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324 わたしの百倍くらい、覚悟が強い!

 ピンと来過ぎるものがあったせいで、わたしはちょっと愕然としていた。

 いや、ちょっとじゃない。かなりだ。


 フィクションでなら楽しめるよ。隣国の王子様だか皇太子様だか辺境伯だか大魔術師だかに溺愛されちゃってますぅ? みたいなの。大好物だし、できたらまた読みたい。

 ああいうのってさ、めでたしめでたしで終わるじゃん。

 溺愛されたまま終わることが保証されてるなら、最高だよね!


 でも、わたしはどうなのよ……ファビウス先輩の溺愛モードが終わっちゃったら、どうなるの?

 破局エンドが来ないなんて保証はないわけよ。


「僕がルルベルを手放すとでも?」


 ファビウス先輩が問い返すと、ウィブル先生は鼻の上に皺を寄せた。ザ・気に食わない! って顔だ。


「それがもう駄目。駄目駄目の駄目。手放すって、なに? ルルベルちゃんはモノじゃないのよ」


 でも口調は戻ってて、ほっとした……。怖いからね、本気のウィブル先生。叱られてるのが自分じゃなくても。


「そんな意味でいっているわけでは――」

「いってるの。自覚がないなら、よけいタチが悪いわ」


 ふたりの会話を聞きながら、わたしはどんどん薄暗い気もちになっていく。

 これアレだ……破局エンドにならなくても、専業主婦問題みたいなのになるんじゃないの?


 わたしの取り柄って、聖属性魔力の持ち主であることくらいだけど……魔王を封印できたら、聖属性魔法使いの需要ってなくなるよな? あとはせいぜい、看板というか……名誉職? みたいなものだ。

 でも、わたしはその看板をうまく扱えない。パン屋の看板なら背負えるけど、聖女って看板でうまくやれる? それって上流階級で生まれ育った社交の達人がやるゲームじゃないの?

 ファビウス先輩なら、できる。

 実際今だって、国との折衝で聖女に親衛隊をつけてくれたりしているわけで……。


 でもそうやって、ファビウス先輩におまかせ状態をつづける限り、わたしはファビウス先輩に頭が上がらないわけだよね。

 つまり、配偶者に寄りかかって暮らすしかないせいで、ちょっとした買い物でもお伺いを立てなきゃいけないし、さりとて働きに出ようとしても「僕より稼げるの?」とか訊かれちゃうみたいな……ああいうののバリエーションが生じるって意味じゃないの、ウィブル先生が話してたことって。

 

 ファビウス先輩が具体的にどれくらい稼いでるかは知らんが! でも、わたしにはわかる……ファビウス先輩は絶対、むちゃくちゃ稼いでる。アレより稼ぐなんて、夢のまた夢だぞ。秒間一億稼ぐ女とかになる必要がある気がする。

 ……非現実的ぃ!


「そこまでおっしゃるなら……。僕は爵位を返上することも視野に入れてますので、ご安心を」

「はぁ? 校長もだけど、なんですぐ辞めるのよ」

「すでに王籍離脱も実践済みですから。今さら貴族でなくなるくらい、なにも問題ないです。蓄財はしてありますし、行方をくらませることだって可能です。どこか遠くで、ルルベルとパン屋をはじめたっていい。まだ貴族でいるのは、今のところその方が便利だからですよ。それこそ、ルルベルを守るためにね」


 わたしは、ぽかんとしている自分に気がついた。

 つまり、口が開いてしまっている。エーディリア様に見られたら、なんてみっともない! と叱られるやつだ……。

 ウィブル先生も、ちょっと唖然としているらしい。さすがになー……そうだよなー。

 ファビウス先輩の話はつづく。


「僕は利己的な人間ですから、大暗黒期の再来があろうと問題ないかなって思ってますけど、ルルベルはそうは考えないでしょう。聖女としての役割を果たさないと、落ち着かないはずだ。つまり、魔王はさっさと片付ける必要がある……効率よく進めるためには、ある程度の政治権力や宮廷での発言力を担保したいですからね。当面は貴族をつづけますが、なにもルルベルが僕につきあって面倒な社交界に慣れる必要はないんです」


 一気にそこまで喋ると、ファビウス先輩はわたしを見てにっこりした。

 そして、宣言した。


「僕がルルベルに合わせます。そうすべきだと思ったら、たとえ彼女が望まなくても」


 ……強い。

 わたしの百倍くらい、覚悟が強い!

 なにかいわなきゃと思ったけど、なにをいえばいいのか……さっぱりわからん。

 いいんですかファビウス先輩……わたしなんかで? っていうのが正直なところだ。あと、王族につづいて貴族までやめさせちゃうのは、なんか……。


天晴あっぱれ、といいたいところだけど……話が逸れてるわよね。指輪は駄目。そんな小細工、信頼をそこなうだけよ」

「……わかりました。たしかに、責められてもしかたのないところがあります。……腕輪にしましょうか」


 え、腕輪?

 手首でしゃらんしゃらんするのを連想して、それは隠し通せないのでは? と思ったわたしだったが。ファビウス先輩が不意に手をのばし、そっと示したのはわたしの上腕部である。

 そのへん、太ましくて恥ずかしいのだが……。


「このあたりなら、滅多にふれる者もないでしょう。面積も稼げますから、より緻密な呪符を仕込むこともできます」

「……呪符の説明は事前にお願いできる? アタシと、校長と……あとジェレンスにも確認させて」

「わかりました。そのようにします」

「ごまかしはナシよ? いいわね」

「もちろんです。これ以上、ルルベルや先生がたのご信頼をそこなう気はありませんので」


 ねっ? という顔でこちらを見られても……困る。

 なんかもう、ほんと困る。

 ファビウス先輩、本気なんだなぁ……という困惑がね。こう……押し寄せてきてね。

 もちろん、信じてなかったわけじゃないよ。わたしのことを好きだっていってくれるの、すごく嬉しいし、胸がキュンっとしたし、嘘だなんて思ってない。

 思ってないけど、ここまで先々を考えてくれてるとは……まさに想像だにしなかったことなので。


 すごくありがたいけど……ありがたいけど、ファビウス先輩がわたしのために捨てるものが多過ぎない?

 なんかこう……。

 困っているのが表情に出てしまったのだろう。ウィブル先生が、眉根を寄せた。


「ルルベルちゃん?」

「ひゃいっ!」


 ……声が裏返ってしまった。


「勝手に話が決まっていくけど、本人としてはどうなの? 腕輪もつけたくないなら、それでもいいのよ?」

「いえ、つけさせてもらいますし、べつに指輪のままでも――」

「それは駄目」


 速攻で却下されてしまった。そこまで駄目か……まぁ駄目かぁ。


「僕も、指輪は反対です」


 エルフ校長が口を挟んで来た。そこまでかぁ……。

 ファビウス先輩は反論しないので、わたしが少しだけ頑張ってみる。


「指輪の方が小さいし、魔力消費量も少なくて目立たないと思いますけど」


 そう。わたしは魔力感知がないからわからんけど、魔道具だって魔力を消費する関係上、魔力感知にすぐれた相手には発見されてしまうのだ。

 もちろん、隠蔽もするんだろうけどね。だけど、どうしてもどこかでバレる危険性はある。


「それは道理ですが、腕輪に仕込む呪符も最低限のものにすればいいでしょう。僕の転移用魔法もまた渡しておきますし」

「……あっ。校長先生、あれいつも作用の説明なく渡されて困るんです。次はちゃんと教えていただけます?」

「説明してませんでしたか?」


 天然か! 天然うっかりさんか!


「ないです」

「エルフの里にある僕の部屋に転移するものを渡しています。君も何回か行きましたね? あの部屋に誰か入ったら僕に通知が届くようになっています」


 なるほど……前にシスコやリートも一緒に行った、あの部屋かぁ。

 これで次からは意味不明の紙切れに運命を賭ける! みたいなことしなくてよくなる。助かる。


「……じゃあ、指輪の件はこれで落着として。ルルベルちゃんは、もう寮に戻っていいわよ。時間も遅いし。ファビウスは、もうひとつの件があるから残ってね」

「もうひとつ?」


 わたしが問うと、ウィブル先生はふふっと笑った。


「不摂生」


 あー……。納得!


「しっかり叱ってあげてくださいね」

「まかせてちょうだい」


 同志よ! みたいな感じになったそのときである。


「送って行く前に――」


 リートだ。真面目な顔で――といっても、リートはだいたい真顔で変なことをするのだが――ファビウス先輩を見て、こうつづけた。


「――ルルベルに、魔力玉を作る許可を出してほしい」


 ……そういえばそんな話してたな! ブレない! さすがリート!


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