337 そりゃ人類も呪文を諦めるはずだよ
な……慣れても解決しない問題もあるの?
怯えるわたしに、エルフ校長はゆっくりうなずいて見せた。大丈夫ですよという意味なのはわかる。わかるが……もうね、どっこも! なんにも! 大丈夫じゃないと思う!
「それは、いったい……どのような?」
「今、体験したと思いますが――呪文を唱えているあいだ、君は肉体の制御ができなくなります。つまり、完全に無防備な状態になってしまうのです」
あっ……。
なるほどだけど、それは慣れないの? えっ、呪文唱えると必ずそうなるの?
そりゃ人類も呪文を諦めるはずだよー!
だってさぁ。バフをかけるために、自分に強烈デバフかかりまくりだよね?
全般に、リスクとリターンが見合ってなくない?
もちろん、呪文を唱えてるときの感覚は最高だけど……最高過ぎて怖いことになるらしいし。こういうの、事前に教えておいてほしいと思うわたしは、贅沢なの?
たぶん、人類のあいだで呪文が廃れていた上に、資料になる古文書さえ大暗黒期のせいでろくに残っていない関係上、先生がたも、ファビウス先輩であっても、詳細なことは知らないんだろう。
でもでも! エルフ校長は知ってたんだから、教えてくれるべきじゃない?
「わたし、呪文を覚えてもさらに弱体化するだけなのでは?」
「そのための親衛隊でしょう?」
……さらっといわれた! いやまぁ……そのため? そのためなんだろうか。
「たしかに、守ってもらえるはずですけど……」
「僕らエルフでさえ、詠唱中は無防備になりますからね」
「そうなんですか?」
「ただ、僕らのは自由会話ですから。唱えきらないと効果が出ないとか、途中でやめるとよからぬ反応があるとかいう問題もありませんから……」
ちょ……っと待ったーッ!
またなんか、すごい副作用がさりげなく提示されませんでしたかッ!
「途中でやめると、よからぬ反応……って、なんです?」
「その通りです。ああ、すべての呪文で生じるわけではありませんよ。安心してください。魔力感知を得るための呪文は、そこまで複雑なものでもありませんから、今回は大丈夫です」
今は安心できても、この先はそうじゃないってことだろ!
「回復系の呪文は、どうなんですか?」
「ものによりますが、ほとんどは問題ありませんよ」
「……校長先生、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「わたしに教えてくださる呪文については、まずその『途中でやめるとまずい』のは省いてください。それから、唱えきれなかったときにどうなるかとか、そういったことも事前にすべて教えてください」
キリッ! とした顔で交渉したつもりだが、エルフ校長はいつものように微笑んで答えた。
「もちろんです。君の望みはなんでも叶えましょう。僕の力が及ぶ限り」
……そんなんで大丈夫なのか。安請け合いじゃないのか?
ここでジェレンス先生との会話をふと思いだしたわたしは、試しに訊いてみることにした。泣いて引き留めるのもありそうだけど、一緒に行ってくれとたのんだら来てくれそう……ってやつ。
「もし、魔王封印に同行してほしいとお願いしたら、それも叶えてくださるんですか?」
「もちろんです。君に同行を依頼されるなんて、こんなに誇らしいことはありません。我が友も、こういっていました――魔王と戦うときは、真に信頼の置ける者のみを伴うのだ、と。必ずや、君の信頼に応えましょう」
エルフ校長の眼差しが期待にきらめいていて、なんかこう……引いてしまう。ゴメンナサイ、ちょっと訊いてみただけなんだ、そんなマジな話じゃないんだ……!
でもこれ、否定したら……あなたのことは信頼してませんって意味になっちゃうよね。
しかたないので、わたしもにこにこ返しをしておいた。笑顔は最大の武器で防具! しかもゼロ円!
「ありがとうございます。……とにかく今は、魔力感知ですね。その次は、危険の少ない呪文を学ばせてください」
「わかりました。治癒関係の呪文から、いくつか候補を見繕いましょう。すべて説明した上で、君に選んでもらいます。それでいいですね?」
「はい」
今、要求できることはした! ……と、思う。
見落としがないか、あとでファビウス先輩にでも相談しよう……ファビウス先輩なら、きっとぬかりなく条件を詰めてくれるはずだ。
……これが絶大な信頼ってやつだよな。
「あ、呪文の訓練をしているという話は、しても大丈夫ですか? 同級生とか……」
それこそ親衛隊とか、ファビウス先輩とかは当然もう知ってるし、シスコもともかく。流れで、リラもしかたないとして。
……あれっ、いつの間にかずいぶん……いや気にしない、気にしない! このへん不可抗力だし!
「かまいませんよ。ですが、僕が教えるのはルルベル、君だけですからね」
まぁそうだろうな! 知ってる!
つまり、いいなーわたしも習いたーい、みたいなのは却下ってことだろう。なるほど、そこまで考えてなかったけど、そうなる可能性は高いよな。迂闊に喋ると、めんどくさい事態になるってことか。
甘い予測は立てるな。覚悟しろ。絶対、誰かにいわれるぞ。呪文教えてほしい〜、って。
だけど、エルフ校長は聖属性魔法使い以外の人類に呪文を教える気はないし、わたしが教えるって線もない。だって……アレだぞ? デバフの嵐で依存症になりかねないヤバい代物だぞ、呪文!
そんなん責任とれないもん、無理無理。エルフ校長からもらった手紙にあった、誰にも見せるなのお約束をふくらませた説明で、お断りしよう……。
などなど、いろいろ考えた上で。わたしは大きくうなずいた。
「わかりました」
という感じで本日の呪文の練習は終了。ただ、そのまま校長室で少し待機することになった。
親衛隊がわたしを完全に見失っているようだったから、である。
ジェレンス先生、行き先なんもいわなかったし……保健室を出るときは、図書館に送ればいいだろうって発言してたのに、帰還は校長室だし……。しかも、ジェレンス先生が指摘したように、わたしは位置情報記録・発信装置さえつけていない状況である。
これで見失ってなかったら、むしろ恐ろしいわ!
エルフ校長は、校内のことならだいたい把握できるそうで――そういえば、以前もそんなこといってた。それはそれで、こっわ!――親衛隊の居場所もわかるからと、迎えに行ってくれたのだが。
連れられて来たリートは、おこであった。見るからに、おこ。無表情が有表情になるレベルである。
でも、わたし悪くないよね? 怒るならジェレンス先生に怒ってくれ!
「お帰りなさい、聖女様。お戻りになっていたのでしたら、ひとことおっしゃっていただきたかったですね」
リートが! 公的な場でもないのに、わたしにこんな態度を! 怖い!
「ごめんなさい! つい、呪文の練習をはじめちゃって」
「そもそも、図書館に戻って来るはずだったのでは?」
「緊急事態ですから、しかたないでしょう」
そういったのは、エルフ校長だ。リートが、胡散臭いものを見るような目つきでエルフ校長を見た――気もちはわかるが失礼だぞ!
「どういうことです、緊急事態とは?」
「魔王復活が近いかもしれないという情報が入ったのですよ。やや具体的なものがね。それで、ルルベルの訓練をもう少し熱心にやるべきだと判断したのです。ジェレンスが」
さりげなくジェレンス先生に責任を押し付けると、エルフ校長はリートを見、次いでリートの後方に視線をやった。……たぶんナヴァト忍者がそのへんにいるんだろう。
「どういうことです」
「具体的には教えられませんが、たしかな情報だと考えてください」
リートがわたしに視線を向けた。相変わらず、すっごい不機嫌そうだが……よく考えてほしい。魔王復活が迫っているとしても、それはわたしのせいじゃない。
「で、聖女様の呪文の訓練は進んだんですか?」
「進みました! ……ねえ聞いて、今日はちょっと感じられたの、魔力が!」
「ちょっと感じられた……? なるほど」
くっ。リートにとっては一歩にも満たない進歩かもしれないけど、わたしにとっては偉大な一歩だったんだぞ!
「あー、それで今日知ったんだけど、呪文を唱えてるあいだ、わたしは無防備になるそうなので」
「君はいつでも無防備だと思うが」
くっ……第二弾! くっそ! ほんとリートって!
「そういうレベルを凌駕した無防備なの! だから、呪文を唱えてるあいだは完全に守ってもらわないといけないし……なにか合図とか決めた方がいいかな?」
「そのへんの話は、あとだ。もう夕食の時間だ、急ごう。伯爵令嬢たちを待たせるのもまずいだろう」
はい?
きょとんとしたわたしに、リートは丁寧に説明してくれた。
「ファビウスが教室まで行って、誘ったらしい。君を探しているときに、そう聞いた」
さすファビー!
書こう書こうと思って毎日書き忘れているのですが、今日は思いだしました!
実はポイントが2,000を超えまして(……何日前だよってくらい前ですが)
もともとSNSで先行連載しているものですし、なろうでポイントが入ったりはしないだろうと思い込んでいたので、感激しております。
もちろん、数字としてはヒット作品には比ぶべくもないですが、それでも、楽しんでくださるかたがいらっしゃることを実感でき、とても嬉しいです。
ありがとうございます。




