328 君が望むなら、どんな指輪だって
予告以上にお休みをいただいてしまいました!
体力が許す以上に活動してしまったのが敗因です。
旅行でリフレッシュ! したのですが、精神的にはリフレッシュしても、体力が追いつかなかったという……。
これから通常営業に戻していく所存です。
ベッドが並んでいる方――つまり、カーテンが引かれている方に向き直ると。そのカーテンが、すすっと開いた。
そこには、ちょっと申しわけなさそうな顔をしたファビウス先輩がいた。たぶん、ベッドで寝ていたんだろう。布団が乱れてるし……。髪はそんなにもっさりしてないけど、結んでないところを校舎で見るのはレアだな、なんて。どうでもいいことを考えている。
つまり、どうでもいいことを考えてしまう程度には、現実逃避中だ。
「ルルベル、ごめん。盗み聞きをするつもりじゃなかったんだけど」
「まぁ、出づらいわよねぇ」
ウィブル先生の声の調子は、実になんというか……楽しそう。面白がってるのを隠す気がないな!
正直、わたしもウィブル先生の立場になりたい……。
「あの……どこから?」
わたしはなにを喋ったっけ?
直近は、ウィブル先生に説得されていただけだが……途中でなんかいろいろこう……べつにファビウス先輩を貶したりはしてないけど、うん、それは一切してないけど……本人に聞かれるのは恥ずかしい感じのことを喋ったような気がする。
ちらっ、と視線を上げてファビウス先輩を見ると。
「……はじめから?」
うわぁぁぁぁ!
恥ずか死ぬ!
わたしは身体をふたつ折りにせざるを得なかった。つまり座ったまま、上体をこう。ばったんと前へ。もちろん、顔は両手で覆う構えである。
「ルルベル、その……ウィブル先生のいう通りなんだ」
なにが?
しかし、身体をふたつ折りにした状態から元に戻るのは意外にこう……やりづらい。なにかこう、心境の変化をあらわすことになりそうで。
なお、心境はなにも変わっていない。うわぁぁぁ、恥ずか死ぬ! のままである。
「悪かったのは僕だ。君に釣り合わないのは、僕の方なんだ」
え。それはないでしょ。
……と思ったら、勝手に上体が起き上がっていた。
「そんなことはないです」
「あるよ。たしかに……僕は君の信頼を利用したんだ」
「ちょっと待って」
ウィブル先生を見ると、下を向いて、両手を半端に挙げている。なんかこう……お手上げだぜ、ってポーズ?
「席をはずしていただけるのですか?」
ファビウス先輩が丁重に問うと、ウィブル先生は顔を上げた。
「なにぬかしてんのよ。ここはアタシの持ち場よ。でも、絶対いたたまれなくなる予感があるのよね」
「先生がこうしたんですよね?」
「あら、そう来るの? じゃあファビウスはルルベルの相談を盗み聞きしたまま、黙っていたかった……ってこと?」
ウィブル先生の反撃に、ファビウス先輩は苦笑して答えた。
「いえ。顔を出す機会を与えてくださって、感謝しています」
「ならよし。ルルベルちゃんを自分有利に丸め込まないって誓う?」
「誓約魔法でも描きますか?」
「面倒だからいいわよ。その代わり、約束を破ったらどうなるかはわかってるわよね?」
「楽には死ねないと理解しています」
どんな!?
「あの、なんか物騒なんですけど……」
おそるおそるではあるが、口を挟まずにはおれない。
「大丈夫、大丈夫。約束を破らない限りは平気よ」
ウィブル先生の口調は軽いが……。
少しも安心できないし、大丈夫でもなんでもなくない?
「奥を使っていいわ。アタシは聞かないようにする」
奥……って、あのリラクゼーション・マシーンの部屋か。
ファビウス先輩は、じゃあ、とわたしの手をとった。……いつの間にそんな距離に。こういう、流れるように距離をコントロールする技術、マジで魔法みたい。なにか魔法使ってるんじゃないだろうな?
いやどんな魔法だよ、と自分でツッコミを入れつつ、わたしたちは奥の部屋へ移動した。
まだ昼間だけど、室内はさほど明るいとはいえない。窓が小さいからだろう。家具は寝椅子ひとつきりなので、そこに並んで座ることになった。わたしが右、ファビウス先輩が左。
まぁ、ファビウス先輩と並んで座るなんていうのも……今さら感MAXだけど、ふつうはしないことだなぁ、って思う。上流階級の皆さんは当然として、下町でもお祭りだなんだで混み合っていてしかたない、みたいな理由がなければ発生しない。
年頃の男女が部屋にふたりきりになるのが、そもそもあり得ない。はしたない行為であるとされる。
でもさぁ、はしたないって、なに? 知らんがな。ただ座ってるだけだぞ。
男女が近寄るとなにかが起きるって、勝手に想像してる方がよほど「はしたない」と思うんだけど。
「ルルベル、さっきの話に戻るけど」
「いや、それはもう……なんか、恥ずかしいです」
ファビウス先輩の手が、わたしの左手を握った。これもアウトだなーって、思う。なにもかもアウト。この世界の常識で考えると、とっくにスリーアウトでチェンジだし、レッドカードで退場である。
「それでも聞いてほしい。ウィブル先生がいった通り、僕は君の油断につけ込んだ」
「それは――」
「君を逃したくなかったんだ」
「――わたし、逃げそうでした?」
思わず、尋ねていた。
「うん」
吐息のように漏らされた、肯定。
一瞬、信用ないなぁって思って――でも、そんなこといえた義理じゃないのも、すぐ思い当たった。だってわたし、おつきあいしますって覚悟ガン決まりした言動なんか、ぜんぜんしてないもん。それどころか、不安だとか無理だとか泣き言ばっかり。
そもそも、指輪をもらったときはまだ……告白さえしていなかった。
「恥ずかしいついでに、教えてもらえます?」
「なに?」
「指輪をくださったときは、もう、その……わたしのことが……す……す……」
くぅ〜っ! 恥ずかしい!
勝手に悶絶するわたしに、ファビウス先輩は微笑んで答えた。
「好きだったよ。僕のものにしたかった――こういう表現、ウィブル先生には叱られそうだけどね。でも、実際そうなんだ。だってあのとき、いっただろう? いや……いえなかったんだったな」
「なにをです?」
ファビウス先輩の指が、わたしの薬指をなぞる。指輪がなくて、なんとなく寒々しさを感じる指を。
「僕はこういったんだ――ほんとうに叶えたい願いは、口にしない方が現実になりやすい、って」
いわれてみれば、そんなことを聞いた気がした。
あのとき、なんの話をしてたんだっけ? わたしは無邪気にファビウス先輩の呪符魔法を褒めていた気がする。すごいですね、って。
たしか……。
「修練を積めば、わたしにも作れるかも……って、おっしゃいました?」
「うん。それでね――こう思ってたんだ。なにも君自身が修練を積む必要はないよ、って。君が望むなら、どんな指輪だって僕が用意する。つまり、魔法的なものだけじゃなく、婚約指輪でも。結婚指輪でも」
わぁ……。
これは想像以上に恥ずかしいというか、ウィブル先生! 助けて先生! ウィブル先生があいだに入ってくれないと、このままどんどん恥ずか死ぬ話題がつづくのでは? 先生ーッ!
そしてこの、いたたまれない沈黙! なにか……なにか喋れ、わたし!
「その……わたしのどこが?」
「好きだよ」
大雑把! ぎゃー! 死ぬ!
「な、なんででしょうね」
「先生は欠点だっていってたけど、君の真面目なところが好きだ」
「……」
こ……呼吸困難になりそうなんだけど!
「身勝手な話だけど、はじめに君を好きだと自覚したのは、君が僕を信じるといってくれたときだよ」
「わたしが……」
いつ? どういう流れで発言したっけ?
「僕を疑う自分より、信じてる自分の方が好きだから信じることにした、って」
……それ、かなーり前じゃない? むちゃくちゃ前だぞ。
えっ、そんな前から?
「当時の感覚としては、君に引っかかりを覚えた、ってところだったかな。なにいってるんだ、この子? ……ってね」
でも、とファビウス先輩は話をつづけた。
「それが、恋だったんだ」
恥ずか死ぬぅぅぅ! もうマジ無理!




