327 了承をとらず勝手に決めるのって、癖になるから
ウィブル先生は、はぁ? って顔になった。
「えっ……と、どういう意味か説明してくれるかしら、ルルベルちゃん」
わたしは説明した。考えたことを順に話したけど、あっち行ったりこっち行ったり脱線したりで、けっこう時間がかかったと思う。あと、わかりづらかったかも……。
でも、ウィブル先生はちゃんと聞いてくれた。
「……なるほどねぇ。ルルベルちゃんて、ほんと――」
ちょっと溜めてから、吐息とともに。
「――真面目ねぇ」
「そ、そうでしょうか?」
「真面目よ。それとも今の、ふざけた話なの?」
「いえ、真面目な話です……」
ウィブル先生は肩をすくめて立ち上がった。
「お茶を淹れるわ。好みある? アタシは濃いめに淹れてミルクをたっぷりの気分」
「あ、いえ、お構いなく……」
「構わせてよ。喉もかわいたでしょう、たくさん喋らせちゃったもの」
好みを主張しなかった結果、ウィブル先生チョイスのお茶が出てきた。おお、これはしっかりしたボディで渋みがありつつえぐみのない、最高のミルク・ティーですね!
「美味しいです」
「それはよかったわ。……さて、ルルベルちゃんの相談なんだけど。ファビウスに恥じない自分、だったかしら?」
「はい」
「それねぇ、難しく考え過ぎだと思うわ」
えっ……だってウィブル先生が!
と思ったのが顔に出たのだろう。ウィブル先生は、ごめんねぇと眉尻を下げた。
「アタシのせいよね?」
「あの……まぁ、その……。はい」
「悪かったわ。でも、そういうとこよ?」
「……はい?」
「ルルベルちゃんの美点でもあり、欠点でもあるところ。すっごい真面目」
ズガーン! って感じだよ。欠点……あんまり真正面から指摘されたことなかったな、欠点! いやまぁリートには危機意識がたりないとかいわれてるけど、リートは気にしてもしかたないし。
ウィブル先生みたいな「まともな大人」に指摘されると、衝撃が。
「アタシの話はね、『覚悟なく抱き込まれるな』ってことなのね」
「覚悟なく……抱き込まれる?」
「そう。たとえば例の指輪ね。薬指にはめられて、既成事実みたいに噂を広められて、外堀埋められて逃げられません! みたいなのは駄目でしょ。それはわかるわよね?」
「はい」
「相談してくれればってルルベルちゃんもいってたじゃない。ファビウスが駄目だったのは、そこ。ルルベルちゃんの意志を問うてないところ。だから、ふさわしいかどうかでいえば、問題があるのはルルベルちゃんじゃないのよ。ファビウスが、ルルベルちゃんの信頼にふさわしくないことをしたわよね、って話なの」
……それはそうかもしれない。いやでもなぁ。
「でも、わたしは指輪が嫌ってわけじゃなかったです。それに、ファビウス様には聖女として国から補助をもらうとか、そういう交渉もすべておまかせしてて――」
「そうね。ルルベルちゃんが不得意な分野で力を借りるのが悪いことだとは思わないわ。ファビウスって、あの年齢にしては出来過ぎってくらい、なんでもできるじゃない? だから、おまかせしてもいいの。いいんだけど、ある程度のところで線引きはしないと」
「線引き、ですか?」
「そう。なぜそれが重要かというと――了承をとらず勝手に決めるのって、癖になるから」
あー……。
わたしは手にしたカップを見下ろした。ミルク・ティーがたぷんと揺れると、内側に描かれた繊細な花模様が覗く。
「それって……たとえばその……親が、勝手に予定を決めちゃうみたいな感じですか?」
「わかりやすい喩えね。それであってるわ。親の方が人生経験が豊富だからって、間違わないわけじゃない。子ども自身の望みに沿えるとは限らないし、なにより、子どもを縛り付けてしまうでしょ?」
よくないわよ、そんなの――ウィブル先生はつぶやいて、自嘲気味につづけた。
「教師と生徒も近いわね。もちろん、アタシだってやらかすことはあるわ。生徒のためを思っての発言や行動が、すべてうまくいくわけじゃない。でも、引き際は知ってるつもり。それに、たとえ生徒に嫌がられても、筋を通して指導しなきゃいけない場面もある……。まぁ、そんなことはどうでもいいわね。とにかく! ルルベルちゃんは、自分がファビウスにふさわしくないなんて考える必要ないのよ」
「でも先生、ファビウス様がいろいろ手をまわしてくださるのって、わたしがたよりないからでは?」
「学生として見たら、ルルベルちゃんは大人としてふるまえてる方よ。世知もある――ただ、貴族社会の知識がないだけで、それはしかたないじゃない? これから徐々に学んでいけばいいことよ。必要な範囲でね」
「……そうなんでしょうか」
ウィブル先生の話を聞いてると、たしかになぁ……って気分にはなる。
でも、心の底から納得できたって気はしない。
「ルルベルちゃんに見直すべき点があるとしたら、そのへんだわね」
「……はい?」
「自分の価値を低く見過ぎるところ。驕り高ぶらないのは美徳だけど、自分が聖属性魔法使いであるってことと、その意味をもっと自覚しないと。ファビウスはたしかに隣国の王族だったし、今だってこの国の貴族で、優秀な研究者よ。でもそれって、この世でたったひとりの聖属性魔法使いと並び立てるかっていうと……。天秤の両側に置いたとき、どちらが重いかといえば、ルルベルちゃんの方よ」
……えっ。えーっ!?
「それはないんじゃないでしょうか」
「ってところが駄目なのよ」
おぅ。そこかぁ。……いやでも承服しがたいぞ!
「わたしは魔法使いとして一人前じゃないですし……」
「聖属性ってだけで、そんなこと問題にならないの。あなたしかいない上に、世界がそれを必要としてるんだから」
「……でも、そんなことで評価されても」
「嬉しくない?」
正直にうなずくと、ウィブル先生は微笑んで尋ねた。
「じゃあ、ファビウスだって同じだと思わない?」
「え?」
「王族だとか貴族だとかいう部分で評価されて、嬉しいと思う?」
あっ、と思った。
わたしの眼をみつめて、ウィブル先生は話をつづける。
「そこを重んずる人間だったら、ファビウスはルルベルちゃんのこと好きにならないわ。便利そうだから味方にしたいとか、落としておきたいとか思うだけよ。でも、あの子がルルベルちゃんを好きなのは、誰がどう見ても間違いないし。もちろん、ルルベルちゃんもファビウスの地位や血筋で好きになったわけじゃないでしょ?」
「それは……はい、そうです」
「だからまず、そこで均衡が取れてないって考えは捨てた方がいいんじゃないかしら?」
……そうか。そうかも。そうだな。
「でも先生、それを別にしても、わたしがファビウス様に及ばない部分は多いというか、及ばない部分しかないというか……」
「だいたいねぇ、及ぶか及ばないかなんて、誰かを好きになるのに関係ないでしょ。むしろ、自分にはできないことができる相手にこそ憧れる。そういうものじゃないの?」
「……そういうもの、かも」
わたしはなんで、ファビウス先輩を好きになったんだっけ。
なんか……うまく分析できないな。
「ファビウスが頭がよくて気が利いて魔法がうまくて王宮政治の権謀術数にも長けてるから、釣り合いがとれません! なんていうのは馬鹿らしいでしょ」
「それは……」
「だってファビウスは、頭がよくて気が利いて魔法がうまくて王宮政治の権謀術数に長けてる女の子を好きになったわけじゃない。あんまり卑屈になるのは、ファビウスの『好き』を馬鹿にすることになるのよ」
好きを……馬鹿にする! その発想はなかったけど、そうか……。
気もちはわかるけどね、とつぶやいて、ウィブル先生はお茶を飲んだ。
「わたし……駄目でしたね、いろいろ」
「ちょっとぉ! それが駄目って話でしょ!」
「はい、わかるんですけど……でも、駄目だなって思っちゃって」
「まぁねぇ……アタシも平民だし、お貴族様と自分を比べる気もちはわかるわよ。住んでる世界が違うって思うじゃない? でも、少なくとも今は同じ世界に住んでるわけだし。あと、ファビウスだってルルベルちゃんのこと、自分には見合わないくらい立派だとかすごいとか思ってるかもよ?」
「それはないですよ。ファビウス様の方が、ずっと素晴らしいかたなので」
「アタシはありそうだと思うわ……。そうだ、本人に訊いてみれば?」
「それはちょっと……」
無理ですよと否定しようとしたわたしを無視して、ウィブル先生は告げた。
「ファビウス、起きてるんでしょ。覚醒時の呼吸になってるから、わかるわよ」
……はい? えっ?
来週の月曜・火曜は、ガチ乙転の更新はお休みとなります。




