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343 どんなにキリッとしても犬っぽく見える

 伯爵令嬢たちはシデロア嬢の馬車で去り、リラはそのまま家に――という形で、唐突な本屋訪問は終了した。もちろん、わたしとシスコはファビウス先輩の馬車で学園に戻る。

 疲れた……もう今日マジで気疲れし過ぎて眠い。だが、まだやることがある。


「お話ししたいことが、たくさんあるんですが……」


 三人になるなり、わたしは切り出した。とにかく呪文の話をしておきたい。


「疲れてるようだけど、それと関係ある?」

「実は今日、呪文を通して唱えた結果、ごく短時間ですけど効果が出たんです。ただ、それで知ったんですけど、実は呪文には副作用みたいなものがあって――」


 わたしは、エルフ校長から聞いた話をできるだけ正確に説明した。

 ファビウス先輩の表情が険しくなり、横に座っていたシスコがわたしの額に手をあてた。熱がないか気になったらしい。


「そんなことがあったなんて。出歩かない方がよかったんじゃない?」

「体調は問題ないよ。それよりも、校長先生に今後呪文を教えていただくにあたって気をつけるべきことを……相談したくて」

「うん。そこはよく考えた方がいいと思う。ただ、僕も呪文についての知識があるわけじゃない――明日、校長先生のところに行くとき同行してもいいかな? よかったら昼食を一緒にとって、それから」

「あ、いえ、明日は朝からです」


 ファビウス先輩が眉を上げた。

 あー、今あの眉とか綺麗なおでことかの裏側で、脳細胞がフル回転してるわー……。


「ルルベル、疲れているところ悪いけど、今夜のうちに少し話し合おうか。問題点を洗い出したい。危険性が高過ぎる」

「はい。そうしていただけると助かります」

「わたしも一緒に行くわ」

「シスコは駄目よ。評判が落ちたら親御さんに申し訳が立たないもの。それに、寮母さんだって許してくださらないと思うよ」


 女子寮の部屋をそんな気軽に空けられない。わたしはもう諦められているようだけど。

 今だって、外出にはちょっと遅過ぎる時間帯なのだ――研究員であるファビウス先輩が同行し、グループに伯爵令嬢がふたりもいて、行き先が生徒の実家、しかも由緒ある書店……といった事情が考慮された結果、許されただけだ。


「それは……そうかもだけど……」

「部屋に戻れたら、話そ?」

「ううん、駄目。今夜はルルベルは早く寝ないと。もしわたしの部屋に来たら、すごい勢いで寝かしつけるわ」

「それいいね。シスコに寝かしつけてもらいたい……」


 思わず素で答えたわたしに、シスコは困ったように笑った。


「ほんとに疲れてるのね。ファビウス様、ルルベルに夜更かしさせないでくださいね?」

「もちろん。シスコ嬢の信頼を裏切るようなことはしないと誓うよ。あらゆる意味で」


 というわけで、シスコは寮へ、わたしは通い慣れた研究室へ。


「中庭がいいかな。お菓子いる?」

「いえ、お構いなく……お茶を淹れましょうか」


 訊きながら湯を沸かし、ポットとカップを棚から出して、あたためた。

 やー……なにこの実家のような安心感! もはや寮の部屋より慣れ親しんだ場所って感じするわぁ。


「目が覚めるお茶にしてくれると嬉しいな」

「ファビウス様もお疲れなんですか?」

「君の安全性について検討するんだから、はっきり目覚めていたいだけ。どこに置いたっけな……。あ、あった」


 なにがあったかというと、焼き菓子である。


「美味しそうですね」

「つい、君がいた頃の癖で常備しちゃって」


 まるでわたしがお菓子大好き人間であるかのようだが、その通りだ!


「親衛隊にもふるまっていいですか?」

「もちろん。実は、たくさんあるんだよ。品質保持の呪符さえあれば長持ちするからと思って、つい」


 ……わたしがお菓子大好き人間であるせいで、ファビウス先輩がバーゲンで買い溜めするタイプの人みたいになってる!


「リート、ナヴァトも……一緒にお茶にしましょう。話があるの」

「……呪文のことだけじゃないんだね?」


 察しが良過ぎるファビウス先輩に確認するように問われて、わたしはうなずいた。


「リートには少し話したんですけど、詳しい説明はまだなので。ちょっと重大な遭遇事件がありまして」


 わたしは、ジェレンス先生の伯母様の領地で謎の予言を受けた話をした。

 本屋で暇だったあいだに考えたんだよね。このメンバーには早めに知らせておきたい、って。

 ハルちゃん様の身元については、エルフ校長経由で会ったことがある相手、としておいた。……根に持つ長命種の心象を害したくないのでね!


「学内のどこからどこまで、どの程度の情報を共有するかは未定です。ですので、これはわたしの独断でお話ししました。校長先生には明日報告しますし、かならず認めていただきます。ただ、もちろん他言は無用でお願いします」

「教えてくれて、ありがとう。予言か……。校長の知人なら、能力は保証されていると考えていいんだね?」

「はい。ですので、魔力感知を一刻も早く取り戻すべく、明日からは教室に来ず校長先生の指導を受けろ――と、ジェレンス先生が」

「なるほどね。リートはその人物に会ったことあるの?」

「ないと思います。……ないよね?」


 本人に確認すると、おまえは馬鹿かという顔で見られた。はい通常営業!


「誰のことかわからんのに、会ったことがあるかどうか判断できると思うのか」

「ここまでの話で見当がつかないなら、たぶん会ってないと思うよ」

「君の判断を信じるなら、会ったことはないんだろうな」


 はいはいはいはい。

 たとえ会ってたとしても、ハルちゃん様がどういう存在かがわかるような紹介はされていないだろう。知ってたらピンと来るもん、絶対。


「僕は、呪文で無防備になるっていうのが気になるな……」

「俺もです」


 ここまで無言だったナヴァト忍者が声をあげたってことは、気になるレベルが高いんだろう。……まぁ、親衛隊の立場的には当然だ。


「一回だけの体験って前提で聞いてほしいんですけど……意思の疎通がとれなくなるかと」

「完全にか?」


 即座に確認してきたのはリートだが、わたしも問いたい。


「完全に。ねぇ、この話題が嫌いなのは知ってるけども、リートはエルフの里にいたこともあるんだよね? だったら呪文を使ってるところを見たことが――」

「ない。エルフの魔法は、校長が使っているあれだ。校長が魔法を使ったとき、君が呪文を唱えたのと同じような状態になるか?」

「――ならないね」

「そういうことだ。古代エルヴァン文字の知識がある程度あったり、原初の言語の発音がわかったりはするが、俺の知識はそこまでだ。呪文を教わったことはないし、使っているのを見聞きしたこともない」

「完全にってことは……君自身、周囲の状況が把握できなくなるということ?」


 ファビウス先輩の質問に、わたしは少し考えてから答えた。


「その質問に答えるのは、ちょっと難しいです。周囲の状況という意味では――ふだん以上に、いろんなことがわかる気がしました。空を飛ぶ鳥の羽根まで意識できたのは覚えてます。ただ、それって自分と関係ないくらい遠くに意識が飛んでるってことでもあるので……」

「魔力感知が戻ったといってたよね? そのときも、状況は同じ?」

「いえ、その知覚が拡張したような状態から、坂を下るように世界が遠ざかっていって……魔力感知はたぶん、世界が広がってたあいだも発動してたと思うんですけど、自分自身をあまり感じてなかったせいで、自覚できなかったんですよ。戻ってくる途中で、理解しました。呪文が発動して、望みが叶った……って」


 そして世界に見捨てられると感じて絶望したのだが、まぁそれはいい。いやよくないけど、今必要な話じゃない。


「その忘我の状態みたいなものは、慣れない、っていわれたんだね?」

「そうです。そのための親衛隊だろう、ともいわれました。……呪文を唱えるときの合図を決めておいた方がいいでしょうか?」

「必要性は低いな。音が遮断されているのでもない限り、君が唱えはじめれば俺たちにもわかる」


 わたしにしては良い着想だと思ったのだが、リートにはあっさり却下された。


「それもそうか……」

「念のためで決めておいてもいいが、君はほかに覚えることが大量にあるはずだ。優先順位は低い」

「なにがあっても、お守りします」


 キリッとした顔でナヴァト忍者が宣言したが、どんなにキリッとしても犬っぽく見えるの、なんでだろうな……。


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