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316 早くできるようになるといいわね

 結局、リラはスタダンス様に送ってもらうことになった。つまり、侯爵家の馬車でお家まで……。

 緊張し過ぎて卒倒したりしない? ――いや。大丈夫かな!


「意外と図太い気がする」

「なんの話?」


 首をかしげたシスコに、わたしは肩をすくめて見せた。


「リラのこと。スタダンス様の馬車に乗せてもらうのに、あんまり遠慮しなかったでしょ」

「自己主張が苦手なだけなんじゃないかしら」


 シスコの解釈が天使!

 だが、わたしはそうは思わない。


「ううん、侯爵家のかたとお話しする機会が持てたばかりか、馬車に乗せてもらえるなんて! って感じだったよ」

「そうなのかしら……」

「そう思っておいた方が、わたしたちも気楽じゃない? もしコチコチに緊張して断れなかったっていうなら、明日、泣きつかれるだけなんだし。今は、気にしてもしかたない。でしょ?」

「……そうね」


 夕食を終えて、リラは家へ。わたしたちは寮へ。

 周りにほかの生徒は――リートと、見えないけどたぶんいるはずのナヴァト忍者を除いて――誰もいない。なぜなら、わたしたちは外を歩いているからだ。

 この寒いのに物好きなといわれそうだが、馬車に向かうふたりを見送って来た流れで、こうなっただけである。


「空が綺麗ねぇ。星がきらきらしてる」


 前世の記憶で見た夜空とは比べものにならないほど、星が多い。

 空気が澄んでるんだよね。化石燃料で発展した前世とは違う、ってことなんだと思う。


「ルルベルは、星が好きなの?」


 足を止めて空を見上げるわたしの隣で、シスコが尋ねる。


「んー、あんまり星空を見たことなかったかも、って思ってるとこ」


 前世と同じ星座があるかどうか、全然わからないな――とも思ってるんだけど、これは口にしづらいな。

 わたしだって、オリオン座くらいはみつけられたんだけどな……。星がよく見えると逆に、星座はわかりづらくなるよね。空気が綺麗じゃなくても、照明で空が明るくても見えるような特別な星だけが見える方が、星座は繋ぎやすい。

 つまり。こんなに星がびっしりだと、知ってる星座の有無さえわからん。


「そういえば、わたしもだわ。なんでかしら」

「家にいたときは、こんなに暗くなってから外に出ること、あんまりなかったからじゃない? 夜、外に出るっていうと……お祭りとかだし。お祭りのときは、空なんか見ないよね?」

「そうかも。……でも、綺麗ね。ちょっと怖くなるくらい」

「うん」


 そうだなぁ。綺麗だけど、吸い込まれそうっていうか。

 よく考えてみると、綺麗なものって怖さと表裏一体な気がするな。どういう意味かって問われても、うまく説明できないけど。

 たぶん、凄み……みたいなもの? それが、怖いって感覚と結びつくのかな。

 ずいぶん慣れたとはいえ、イケメンの皆さんだって……ふと我に返ると、怖いくらい綺麗なお顔立ちでいらっしゃいますね、みたいな気分になることあるもの。


「シスコ。今日、食事をしてるときに思ったんだけど」


 空を見上げるのをやめて、シスコに顔を向ける。

 シスコの眼も、夜空みたいにきらきらしてる。深くて、透き通ってて……。


「……なんでも聞くわ」

「リラのことは、放っておくのがいいと思う」


 わたしのこの結論を、シスコは望んでいただろうか。

 わからない。わからないけど……このままじゃ、シスコは自分が恐れていたように、リラにひどい言葉を投げつけてしまうに違いない。


「あれはシスコがイライラしても当然だよ。だって、リラはシスコを下に見てるんだもん。自分の方が偉いって態度だ。本人は無自覚で、指摘しても否定するだろうけど」


 もちろん、甘えっ子だというのも事実だろう。家族に世話を焼かれて育ってきたんだと思うよ。

 だから、世話を焼いてもらうのが当然になってしまった。親切に声をかけてくれたシスコは、自分の面倒をみる係だって認識してしまった。気を回して、なんでもいうことを聞いてくれる、便利な存在。

 見てるだけのわたしでさえ、イラァ〜ッとした。

 なんなら、わたしがやってもいいくらいだ。ひどい言葉を投げつける、ってやつを。

 でも、それで解決する? しないよね。シスコが自分のせいだって気に病む未来が見えてくるよ。


「……放っておくと、どうなるの?」

「たぶん、完全に突き放すのは難しいと思うけど。なにかたのまれても『自分でやれば?』って感じで返せばいいと思うんだよね」


 シスコの視線が揺れる。


「でも……リラにはできない、っていうと思うわ」

「そのときは、こうだよ。『早くできるようになるといいわね』……って」


 ある意味、リートの提案を採用したようなものだ。

 あ、もちろん我々が喧嘩をぶっこんで場の雰囲気を変える方ではなくて。他人のことは他人のことだと切り分けろ、って方ね。


「そんな……」

「でも、そういうことでしょ。魔法だってなんだって、誰かが代わりにやってくれるわけないんだから。わたしは聖属性の魔力があるから特別扱いされてるけど、それだって、『ある』だけじゃ大して役に立たない。うまく使っていくしかないけど、今は魔力感知さえできない。呪符魔法も習ってるけど、たくさん覚えて臨機応変に描いていくなんて無理めの絶望って感じだし、エルフ語も発展途上で先行きは真っ暗。……だけど、それを誰かが代わりにやってくれたとして、だからなに? って話よ。わたしができるんじゃないと、意味ないでしょ」


 少し長めの沈黙を経て。

 ほうっ、とシスコが吐いた白い息が、ゆるやかに拡散していく。


「ルルベルは、すごいわ」

「いやいや。どこがすごいの。なにもまともにできないって例ばっかり挙げたのに」

「そうすべきなんだろうなと思ってて、でも決断できないことを……ちゃんと言葉にできるから」

「当事者じゃないから、いえることだと思うよ。わたしがシスコの立場だったら、やっぱり悩んだはず。でも、わたしは一歩遠くから見てるからさ」


 自分がすがられたら、断るのは大変だろう。だけど、友だちが依存されてるのを見たら、なんとかしなきゃって思うよね。

 それだけのことなのに、シスコはわたしの腕に両手をからめて。なんだか泣きそうに顔をゆがめて、ささやいた。


「ううん。ルルベルはすごいの。いつも、わたしの道を照らしてくれるわ」


 うっ。エルフ校長あたりがいいそうな台詞だけど、百倍胸に来るのはなぜだろう!


「そんな大袈裟な……」

「ずっとそうよ。あのね……たぶん、ルルベルに近寄ったときのわたし、ルルベルの面倒をみてあげなきゃって思ってたの。今でいえば……はじめにリラに声をかけたときと同じ」

「なるほど?」

「すごく正直に白状するとね……。制服の素材で、わかったのね。ルルベルが平民、それもその――」

「暮らしが苦しい貧乏人?」


 いいづらそうにしてるシスコの言葉をおぎなってあげると、もうっ、と腕を引っ張られた。


「――魔法の勉強を専門にやったことがなくて大変そうなのは、ジェレンス先生とのやりとりでもわかったし」


 あー。課題図書をばんばん積まれたあの日がなつかしい……なつかしいけど、べつに戻りたくはない。


「それで助けてくれようとしたの? シスコはやさしいね、やっぱり」

「でもね、そんな上辺を撫でただけの知識なんて、なんの役にも立たないってことを知ったわ。ルルベルは、自分に求められている聖女という役割に必要なものを、どんどん探って、自分から勉強していったでしょう?」


 ……なんか美化されてない?

 わたしはジェレンス先生の課題図書を読み、魔力の扱いができてないからと特訓を受け、聖属性魔法使いの弱点をカバーするために呪符を学び、今は呪文を唱えるためにエルフ語の発音を学んでいるところだぞ。

 おおむね自発的とはいえないし、すべては自己防衛目的だ!


「あーまぁね、頑張ったけど、それはほら。自分の身の安全に直結するからだし」

「ルルベルにとっては、そうなのかもしれないけど。でも、わたしから見たら、ルルベルはすごくまぶしかったの。このひとを助けてあげようだなんて、思い上がってたなって気がついたわ」

「いやいや、どんどん思い上がってよ! 実際、助けられたもん。シュガの実とか。ドレスとか!」

「……ルルベルは良い風に受け取ってくれるけど、わたしは恩を売ってるだけ。その程度のことじゃ、ルルベルには追いつけない気がしてたの。それで――リラのことは、自業自得なんだと思ってる」


 はい? 今、なんて?


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