333 油断のかたまりでございますと明言してるようなもんだ
結局、わたしは吐いた。もちろん、ごはんではない。
「魔王封印時に同行してた魔法使いで、属性が時空? 時空ってなんだそりゃ、反則かよ……」
ジェレンス先生は大いに不満がおありのようだ。まぁなんか反則っぽいよねぇ、時空属性。
「それで助かったとかなんとか……ハル様がいらっしゃらなかったら、魔王封印が成功するかもあやしかった、みたいなお話だったと思います。具体的になにがどうとか、そういったことは聞いてません」
「前回封印はなぁ。人間側が弱体化して、魔王は逆に強くなってるところで実行したわけだからな。そりゃ大変だろう。反則技でもなんでも使うだろうよ」
それにしてもなぁ、とジェレンス先生はブツブツいっているが、なるほど。
大暗黒期を終わらせるって、特別に難しいことだよな……。それができたのは、時空魔法が使えるハルちゃん様の存在あってこそ、みたいな話なんだろう。
今回は早期発見が狙えるわけだし、魔王や眷属の強さは、エルフ校長やハルちゃん様たちのときほどじゃ、ない……はず……。
そう思うと、少しは……少しはね? ハルちゃん様の予言によれば遠からず生じるらしい魔王復活についても……少しは! ほんの少しは安心できたい。できるといいな……。
「で、めんどくさいから姿をくらました、と?」
「そういう話でした。なので口止めされてしまって」
「口止めするのに、なんで会わせるんだよ」
「それはその……聖属性魔法使いでいるのは大変なことだから、早く逃げた方がいい、と」
ジェレンス先生は、眉根を寄せた。
「行方をくらます手助けとして、時空属性魔法使いを呼び出したってことか?」
「はい」
ただまぁ、思いだしてみると……あのとき、ハルちゃん様は乗り気じゃなかった。エルフ校長に協力する気がないって態度だったはずだ。
「……で、おまえはどうなんだ」
「お断りしました」
「いや、当時はそうだろ。今は?」
「今、ですか」
「そうだ。よく考えてみろ。今はどうなんだ」
よく考えてみろといわれても……。
「聖属性しか魔王には効果がないといわれてるのに、その聖属性の持ち主であるわたしが逃げて、どうするんですか?」
「なんとかするだろ」
「なんとか、って……そんな無茶な。ジェレンス先生なら、なんとかしてしまわれるのかもですけど、でも……」
「おまえ忘れてないか? 今は、呪符で聖属性魔法を使えるんだぞ。以前とは条件が違うんだ。聖属性魔法使い以外、誰も聖属性魔法を使えなかった――って時代は終わったんだよ」
天才さすファビ先輩が開発した呪符の存在が、ものをいうわけか……。
なるほど……と納得するわたしに、ジェレンス先生は畳み掛けた。
「でもな、正直いって厄介なのは戦闘じゃねぇだろ。俺はそういう話は疎い方だが、それでも聖属性魔法使いってだけで注目を浴びて、面倒だってことはわかる」
ああ、そっちはジェレンス先生じゃなんとかならないな! 王子の相手を生徒に押し付けて逃げるタイプだからな……わたしは忘れないぞ!
……それはともかく。
「でも先生、自分が逃げ出さず、つとめを全うしていればよかったと……そう感じずに生きていくことが、できると思いますか? 聖女として存在を知られてるのに、その聖女が姿を消してしまうって、許されると思います? 実戦の問題ではなく……えっと……」
「象徴として、ってことか」
「……はい。たぶん、それです」
王家に聖女として認められてしまったわけだし。
上流階級のかたがただけじゃなく、庶民だってわたしの存在は知ってるだろう。実家のパン屋なんか、乗っかって商売してるに違いない。
下町のひとは、魔法の実際なんか知らない。だけど、聖女と名づけられた特別な存在なら魔王をなんとかしてくれる――そういう希望は抱くはずだ。
その聖女が戦わずして姿を消したら? どれだけがっかりするだろう。絶望する者もいるはずだ。
ジェレンス先生ほど強い魔法使いで、聖女の実態を――魔法らしい魔法も使えないばかりか、魔力感知さえ失っている現状を――知ってるなら、わたしの不在をなんとも思わないだろうけど。そんなの例外中の例外に決まってる。
「士気が下がるのを心配してんのか? 実際に魔王封印に向かう魔法使いなんて、おまえがいなけりゃ加減なしに腕試しができるって喜ぶような変態揃いに決まってるぞ」
「魔王や眷属に立ち向かわなければならないのって、そのひとたちだけじゃないですよ。魔王の封印がとければ眷属も増えるでしょう? 国中に……いえ、国境なんて関係なく、適切に魔法使いを派遣して、すべての被害を抑えるなんてできます? 魔法を使えない庶民にだって、支えが必要なんですよ」
きっと、聖女様がなんとかしてくださる――その希望がある方が、持ち堪えられるはずだ。
魔王が出現したその瞬間もう封印しました! くらいのスピーディーさがない限り、被害は出るだろう。たとえジェレンス先生が最終的には勝てるとしても、それはさまざまな犠牲を支払った上でのことになるに違いない。
そのとき、自分が逃げたせいだと思わずに済むだろうか? いや無理だろ。絶対、無理。
「おまえが現場にいても、役に立つとは限らねぇんだぞ」
「それだって、わたしが現場にいなければ判別しようがないじゃないですか。やってみもしなかったことは、評価できません」
「しかしなぁ……」
「せめて、自分にできることはやったんだと思えない限り、不安でしかたないんです」
世間にも責められるだろうけど。どんなに厳重に身を隠したとしても、逃げきれないものがある。自分自身の、良心の呵責というやつだ。
ジェレンス先生は自分の頭をわしゃわしゃして、ユニークな髪型になった。生徒にやるだけじゃないんだな!
「しかたねぇな。じゃ、おまえ明日から教室来なくていい」
「え」
「校長に呪文を習え。魔王の魔法は、おまえにとっては反対属性だからな。たぶん、感知しやすいはずだ」
……わたしが参加しやすい方法を提案してくれてるんだ。
そう気づくと、なんだか胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます……」
「魔力感知が復活するのが、最低条件だ。それができなきゃ、校長にたのんでエルフの里にでも匿ってもらう。いいな?」
「はい!」
「まぁ、俺の一存で決められることでもねぇけどな。それこそ校長なんか、泣いて引き留めかねんぞ」
乾いた笑いが出てしまった。たしかになー! やりそう!
「でも、わたしがお願いすれば一緒に魔王を封印しに行ってくださいますよ」
「そうかもな。しかし、おまえも変わったやつだな。魔王が怖くはねぇのか?」
「え、そんなの怖いですよ、もちろん」
ハルちゃん様の予言で魔王復活が迫ってきていると感じられて、まずそれが怖い。その戦いで自分がどう役に立てるのか、どうもこうもただの足手まといになるのでは……なんてあたりも不安だし。
そもそも、頑張れとはいわれなかったのが怖いよね。
頑張らなくていいから生き延びろっていうのは、裏返せば、気をつけないと死ぬぞという警告だ。それも、経験者からの。
……だけど、そうした助言はやっぱりどこか非現実的に感じられるのも事実で。
「そうか。その方が安心だな」
「安心ですか?」
「ああ。ちゃんと怖がれるなら上等だ。怖くないってのは、相手を見くびってる証拠だからな。油断のかたまりでございますと明言してるようなもんだ」
「……あの」
「ん? なんだ?」
「ジェレンス先生は、怖いですか? 魔王のこと」
わたしの質問に、ジェレンス先生はニカッとしか形容しようのない笑顔を見せた。
「もちろん」
「そうなんですね」
「怖かねぇよ」
……そっちかー!
「油断のかたまりですか!」
「馬鹿をいえ。俺は特別なんだよ、特別」
……油断のかたまりにしか見えないし、聞こえないぞ!
わたしの疑惑の視線を受けても、ジェレンス先生はたじろぐことなく。
「ま、そろそろ戻るか。ついでに校長に相談だな」
「相談って、さっきの予言の話もですか?」
「当然だ」
ああ。ついに根に持つ長命種との約束を破ったことが知られてしまう……!
ついにっていうか、もうっていうか、あっという間にっていうか。
ジェレンス先生はもうわたしの手を握っており、いきなり空へ飛び上がったかと思えば、ひゅんっ!
いつもの
あれだぁぁぁ
き……き、もち……わっる……ぅううう……。
「せん……せい……、心の準備くらい……させてくださいよ」
「身構えても変わらんだろ」
「ていうか……ここ……」
高空じゃない。屋外ですらない。えっ、なんつう危険な転移を……!
「校長室の転移陣の上だ。ここなら空間が確保されてるからな。それに、校長呼び出し装置でもある」
「……そんな装置は作っていませんが?」
出たー! 根に持つ長命種!




