315 わたしは肉団子入りのスープが好きです
夕食の席で待っていたのは、シスコ、リラ、そして――。
「こんばんは、ルルベル嬢」
「こんばんは、スタダンス様」
ファビウス先輩じゃなくても、がっかりした顔を見せずに挨拶できたの、我ながら偉いと思う!
……これも看板娘スキルだって、リートなら評価するのかな。腹芸レベルの表情操作はできないけど、笑顔で挨拶は得意だよ。得意というより、無意識に発動するって感じ?
それが自慢とまではいわないけど、自分を肯定的に見る材料だったのに。リートの指摘のおかげで、今はなんだかもやもやする……。
いやいや。今そんなこと考えてもしかたない。目の前の相手に、誠実に!
「先日のお茶会では、お世話になりました」
「こちらの方です、お世話になったのは。お招きしたかたがたのあいだでも、評判ですよ。それは独創的なお茶会だったと」
独創的って、遠回しにディスってる可能性があるのでは?
ま、嫌味は『ポジティヴに解釈すれば相手が勝手に敗北する勝負』だからな。ポジポジで行こう!
「ありがとうございます。皆様にお喜びいただけたのなら、わたしも嬉しいです。……お待たせしてしまいました?」
「とんでもない。聞きました。校長先生から、個人指導を受けていらっしゃると」
「ええ、そうなんです。エルフ語の発音を教わってます」
「難しいそうですね」
「ええ……」
菫の気もちになるとかねー……って思い返してしまう。それも、今日はろくに練習できてないんだけども。
大きめのため息をついたわたしに、リートが尋ねた。
「また、適当に取って来てかまわないか?」
「お願い」
結局、我々が喧嘩する案は却下した。シスコに余計に不安を抱かせるだけだろうって説得したら、それもそうかもしれんと納得してくれて助かったよ。
わたしたちが険悪な雰囲気になったら、絶対に気を揉ませてしまう。直接話法で尋ねて来たりもしないだろうし……シスコだから。
「わたしも行くわ」
シスコが立ち上がると、リラも腰を浮かせた。
「じゃあ、リラも」
「……リラは、ルルベルと話してて? お互い、まだ知りたいこともあるでしょう?」
「でも……」
リラが小声でいったのは聞こえなかったことにしたらしく、シスコはリートを追って行ってしまった。
「実をいえば、早く着き過ぎたのです。少しばかり。張り切ってしまったのですよ、ご一緒できると思いまして」
スタダンス様の前にはもうお食事が並んでいる。暇を持て余して、取って来ちゃったんだろう。今の発言は、自分の前だけ料理があることについての弁明である。
皆が揃うのを待っていたらしく、盛り付けは綺麗なまま手をつけた気配がない。
「お料理が冷めてしまいます。お食べになってください」
「いえ、待たせてください、皆さんの前に料理が並ぶまで」
「お気になさらなくても……」
ここで会話が途切れてしまった。
……うーん。この! なんともいえない雰囲気!
リラは自分から話題をふる気もなければ、我々の会話に入って来る気もないらしい。話をふってあげなきゃいけないんだろうけど、話題……どうしよう、わからん。
「なんだと思いますか? この食堂で、いちばん美味しいものは」
スタダンス様が、雰囲気を読まずに軽快な質問をぶっぱなしてきた。
これは、わたしから乗って行くしかないだろう。リラが率先して答えるとは思えない。
「わたしは肉団子入りのスープが好きです」
「ああ! あれは最高ですね、香草の選択が」
つい、吹き出しそうになる。最高なのは味じゃないんかーい! と。
いやまぁ、国家予算級大富豪且つ名家の御子息であらせられるスタダンス様にとって、この食堂の料理って……粗末なものに感じられるんだろうけど。金銭的にそこまで余裕がない生徒でも、無理なく食べられる価格設定だもんな。
「いい香りですよね。食欲が湧きますし、食べたあとで脂がしつこく感じないです」
「まさに。その通りです、ルルベル嬢。それが料理人の工夫というものでしょう。活力と旨味のもとである脂を使いつつ、口当たりはよく、食後の感覚もさっぱりと。職人技です」
……思った以上の高評価。スタダンス様って食レポできるタイプの人?
「きっと、調理場の皆さんが知恵を絞った成果なんでしょうね。わたしなんか、美味しい! って思うだけですけど……」
「最高の褒め言葉でしょう、それこそが」
うなずいてから、スタダンス様はリラの方に向き直った。
「いかがです、リルリラ嬢は?」
おおお! 意外とデキるじゃないですか、スタダンス様!
……なんて、失礼かぁ。ある程度の社交術は身につけておいでなんだろう。貴族に社交は必須スキルだし。
「え……えっと……」
もじもじしているリラは、かなり可愛い。髪色は、ちょっとわたしに近いかなぁ。ピンク味のある栗色。ただ、わたしとはタイプが違う。儚げ美少女って感じ……? 誰もリラとわたしを見間違えたりはしないだろうと断言できる。
言葉が出ないリラに、スタダンス様が質問を追加。
「たとえば、パン。どうでしょう?」
「えっ? パン……パンは、大きいです」
サイズかー! ……と思ったわたしを誰も責めるまい。
「大きいでしょうか?」
リラは言葉に詰まっている。
まぁ、スタダンス様って侯爵家のかただからな。そりゃビビるよ。ていうか、もう慣れてしまっている自分にも少しビビるよね……。
とにかく、ここは助け舟を出さねば。
「ふだん、もっと小さいパンを食べてるの?」
「あ、えっと、はい」
「なるほど。大きいとは、比較してのことですか」
「たぶん……そうです」
会話終了。
終わらせないでくれ!
「どれくらいの大きさなの? これくらい?」
わたしは手でまるを作って見せた。すると、リラは首を左右にふった。
……いや、せめてもう少し大きいとか小さいとか説明してくれん? それか、自分も手で示すとかさぁ。
「これくらいかと思いました」
スタダンス様が、親指とひとさし指で輪っかを作って見せる。OKマークか! この世界では、OKってアルファベットがないから、そういう意味でこの形が使われることはないけども!
てか、ちっさ!
「さすがにそこまで小さくはないんじゃ? リラ、正解を教えてくれる? どれくらい?」
名指しでうながすと、ようやくリラは手で形を示した。
「たぶん、これくらい……のを、切ってあるのがお皿に盛られてて」
ああ、スライスしてあるのか!
「切ってあるのね。食堂のパンは丸ごと出てくるから、ちょっとびっくりした?」
「あの、うん。そう……」
「薄く切ったパンを焼いて、バターを塗ると美味しいですね」
スタダンス様が笑顔でおっしゃると、リラはさらにもじもじした。
……あ、そうか。侯爵家パワーだけじゃないわ。スタダンス様もイケメンだから! こんな至近距離でイケメン浴びたら、そりゃこうなるわ。
わたし? わたしは……慣れたな。ほんと、人間って慣れるもんだな。怖い。
「バターだけですか?」
「ああ、もちろん最高ですよ、ジャムなど添えれば」
「わたしは苺のジャムが好きです」
でも、そこそこ高級品だから、庶民の食卓ではレギュラーとはいえない。というか、滅多に食べられない希少価値も込みで、好きなんだけどね!
庶民の食卓にそこそこ登場するのは、苔桃ジャム。前世の苔桃と正確に同じ種類の植物かはわからんけど……まぁ、そんなこといったら、なんでもそうだし。とにかく、これが冷涼な気候の我が国でよく採れるベリーなのだ。いわゆる苺は収穫が難しいから、お高くなってしまう。
「いいですね、苺。リルリラ嬢は、いかがです? どんなジャムがお好きですか?」
「えっ? ええっと、蜂蜜が好きです」
ジャムじゃないんかーい!
「蜂蜜。たしかに、美味しいですね」
……リラ! そこで黙るな、せめて肯定に肯定を返せーッ!
でも、もじもじするだけで言葉が出ないのがリラである。シスコといるときのリラは、よく喋るリラだったんだな……。
まぁね? 紛うかたなき上流階級所属のスタダンス様とシャキシャキ会話するなんて平民、ふつう存在しないからね? 自分が慣れたからって、他人にもそれを求めてはいけない!
しかし、どうフォローすべきか……って悩んでるところに、料理調達部隊が帰還した。
「わぁ、さっき話題に出た肉団子スープ!」
「ルルベル、これ好きだったと思って選んだの」
ああ、シスコが天使! 知ってた!
天使はリラにも笑顔を向ける。
「リラは白いシチューがいいかと思って。たしか、前にも選んでたわよね?」
「え……。リラも肉団子スープ、食べてみたかったな」
……おまえというやつは!




