレベルである。

 依存しちゃうほどの全能感を覚えたことがあるかっていうと、ないよねー。

 断言できる。ない!


「ふつうの魔法使いって、わたしが呪文で体験したような感覚が、こう……あるんですかね?」

「そこまでいくのは、ごく少数の強力な魔法使いだけでしょう」


 エルフ校長の回答に、ファビウス先輩が眉根を寄せる。


「ルルベルは、ろくな修行もせずに、いきなり大きな力を投げつけられるようなものでは? 心の準備がたりないでしょう」

「呪文の場合は、世界が拒否してくれますからね。道を踏み外すことを」

「……道を踏み外しても強制的な是正手段がない魔法使いより、よほど安全だと?」

「そう考えても間違いはないでしょう」


 うーん……。そういわれれば、その通りかもしれないんだけど。


「でも、あの感覚ってものすごく強烈で……依存してしまうのも理解できるっていうか」

「そうならないよう、慣らしていきますから」

「詠唱時の感覚から意識を戻せない問題も、慣らしで解決するんですか?」


 ファビウス先輩の口調はするどかったけど、エルフ校長はおだやかに微笑んで答えた。


「そうですよ。慣れます。それが人間の強みだと思います。もちろん、慣らしのあいだは僕が補助します」

「ほんとうに危険はないんですね?」

「僕が立ち会っている限りは。ちゃんと連れ戻せますし、行ったきりになりそうなら止めます。ただ、この場合は二度と呪文を使わないでもらうことになりますが」

「なるほど」


 ぇー。こんなに頑張って練習したのに、使えなくなるの?

 ……と、呪文は危険だ怖いと思っていたくせに、なぜか不満を覚えてしまう。

 ……贅沢だな!


「それも魔力感知回復までは、大丈夫でしょう。あと数回の詠唱で回復するでしょうからね。永続的に」

「魔力感知回復の呪文に関しては、詠唱の途中で邪魔が入っても問題は生じない――そう考えて、かまいませんか?」


 ファビウス先輩がぬかりない。でもわたしも確認したもんね、これは。大丈夫っていわれたはず!


「大丈夫ですよ。僕がいますから」


 ……いや待って。これ、支障はあるけどエルフ校長が力技で解決するからオッケーよ、という意味なのでは? 大丈夫は大丈夫でも、よく考えると怖い大丈夫ってやつじゃん!

 こわ! 呪文こっわ!

 ファビウス先輩の視線を感じて隣を見ると、少し心配そうに問われた。


「最終的には、君の意志次第だけど。ほんとうに、やるんだね?」

「はい。その方がいいんじゃないかって、思います」

「危険性を踏まえた上での判断なんだね?」

「はい」


 脳筋陛下のように筋肉で解決できないわたしなのだから。呪文という選択肢は、アリ寄りのアリだ。


「呪符だけじゃ不足なの?」

「呪符は準備しておけるという利点がありますし、そちらの練習もつづけますけど……」


 でも、わたしは呪符の暗記が得意じゃない。

 見本さえあれば、多少は複雑な呪符も描けるようになったし、リートよりうまい自信はある。だけど、呪符だって間違えれば危険なのだ。指導者がいないと学ぶこともできないレベルなのである――すぐ爆発するからな!


「……いや、呪文を学ぶなら今はそちらに集中した方がいい。呪符魔法は、依頼があったら聖属性を描く程度に留めておいて。必要なものは、僕が準備するから」

「はい」


 ってことなのよね!

 つまり、局面に応じたものをその場で描けないんなら、なにも本人が描かなくてもいいわけなのよ。準備しておけるんだから。例外があるとしたら、聖属性魔法使いが描いた方が効果がよく出る、聖属性呪符くらいのものだろう……。

 今のファビウス先輩の指示に、ぜんぶ入ってる!


「あとは、呪文詠唱の中断時の問題か……」

「ファビウス、君は古代エルヴァン文字を読めますか?」

「ある程度、です。文意の解釈を間違わない自信はありません」

「では、一冊渡しておきましょう」

「……なにをです?」

「ルルベルが学びたがっている、治癒呪文の本です。持って来ますから、少し待っていてください」


 えっ。

 人間はみずから呪文を捨てたんだから、教えないって……いってたよね?

 わたしが口をぱくぱくしているあいだに、エルフ校長は立ち上がって奥の部屋に消えた――あれ、エルフの里に行った気がするぞ……里の蔵書を持ってくるのでは? あんまり本を書かないらしいエルフが持ってる本? めちゃくちゃ貴重なのでは〜!?


「わたし以外には、呪文は教えないって話でしたよ? どういうことでしょう」

「気が変わったとは思えないし、読むだけじゃ駄目なんだろうね」


 ……あっ。

 アレか。月になったり花になったり蝶々になったりする訓練が必要なのか!


「魔法使いに必要な我の強さが、呪文を唱える場合は邪魔をするとか……校長先生、おっしゃってました。それと、優秀な魔法使いにはその我の強さが必要なんだ、って。ですから、魔法使いとしてのファビウス様は――」

「我が強いと呪文には向いてない? なるほどね」


 なるほどなんだ。えっ、そんな簡単に、なにかがわかっちゃうの?

 戻って来たエルフ校長が、さらりと話に入る。


「そうですよ。ほとんどの魔法使いは、呪文を唱えても効果を得ることはできないでしょう」

「世界と同化するための資質が必要なんですね?」

「ファビウス、君は理解が早い」

「お褒めいただき、どうも。……では、呪文を唱えた状態から戻って来られなくなるという現象は、言語世界仮説でいうなら――」


 ここから長い質問がはじまった。

 要は、原初の言語は世界そのものを直接表現するものであり、ならば言語による現実の書き換えも可能であるという仮説があって、呪文ってその仮説を証明するものなんじゃないか、さらにいえば書き換えをするには詠唱者の魂の在り処を現実世界から一段上の言語世界とかいうステージに上げる必要があって、それが我の強い人間では不可能なのではないか――って感じ?

 ちゃんと要約できているかは不安だけど、だいたいあってると思う。

 で、ファビウス先輩の長い質問に、エルフ校長はうなずいた。


「そういうことです」


 そういうことだった!


「あの……」

「なんでしょう、ルルベル?」

「それって、訓練でなんとかなったりするものなんですか? 向き不向きみたいなの」

「訓練すればできるようになる人間もいますし、訓練してもできない人間もいます。現在、魔法使いとしてきちんと仕事ができるような人物は、だいたい無理でしょう」

「……我が強いからですか?」

「そうです。そうでなければ魔力を制御し、思うままにあやつることなどできません。ルルベル――君は、それが不得手でしょう? 自分を魔力で覆うのだって、かなり練習が必要だったはずです」

「はい……」


 たしかになぁ。平民出身のせいで事前の練習もなければ知識もゼロだったという問題は、あれども。それにしても、大変だった。そして、それ以外の魔力操作……ぶっぱなす、しかできてないのだ。


「だから、君は呪文に適性があると思いました。できると思わなければ、教えていませんよ」


 エルフ校長はそう答えると、ファビウス先輩に本を差し出した。

 うわっ……綺麗な本! 昨日の本屋にも置いてなさそうな、豪華で洗練されて嫌味がなく、存在感がありながらあまりにも自然! ううう、語彙がたりない、語彙が!


「そしてファビウス、君なら読めばわかると思いますよ。中断したときの危険性が」

「言語の断絶で生じる問題ですね」

「ええ。君も知っておきたいでしょう。どの呪文からルルベルに覚えてもらうか、必要性と危険性、双方を踏まえて選ぶことを考えてください。もちろん僕も吟味しますが、君の意見も聞きますよ」

「わかりました。しっかり読み込みます」


 誰もわたしに読めとはいわないんだな? ……いわれても困るけど!


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