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33 あらためて考えると手をつなぐのは恥ずかしい

 図書館ではまた、閲覧室利用願いなどの書類を書くことになった。

 下町トーク術で聞き出したところ、この書類、ある種の呪符としても機能するそうだ。書類を書くのを怠ると、目的の書架にたどり着けなかったり、どう歩いても玄関ホールに戻されたりするらしい。

 そういうわけで、お昼少し前にジェレンス先生がわたしを迎えに来たときは、ちょっとした騒ぎになった。つまり、書類を書かずに中に入るために、先生がチート級の魔法を惜しみなく注ぎ込んだ結果、司書さんは目がつり上がって鬼の形相だし、わたしは身の置き場がなくなったのである。

 書類くらい書いてくれ。本を読むわけでも借りるわけでもないのに馬鹿らしいってんなら、せめてわたしを呼び出してほしい!


「おまえん家、裏口はあるか?」

「あります。学園に来るときも、裏から出ました」

「はぁ? なんでだよ。下町の希望の星なんじゃねぇのか? 手でもふって、笑顔で出かけろよ」

「ちょっとその……お会いしたくないお客様もいらっしゃるので」


 この時点で、なぜかわたしたちは寮に向かっている。理由はわからん。

 ジェレンス先生は、ふうんといって顎を撫でた。無駄にイケメン。図書館で、書類を書きたくないがために大騒ぎを起こしてきたばかりには見えない。


「ま、簡単に見えなくするだけでいいか」


 簡単という概念が崩壊しそうだ。先生はわたしに部屋に行くよう命じて、自分は寮の前を通過した。忘れ物でもしたのだろうか? ていうか、わたしはなんのために「ふりだしに戻る」させられてるの? よくわからないまま、自室に戻ると。


「……!」


 中にジェレンス先生がいた。大声で叫ばなかったことを褒めてほしい。


「転移陣を設置する場所に、希望はあるか?」


 なぜか頭の中に弟じゃない方のリートが思い浮かび、便所、風呂、寝室、と進入禁止場所を列挙した。寮の部屋って……実質、寝室だよね……。


「ク……クローゼットで」

「クローゼットか。悪くないな。その扉か?」


 はい、という返事も待たず、先生は扉をバーンと開けた。勢いよく、バーン! て。

 乙女のプライバシーが全力で蹂躙されている……便所、風呂、寝室などと口走るリートよりデリカシーがない存在がいたなんて。しかも現在、わたしの部屋にいるなんて!


「ちょっと静かにしてろ。マーキングするからな」

「マーキング……?」

「おまえ、呪符魔法の本は読むべきだな。聖属性魔法使いでも、呪符魔法なら使えるし」

「……えっ? そうなんですか」

「一般人でも使えるんだから、当然だろ」


 ああ、魔法のかかった道具が一般人も使えるってことは、そっか!


「わたし、呪符魔法のエキスパートになります!」

「聖属性を究める方が優先だがな。……この大きさでいいか」


 先生の姿が死角に入ったので、わたしはクローゼットを覗き込んだ。

 先生はクローゼットの手前――つまり、寝室とクローゼットのあいだを区切る壁に、なにかチョークのようなものでさっさっと図を描いていた。床じゃないんだ、壁なんだ……と思って見ていると、口の端が少し上がった。


「なんで床じゃなくて壁だと思う?」

「えっ……えっと……あっ、間違って踏まないように?」

「合格だ。さて、この転移陣は使い捨てだ。一回使ったら消える」

「つ……使い捨て?」


 もったいなさげな言葉が飛び出して当惑するわたしに、ジェレンス先生は顔をしかめた。


「わかってねぇな。転移陣の設置目的を考えろ」


 ……あっ。そういうことか。


「逃げるのに使うから……追ってこられないように!」

「そうだ。だから、使ったら報告しろ。次のを作るからな。あと、くだらねぇことに使うんじゃねぇぞ。めんどくせぇから」

「はい」


 たぶんだけど、転移陣の設置し直しがしたくない理由として「めんどくせぇ」を挙げるのは、ジェレンス先生くらいなんじゃないだろうか? もうちょっとなにかこう……。


「じゃ、練習するか。まだ入口を設定しただけで発動はしねぇから、ちょうどいい」

「練習……?」

「呪符魔法のエキスパートになるんだろ。この転送陣には、魔力取り込みの図形を描いてない。だから、術者が自分で魔力を流し込まなきゃいけない」

「なるほど……でも先生、わたし魔力があるのかないのかさえ不明でして」


 ジェレンス先生は鼻で笑った。マジで。鼻で。感じ悪っ!


「魔力がなけりゃ、属性の判定に引っかからねぇよ。俺がおまえに実技はまだ早いっつったのは、魔法が使えないからじゃない。基礎知識が圧倒的に不足してるからだ。今も、実技実施は時期尚早だって判断に変わりはない。」


 ジェレンス先生はクローゼットの中からわたしを手招きした。

 前世で大量に嗜んだような乙女ゲーム転生小説ならば、まったく君は……男とふたりきりってこと、わかってるのか? えっ? トクン……! みたいな展開になるんじゃないかなー。

 ……などと、いらない妄想をしつつ。でも油断しきった顔で、わたしは先生に近寄った。だって、相手は激やば教師だぞ。甘い展開になんて、なりっこない。


「幸いにもおまえは聖属性だ。暴走しようが暴発しようが、誰にも被害が出ない。だから特例なんだが、それでも知識のないやつに力を使わせるのは感心しねぇと俺は思ってる。わかるか?」

「子どもに火を使わせないようなものですか」

「そういうことだ」


 ほらね、と心の中でどや顔になった瞬間、ほれ、と先生が手を出した。てのひらを上に向けて。

 わたしが動かないでいると、ジェレンス先生は焦れたらしい。


「手を握れ。魔力が流れる感覚を教えてやるから」

「いえあの……その……男性の手を握るのは、その……」


 昨日は、王子のエスコートという回避不能な事故みたいな展開で手をかさねたが、衆人環視のもとである。こんな弟じゃない方のリートさえ遠慮するようなプライベートな場所で男性の手を握るのは、抵抗がある。

 ジェレンス先生は眉を上げ、眼をみはった。びっくり顔でもイケメンはイケメンだなぁ、と思っていると、その頬に赤みがさした。


「おま……変なこと意識するんじゃねぇ。これは教育だ。訓練に必要な行為だ」

「はい、教育……」

「俺はこれまでに何百人と手を握って指導してんだよ。いちいち男だ女だ考えてるわけねぇだろ。それにおまえ、俺の手くらい平気で握れなくて、どうすんだ。魔性が来ることになってんだろ」


 ……そうだった!


「で、では失礼します!」

「おう、どんと来い」


 情緒も胸キュンもなく、わたしはジェレンス先生の手を握った。てのひらが、思ったより硬い。魔法使いって、そんなに手を使う仕事なんだろうか?


「まず、俺の魔力を流す。害をなすことはねぇから安心しろ」


 いや、怖ぇーよ。……と思う間もなく、手がじわっとあたたかくなった。じわっていうか、じゅっ、って感じ。なんだろう。うまく言葉にできない。血流が急に活発になったみたいな……?

 あ、そうか。活発になったのは血じゃないんだ。魔力の流れだ。


「手が熱いです」

「魔力が流れた証拠だ。その感覚、手先から移動してないか?」

「はい」

「抵抗できてるってことだ。正常な反応だから、問題ない」


 他人の魔力を自分の中に入れたくないだろ? と問われる。そんなの考えたこともなかったが、まぁ……なんか気もちわるい気はする。うん、ちょっと嫌だ。

 でも先生。魔力を流し込みながら「嫌だろ?」って確認するの、どうなん?


「魔法使いになるなら、随意に制御可能にしておくべきだ」

「え。他人の魔力を取り込む必要もあるんですか?」

「魔力切れを起こしたとき、補充をたのめれば便利だぞ。……まぁ今はまず、自分の魔力を外に流す方だ。その熱くなったところを、俺の方に押し戻すのをイメージしろ」


 ……えっなにそれ、難しい。

 そう思ったのが表情に出たらしい。すかさず注意された。


「難しいとか、自分には無理だとか、そういう考えは敵だ。自分で自分を否定するな。可能性を狭めたら、魔法使いは成長できない。魔法に必要なのは、イメージだ。それがやりたい、実現できると考えろ。教師がそばについてるんだ、失敗なんか気にするな。なんとでもしてやる」

「や、やってみます……えいっ!」

「なんも来てねぇぞ。かけ声だけじゃ意味ねぇんだよ、本質を掴め」


 その後もむちゃくちゃ叱咤激励され(おもに叱咤の方だが)、わたしは熱を押し出すことができるようになった。最初にできたときは、うっかり膝から力が抜けて、倒れかけてしまったくらいだ。先生がすかさず支えてくれたが、おまえが変なこというからやりづれぇ、と顔を赤くしていた。

 激やば教師は意外とチョロくて可愛いのでは?

 ……いや、そんなこと考えるわたしもわたしだ。簡単にほだされてんじゃねーよ。チョロいのは自分だよ! 気を引き締めろ!


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