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332 年寄りの方のルルは元気?

 ジェレンス先生が、わたしに尋ねる。


「知り合いか?」

「いや……そうかも、と思ったんですけど……自信がないです」


 思わず名前を口走ってしまったものの、問題がある。たくさんある。

 まず、ハルちゃん様――前回の魔王封印の立役者であるらしい天才魔法使いハラルーシュ様は、名前を残してない。自分の存在を伝説と合体させて、石の乙女だっけ? なんかそんなものでごまかしている。つまり、存在を明かすこと自体がまずい。

 次に、ハルちゃん様に会ったあと、エルフ校長にいわれたはずだ。他言無用、と。会ったことがあるとか知り合いだとか言及したらもうヤバい。根に持つ長命種との約束を破ることになってしまう。

 さらに! ジェレンス先生に返した言葉通り……ぱっと見たときはハルちゃん様だと思ったけど、なんか……どこか違う感じがあるんだよなぁ。

 着ているものは古風な騎士服って感じで、前回とあまり変わらないんだけど。ちょっとだけ痩せてらっしゃる……? そのせいで印象が違うのかな……。


「どういうことだよ」

「わたしたちは、会ったことがあるみたいね?」


 わたしに代わって、ハルちゃん様が答えてくれた。疑問形だけど。

 ふうん、と小さくつぶやいて、ジェレンス先生はハルちゃん様に問い返す。


「うちの生徒に、なんか用でも?」

「いいえ。どっちかというと、君だね。君。魔力量すごいね、君」


 滝壺を囲む岩からぴょん、ぴょんっと。ハルちゃん様は、軽い身のこなしで寄って来た。

 近くで見ると、前回思った以上に殿下たちに雰囲気が似てる……。


「あっ」

「なんだ」

「どうかした? ……ああ」


 ハルちゃん様は、ゆっくりと笑みを浮かべた。気がついたんだね、という顔だ。

 たぶんだけど……前にエルフ校長が引き合わせてくれたときよりも、ハルちゃん様が若い。あきらかに若いから、王子殿下や王女殿下と雰囲気が似て見えたのだ。

 そして、あのときより若いってことは――このハルちゃん様の主観的な時間軸では、まだわたしに紹介されていないってことだ。たぶん。……だよな?

 ……あれっ。でもそうすると、なんで「会ったことがあるみたいね?」なんて発言が飛び出すんだろう……。名前を呼んだから? それだけで? 察しがいいな!


「再会を祝すべき君は聖属性か。ずいぶん強いのを連れてるね? 護衛? 時属性だろう、珍しい。しかも副属性が多い」


 ハルちゃん様は、前にお会いしたときよりなんかこう……勇ましい感じだ。前回はもっと、得体の知れないふわふわさんだったと思うけど、今回はもっとまっすぐだ。直接的、っていえばいいのかな?

 それはともかく、魔法使いの属性って見ただけでわかるの? 初耳なんだけど……。


「誰だか知らんが、他人を勝手に値踏みすんじゃねぇよ」

「おや失礼。ところで君、名はなんというの?」


 ハルちゃん様とジェレンス先生は睨み合った――天才魔法使い同士が邂逅かいこうしたわけだけど、なんかこう……空気がピリついてない? 最近空気がピリつきがちなの、勘弁してほしい。


「ひとに名前を訊くときは、まず自分が名告なのれって教わらなかったか?」

「意外に礼儀作法にうるさいね? ……君の魔力の雰囲気からして、当地を治める一族だろうか。今、家長は誰かな? ……ああいや、答えなくていいよ。ごめんね、思いついたことをそのまま口にしてしまう癖がついてしまってね。滅多に会話をしないと、そうなってしまうものなんだよ」


 一気にいうと、ハルちゃん様はまたわたしを見た。


「可愛らしい聖属性魔法使い、わたしに君を紹介したのはルルかな?」

「え……」


 これ答えていいんだろうか? エルフ校長の他言無用が胸にずっしり来る……。

 本人相手に悩むことじゃない気がするけど、ここにはジェレンス先生もいるわけで。


「わかった。ルルに口止めされたんだね? あいつは万事がこまかいからなぁ……約束を破ったら面倒だよね?」


 ハルちゃん様は、にこにこしている。機嫌がよさそうに見えるけど、なんだかこう……底が知れない。なにを考えてるのか、ぜんぜんわからない。


「あの……ハル様……ですよね?」

「うん。でも、敬称はつけないでってたのまなかった?」

「……いわれました」

「だよねぇ。わたしは君をなんと呼んだの?」

「……『若い方のルル』です」


 ハルちゃん様は眼をしばたたくと、はっ、と笑った。


「なるほどね! 年寄りの方のルルは元気?」

「お元気でいらっしゃいます」

「そうか。それはよかった。……で、意外と礼儀作法に厳しいそっちのお兄さん、わたしのことはハルと呼んでくれていいよ。わたしは君をなんと呼べばいい?」

「ジェレンスだ」

「ジェレンス。……君がいるならまかせても大丈夫かな」

「なんだか知らんが俺をたよるな、暇じゃねぇんだよ」


 ジェレンス先生は、胡散臭いものを見るような目つきを隠さない。まぁ……あきらかに胡散臭いもんな。ハルちゃん様。実は救国の英雄でいらっしゃいますけどね?


「いやぁ、最優先であたるべき事案があるからね。ふだん、わたしはこういう話をしないんだけど、たまたまここで君たちに出会ったわけだし。教えておかないと寝覚めが悪そうだから」

「出会わなかったことにして、このまま別れてもいいんだぜ?」

「聞いておいた方がいいよ。これは確実に当たる予言だもの」

「予言?」

「わたしはね、隠居先を探しているの。落ち着いて住める場所と時期をね。危ないことに手を出すのは懲り懲りだし、せっかく廬を結ぶなら戦に巻き込まれたりしない場所にしたい。ひたすら平安を求めている。……わかる? だから調査してたんだけどね。この先、このへんは大変なことになるよ」


 ジェレンス先生の目つきが、するどくなった。


「無責任なことをいうな」

「無責任なことしかいわないよ。わたしはもう責任を負うのはやめたから。でも、嘘をついてるわけじゃない。なんなら、ルルに確認してくれていいよ。……ああ、年寄りの方のルルにね」


 微笑んで、ハルちゃん様はうなずいた。わたしに向けてだ――これは、エルフ校長の知人であることを明かせという意味だろうなぁ。

 ……あー怖い怖い、根に持つ長命種との約束破るの怖い!


「ジェレンス先生、このかたがおっしゃる『もうひとりのルル』って、つまりその……校長先生です」

「は? こいつ校長の知り合いなのか」

「そうです。口止めされているので、詳しくは申し上げられませんが」

「エルフ……じゃねぇよなぁ。にしても、これほどの魔法使いがいるなら噂を聞いたことがあるはずだが」

「高く評価してくれて嬉しいね。でもね、わたしは噂にならないように立ち回ってるんだよ。詳しくはルルに聞いてくれればいい……ルルはまだ、かかわりつづけてるんだろうから。偉いよねぇ。またあれと戦うなんて、とても真似できないよ」


 ハルちゃん様がいう『ルル』は、もちろんエルフ校長のことだろう。

 つまり、『あれ』っていうのは――。


「おい、もっときちんとした情報を吐け。このへんとは、具体的にどこだ。それに、この先っていうのは――」

「無責任なことしかいわない人間が、そんなにこまかい情報を話すわけないでしょう。じゃあ、あとはたのんだよ。わたしが見たところ、君はかなり強い魔法使いだし。そんな君が早めに対処するなら、次もなんとかなるかもしれない」


 そういって、ハルちゃん様は視線をわたしに移した。


「頑張ってねとは、いわない。無事に、生き延びるんだよ。でないと、ルルが悲しむ」


 ジェレンス先生が、はっと息を飲んだ。


「おい、待て。まさか魔王の――」

「君は大いに頑張るんだよ、ジェレンス。時属性の使いどころを間違えないようにね。先輩からの助言なんて、その程度……」


 ハルちゃん様の声が薄れ、姿も薄れた。


「――はぁあ?」


 思いっきり納得いかないという声をあげたジェレンス先生の目の前で、ハルちゃん様はかき消えた。完全に。

 くるっとわたしの方を向くと、ジェレンス先生はドスのきいた声で告げた。


「吐け」

「いや……あんな美味しいものを吐くのは嫌です、もったいないです」

「誰が飯を吐けといった! 今の女の情報だ」

「……校長先生に聞いてください」

「校長からまともな情報を聞き出すのは難易度高いからやりたくねぇ。おまえの方が百倍マシだ」


 嫌だー! そんな理由で根に持つ長命種との約束を破りたくないー!


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