341 どうやら全員が手に汗握ってリラを見守っていた
本屋はね……すごかった。すごい。
前世日本でも大型書店に行ったことはある。売り場面積でなら競えるというか、リラの実家の本屋さんの方が負けてしまうかもしれないが……。
建物自体がね。書架とかも、とにかく壮麗なの。美しいの。品格がすげー!
これ、学園の図書館に近いものがあるな……あそこまで古くはないけど、装飾の華麗さでは張り合えるだろう。本棚の枠とか棚板とか、いちいち緻密な彫刻と、下品にならない程度の金彩や象嵌がアクセントとしてほどこされている。ドーンと並んでる柱は渋い色合いの大理石、床は色石で組んだ連続模様。吹き抜けのホール、かろやかな螺旋階段、高い書棚の前に置かれた移動式階段……。
いやー……なんていうの? こう……すごい!
言葉を失っちゃうのは平民だから?
……と思いきや、貴族組もかなりびっくりしているようだった。
「すごい品揃えだな。期待以上かもしれない」
「魔法学に力を入れているのではなくって? 分類がこまかいわ……」
「王宮の図書館に来たかと思うほどね」
三者三様、たぶんラストのシデロア嬢の感想は、平民の本屋にしては豪華って意味だと思う。ファビウス先輩とアリアン嬢は、在庫の質と量に興味津々のようだ。
立ち尽くす魔法学園生たちの前に、きらりと光る髪型の男性があらわれた。つまり、髪がないタイプのかがやきである。
「これは皆様、ようこそお越しくださいました」
にこにこ笑顔の男性は、店主……的な立場の人物だろう。つまり、リラのお父様? まさかこれがシスコの「す」の相手ってことは……ないだろうな? 頭髪以外は、とっても若々しいけども。
ファビウス先輩が、鷹揚にうなずいて見せる。うわー貴族ぅー! って感じだ。まぁ貴族なんだから当然だけども。
「お邪魔するよ。リルリラ嬢を送るついでと思っていたけど、素晴らしい品揃えだ。ついで、なんて意識で来るべき店ではないね」
「もったいないお言葉です――リラ」
呼ばれて、リラが前に出た。
このへんの礼儀は、たぶん難しくて。
本来、身分が下の者から声をかけるのはマナー違反なんだけど、場所柄――つまり、店の人間が客を出迎えて挨拶をしないわけにもいかないから、今のやりとりは問題なし。
ただの客ならこれでいいとして、わたしたちはリラの学友だ。リラが、さっさと紹介しなきゃいけない流れだ。
紹介は、「偉いひとに、偉くないひとを紹介する」のが基本なのは前世と同じ。
そして、この役目は双方を知っているリラが担うべきものなのだ……頑張れ!
「皆様、こちらが……その……」
あああ、目が泳いでるぅ。
……頑張れ、リラ!
「わたしの叔父で売り場全体の、責任者……を、つとめております」
よし、よくやった!
何様だよとつっこまざるを得ないが、でも! よくやったリラ! 頑張った!
というか、どうやら全員が手に汗握ってリラを見守っていたようで、ふぅ〜、と安堵の息を吐く音が複数。もちろん、わたしも吐いた。ふぅ〜。
なんとか紹介してもらえた叔父さんが、にこやかにお辞儀をする。
「レダルトと申します。どうぞお見知り置きを。姪がお世話になっているようで……」
「リルリラ嬢に無理をいって、全員で押しかけましたの。わたしはシデロア。父はファルデール伯爵ですわ」
にっこり微笑んだのは、シデロア嬢である。ほんと、このひと社交的だよなぁ。リラに紹介をまかせておくわけにはいかないと思ったんだろう。
……平民的には、おっそろしい爵位を持ち出されてブルっちゃうけどな!
「ご来店賜り光栄です、シデロア様」
「こちらがアルンド伯爵令嬢」
「アリアンよ。さっそくだけど、棚を見せてもらってもいいかしら? 分類が気になってたまらないの」
「もちろんです、アリアン様。どうぞご納得のいくまでご覧ください」
「特に、あのへんの魔道具関連書が……」
ぶつぶついいながら、アリアン嬢はさっさと本の森に歩み行ってしまった。……あれ、ガチだ。ガチで本を探しに行ってる!
シデロア嬢は苦笑して、次にシスコを示した。
「シスコ嬢……は、ご存じかしら? このお店によくいらしていると聞いたわ」
「はい、よくお見かけいたします。いつもご贔屓にしてくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ」
控えめに微笑んだシスコが可愛い! 天使! 優勝!
「こちらは聖女ルルベル様」
「はじめまして」
ちょっと抑えめの聖女スマイルを顔に貼り付ける。相手も店員スマイルだから、スマイル勝負といえるだろう。いやべつに勝負はしてないか……。
「おお、聖女様にご来店いただけるとは……。ようこそ、お越しくださいました」
「それから、そちらがサルディア伯爵ファビウス閣下」
「お目にかかれて光栄です、閣下」
「僕も本を見せてもらっていいかな? それと、在庫についてちょっと訊きたいことがあるんだけど、今、平気?」
「もちろんでございます。なにかお役に立てますでしょうか」
レダルトさんは、ファビウスに二階を案内することになり、ふたりは華麗な螺旋階段を上って行ってしまった。
その場に残ったのはシデロア嬢と、平民三人。そこでリラが声をあげた。
「あ、あの……シデロア様、ありがとうございました」
おお……リラが頑張りつづけている! 苦手なお貴族様に話しかけてる!
「なに? ああ、紹介のことね。気にしなくてもよくってよ」
「でも、わたし……ほんとは、ちゃんとご紹介しなきゃいけなくて」
ふふふ、とシデロア嬢は微笑んで。
「可愛いひとね。大丈夫、わかっているわ。緊張してうまく喋れなかったのでしょう? わたしはね、緊張ってものとあまり縁がないの。だから、あなたの代わりをつとめてあげただけ。なにも大変なことをしたわけじゃないわ。あなただって、できることはやったじゃないの。わたしたちが行く前に、お店に報せを送ったり」
「それは……やらないと、いけないことですし」
そうなのだ。リラも馬車で通っているので、その馬車を先に帰したのだ――これから貴族を含む一団が店に行きますよ、と御者に伝言をたのんで。
貴族の若者が複数一気に来店するなど、この店では珍しいことだろうし。なによりリラの学友なのだから、無視するのは絶対にまずい。そういう判断ができるあたり、リラはやっぱり商家の娘だ。
……まぁ、紹介はもっと練習する必要があるけどな!
「じゃあ、それでいいじゃない。お互いに、自分にできることをやっただけよ。ね? それより、あなたも商品には詳しいの?」
「詳しい、というほどではないですけど……なにか?」
「わたしね、本を読むのは得意ではないのだけど、アリアンがあんなに熱心に語るなら、同じ本を読んでみたいと思って。よかったら買わせてもらえないかしら。でも、こんなに本があると……どれがどれなんだか。アリアンが話していた本は、売っていて?」
「あ、はい。最新刊も、ちゃんとあります……けど、まず一巻からですよね」
「そうね。途中から読んでもいいのだけど」
シスコがクワッと眼に力を入れたのがわかった。よかねーだろ! って顔である。最初から順番に読め! と思ってるだろう。絶対そうだ。
「できれば、はじめから読んだ方が面白いと思いますよ」
……シスコ。我慢しきれなかったんだな! うん、わかるよ。
「でも、何冊も出ているんでしょう? ぜんぶ読めるか不安だわ」
「一冊めを読みはじめたとお話しになったら、それだけでもアリアン嬢はお喜びになります」
「そうかしら?」
「友だちが自分の好きなものに興味を持ってくれるって、とても嬉しいことですもの。どこまで読んだのかとか、感想はとか、きっと会話もはずみます。それに、『奪われた魔法』でなくとも、一巻で完結する本をお読みになってもいいと思います。先ほど馬車の中で伺ったのですけど――」
やばい。シスコがどんどん早口のオタクになってくぅ!
「シスコ、シスコ! 熱心過ぎる」
「……あっ。し……失礼しました、シデロア様」
絶妙にチャーミングな笑みをこぼしたシデロア嬢は、少し首をかしげ、考えるようになさってから。
「面白いからいいのだけど。……そうね、小説が並んでいるあたりに連れて行ってくださる? わたし向きの本をみつけたいわ。相談に乗ってね?」
「もちろんです!」
……なぜ店の子であるリラよりシスコの方が全力なのか、誰かわたしに教えてほしい。いや、わかってるけども。布教モードに入ってるだろ、これ!
シスコぉ、本の布教もいいけど、わたしはほかに気になることがあるんだ!
あるんだけど、まさかここでシスコの好きなひとって今お店にいる? ……とは訊けない。
く……くるしい……。




