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326 考えてもしかたのないこと考えちゃった

 あまり眠れなかったせいで、翌日はへろへろしていた。

 考えてもしかたないとは思うのだけど、わかっていても考えちゃうのである。これ、なんとかならんかね。

 なにかを「考えない」って、すっごい難易度高いよな!


「ルルベル、大丈夫?」

「なんだかふらふらしてない?」


 シスコに心配されるのはわかるが、なんとリラにまで心配された。リラってあんまり他人のこと見てないタイプだと勝手に思ってたから、少しびっくり。


「うーん、考えごとしてたら眠れなくって、気がついたら朝だったんだよね」

「保健室に行った方がいいんじゃないかしら」

「リラも、そう思う」

「保健室かぁ……スタダンス様に遭遇しそうだなぁ」


 なんの気なしにこぼした言葉に、リラが食いついた。


「連れてってあげる」


 お、おぅ……。これって……。


「昨日、スタダンス様となにかお話しできたの?」


 よせばいいのに、どうしても好奇心が! スタダンス様に馬車で送ってもらってからのー、この反応って。気になるじゃん!

 リラは少しもじもじしてから、こくりとうなずいた。

 仕草がもう可愛いな……あざとい所作をわざとらしく感じさせないの、もはや才能なのでは?


「緊張しちゃって、うまく喋れなかったんだけど……気にしなくていいですよ、って。スタダンス様って、とても素敵なかたなのね」

「そうね」


 うなずきつつ、わたしは思わざるを得ない――スタダンス様はエーディリア様ラブだぞ? たぶん。


「リラは、親戚となら喋ったことがあるの。あ、貴族の」

「うん、親戚に貴族のかたがいらっしゃるのね?」

「そうなの。……でも、スタダンス様みたいに感じの良いひと、会ったことないわ」


 なんとまぁ。

 スタダンス様が善良であることは否定しないが、けっこう空気が読めない場合があるというか、発言が微妙に斜めってるというか、なんかこう……イケメンなのに残念感がただようタイプでもあるのだ。

 でも、リラにとっては残念要素など皆無らしい。


「まぁ保健室は行くけど……必ずスタダンス様がいらっしゃるわけじゃないよ?」

「……ルルベルが心配だから、送って行くだけだから」


 あっそう? そういうことにしておくか!

 わたしはシスコを見た。シスコも心配そうな表情だったけど、そうだなぁ……少し自由にさせてあげるの、いいんじゃないだろうか? つまり、リラをシスコから引っぺがして遠くに連れて行く。遠くといっても、保健室だけど。


「じゃあリラ、お願いできるかな。シスコは、ジェレンス先生に伝えてくれる? わたしが保健室に行ったこと」

「うん、それはいいけど……」

「よろしくね」


 というわけで、我々は保健室に向かった。


「ルルベル、眠れなかったって、なにを考えてたの?」

「んー、考えてもしかたのないこと、かな」

「……そういうこと、あるよね」


 意外にも、リラは共感の姿勢である。へぇー、って聞き流す感じだと思ってたのに。

 ……あれっ?

 わたし、リラのこと誤解してた? シスコが困ってるからって、先入観で判断してたのかな……。


「リラもね、昨日の夜はよく眠れなかったんだ」

「そうなの? 考えてもしかたのないこと考えちゃった?」

「うん。貴族に生まれてたらどんなだったかなぁ、って」

「リラのお家は、親戚に貴族のかたがいらっしゃるくらいだから、そんなに変わらないんじゃない?」

「そんなことないよ。まず、平民だからって馬鹿にされないもん」


 それ、けっこう根に持つラインに達してるのか。

 なまじ貴族と接点が多いから、わたしレベルの平民では経験しないような場面が多々あるってことかな。ちょっと想像しただけで、めんどくさそう……。


「親戚だと、あなたとはもうつきあいません! ってするのも難しいものね」

「うん。リラはね、従姉妹がすごく苦手なの。でも、歳も同じくらいだし仲良くね、って子どもの頃によく一緒に遊ばされて……」

「あー。親ってそういうこというよね。年齢同じなら仲良くなれる!」

「仲良くなんて、できなかった。だって、平民にさわると手が腐る、って笑われたりしたんだよ」

「えー! それひどいね。……もう貴族って聞いただけで嫌になりそう」


 わたしがいうと、リラはうなずいた。あっ、やっぱりそうなの……?


「だから、ここに入学するのも、すっごく怖かったの。寮じゃなくて、家から通ってるのも、一日中貴族に囲まれるなんて無理って思ったから」


 なるほど……。それで平民で声をかけてくれたシスコにべったりか。

 事情はわかった気がするが、シスコが迷惑しているという事実は変わらない。今はふつうに話せてるけど、こいつムカつく! って思う瞬間があるのも体験済みだし……。

 悩んでるあいだに保健室に到着。


「わたしも平民だけど、入学してから身分のことでいじめられたりは、してないよ。だから……あんまり気にせず過ごせるといいね」

「うん……」

「困ったらウィブル先生に相談すればいいよ。ウィブル先生は、平民だし」

「そうなの? 先生にも平民のひとがいるの?」

「いるよー。……失礼しまーす!」


 リラとの会話を切り上げて保健室に入る。


「あら、どうしたのルルベルちゃん。リルリラちゃんも?」


 ウィブル先生が、くるっと座面を回してこちらを向いた……いいなぁ、あの椅子。前世ではナチュラルに存在していたからなんとも思わなかったけど、滅多にお目にかかれない今は便利さを痛感してるよ。

 なお、本日の羽毛ストールはシルバーグレイである。ラメが入ってるわけではないけど、なんか光沢を感じる毛並み。


「昨晩あんまり眠れなくて、皆に顔色が悪いから休んで来いっていわれました。リラは、付き添ってくれたんですけど……リラもそんなに寝てないっていうから、保健室で寝かせてもらう?」

「え、ううん、大丈夫」


 わたしたちを見て、ウィブル先生は心配そうに眉尻を下げた。


「リルリラちゃん、大丈夫ってほんと?」

「……は、はい」


 リラは、わたしの後ろに半分隠れるようにした。たぶん無意識の動きなんだろうな、こういうの。

 通常モードのウィブル先生に怯える必要はないのだが……。激おこモードは、やばい。あれは、無理。


「そう? 少しでも具合が悪いと感じたら、休んで行っていいのよ。倒れてからじゃ、遅いの。それをよく知っておいてね?」

「……」


 リラは、さらに隠れてしまった。

 いや怖くないて。


「ほんとに休まなくていいなら、リラ、教室に戻ったら? もう先生が来ちゃってるかも」

「あ……う、うん」


 ぺこりと頭を下げて、リラは急いで保健室を出て行った。

 ウィブル先生はその後ろ姿を見送って、まぁ、とつぶやいた。


「すぐにどうこうって心配はなさそうだから、ルルベルちゃんもリルリラちゃんのことは案じなくて大丈夫よ」

「見ただけでわかるんですか?」

「方向転換したときの軸のブレとか、そういう……全体の揺れを見てるの。本人はわからなくても、よく見ればわかるものよ。ただ立ってるだけでも注意深く観察すれば見えてくるわ。ルルベルちゃんは、間違いなく睡眠不足ねぇ」

「……間違いないですね」

「奥の部屋、使う?」


 わたしは少し悩んで、頭を左右にふった。


「いえ、大丈夫です」

「そうは見えないけど……。じゃ、アタシとちょっとお話ししましょうか」


 しませんという選択肢はない感じで、にっこりされてしまった。

 ……まぁいいよ。うん。お話ししていただこうではないか!


「よろしくお願いします!」

「睡眠不足なんだから、無駄な勢いは使わなくていいのよ。あとリート、あんたたち自由にしてていいから。護衛の必要が出たら呼ぶわ」


 ……リート? 室内に……は、いないな。外への呼びかけかぁ。

 それにしても、リートのことなんてさっぱり意識してなかったわ。今日は気配を消し気味について来てたのか。あるいは、わたしが親衛隊の存在に慣れ過ぎて意識しなくなった説……。

 なんか嫌だなぁ! なんか嫌。


「で、ルルベルちゃん――」

「ウィブル先生!」

「――すごく気合が入ってるわね」

「はい!」


 気合を入れないと、布団かぶって終わりにしそうだからな。

 相談するなら今だろう。


「教えていただきたいんです。どうしたら、ファビウス様に恥じない自分になれるか!」


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