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312 悩みは結局、どこにでもあるんだ

「生きていくって、悩むことばっかりだなぁ……」


 翌日も、午前中は教室で指導を受けたが、午後は図書館に移動した。他人の視線を気にしなくてよくなった瞬間、ぐんにゃりする……ってことは、無意識にすごく気にしてるんだろうな。

 なお、リートはすでに視線としてカウントされていない。これが慣れというやつか! 嫌過ぎる。


「なに呑気なことをいってるんだ」


 ノーカン男、さっそく否定してくるよね……。まぁ、気にしないよ。ノーカンだしな。


「最近思うんだけどさ、人間って結局、なにかを悩まずにはおれない生きものなんじゃないかな」

「俺にはとくに悩みはないが?」


 はい、ノーカン。


「たとえば、わたしは今、西国ノーレタリアの魔物の群れのことを気にしてるわけ。心配してる。リートだって、なにかあれば同行することになるんだから、気にはなるでしょ?」

「気にしても意味がないとも思うが。行けといわれれば行くまでだ」

「でも、近々行けといわれそう、ってわかってるとさ。その近々がいつなのかとか、具体的にどこなのかとか、気になるじゃない?」


 リートは否定したそうな顔をしただけで、言葉にはしなかった。リートのくせに、頑張ったな。


「で?」

「そういうのがなかったとしてもさ、悩みは結局、どこにでもあるんだ」

「……意味がわからん」

「つまりさ、魔王復活とかそういうのって、全世界共通のお悩みじゃない? 解決しないと人間社会は壊滅状態に陥りかねないし。でも……そういう問題がなくても、結局、なにか悩みは生じるのよ。たとえば、顔の目立つ位置にふきでものがあるとか、仲が良かった子と喧嘩したとか、昼ごはんがたりなかったとかさ」

「ああ、飯の量は問題だな」


 そこだけかーい! 実をいうと、さいごのはリートにもわかる例をと考えたものなので……狙い通りではあるが、それにしても。


「解決しても解決しても、また次の悩みができるのよ。食事だって、昼を食べたらそれで終わりじゃないでしょ。次は夜、その次の朝、昼……って生きてる限り、くり返すじゃない。これってもう、自動的に悩むことに決まってるんじゃないか? っていうのが、本日の気づき!」

「なるほど。やはり、気にしても意味はないな」


 たしかにな! でも、そこにある悩みはぜんぶ真剣なものだし、なんとかしなきゃいけないんだ。そうやって、ひとつずつ課題をクリアして――あるいは、クリアできずに撤退することもあるだろうけど、とにかくその選択と行為の蓄積こそが人生なんだな、って思う。

 ……でもでも、やっぱり悩みは少ない方がいいなぁ。


「リートさ、今日の昼食のとき、なにか思わなかった?」

「なにをだ?」


 うん、知ってた。そして思いついた!


「ちょっとナヴァトと交代してくれる? 訊きたいことがあるから」

「……よかろう」


 偉そう! ともあれリートがアウト、ナヴァト忍者がイン!


「聖女様、ご用でしょうか?」

「今日、昼食のときも食堂にいたのよね?」


 相変わらず姿が見えなかったので、まずそこから確認する。と、ナヴァト忍者はうなずいた。


「はい。おそばに控えておりました」

「まず知りたいんだけど、食事はちゃんとできてる?」

「携行食を食べました。問題ありません」


 昔はぶっきらぼう且つ無愛想だったナヴァト忍者、親衛隊になってからは口調も言葉も丁寧だよね。

 わたしを仕えるべき相手と認識してるからだろうし、短期間で切り替えられるのが、なんかこう……軍人っぽいなって思う。縦型の人づきあいに順応してるっていうか。

 ま、それはともかく。


「一緒に座って食事をしましょう、っていったら迷惑?」

「俺の都合を申し上げてよろしければ――」

「もちろん、教えて」

「――姿を隠していた方が、聖女様をお守りするのに都合がいいです」


 まぁそうだよな。

 本題はここからである。


「わかった。ナヴァトがやりたいようにするのが最善だろうし、今後も好きなようにしてね。でも、わたしは一緒に食事をしたいって思ってることも、忘れないでいてくれたら嬉しいです」

「はい」

「ところで。昼食のとき、シスコとリラ――リルリラ嬢の雰囲気、どう感じた?」


 昼食は教職員席でだったんだけど、午前の授業が終わったところで、わたしがリラを誘ったんだよね。もちろんシスコも一緒に。

 これ、シスコと話し合った結果なんだ。わたしも交えてうまくつきあえそうかを確認しよう、って。

 ……だって、いきなり突き放すわけにいかないし。とりあえず、シスコとリラのあいだに第三者であるわたしが入ることで、なにか変化があるんじゃないかとか、安定が望めるんじゃないかとか……そういう期待もあってのことだ。

 今日はウィブル先生が大きめのテーブルを確保してくれてて、さすがだったよね。もっとも、会話は生徒に委ねる方針だったみたいで、相槌を打つ程度に徹してたけど……そのへんも、さすが。


 ま、そういうわけで、距離感を計測しながら会話のジャブを打ち、「リラ」「ルルベル」と呼び合う段階までは進んだし、リラがどういう子かも少しはわかったけど。

 周りから見てどうだったか、ってことも知りたいのだ。

 リートに訊いても無駄だし! まだしも人間らしさのあるナヴァトの感想を知りたい。


「……シスコ嬢と、リルリラ嬢ですか?」

「わたしとシスコは友だちなんだけど――あ、それは知ってるか」

「はい」


 以前から、王子の護衛として教室にいたんだもんな。

 姿が見えないせいで、その場にいなかったものと誤認してしまう。やはり姿を消してることの効果はすごいな。隙あらば光学迷彩を纏うナヴァト忍者の心理も、わからんではない……。


「わたしがファビウス様の研究所に泊まりこんでるあいだにリラが入学して、シスコが親しくしていたらしいの。数少ない平民ってこともあってね」


 このへんは、ナヴァト忍者も詳しくは知らんだろう。だって、わたしと一緒に行動してたわけだし。


「なるほど。そういう縁で、食事の席にお招きになったのですね」

「うん。わたしが寮に戻ったからって、彼女を遠ざけることになるのは、嫌なんだ。だから、うまくやりたいんだけど……」

「俺が見たところ、シスコ嬢は少々、リルリラ嬢を煙たがってらっしゃるかと」


 やっぱそうかぁ……。

 シスコは努力してると思う。おだやかに、にこやかに、ふるまってる。でも、気の置けない雰囲気じゃないというか……壁があるっていうか。

 リラは気がついてなくて、我々に話しかけたい場面でもシスコを経由しようとしたりとか……それも直接たのむんじゃなくて、言外の要望を読み取ってもらえることを期待してる感じなんだよね。

 察して、助けて、わたしのために動いて! みたい感じ。


「リラの方は、どう?」

「彼女は気づいていないように見えました。そのせいで、シスコ嬢の態度がますます硬化したかと。……もちろん、これは俺の主観ですが」

「主観が聞きたかったんだから、それでいいの。ありがとう」

「いえ。……聖女様は、リルリラ嬢とも仲良くなさりたいんですか?」


 おっと。ズバッと来たなぁ。


「まぁ……正直、まだわからんってところかな」

「仲良くなさりたいかどうか、決めかねていらっしゃるということですか?」


 できれば、シスコとの仲をうまく取り持ちたいと思ってるだけだけど……でも、これも八方美人ムーヴなのかなぁ。そう思うと、つい自嘲的になってしまう。


「誰とでも仲良くしたいっていうか。ほら、リートにいわれた、誰にでも良い顔したいってやつ」

「誰にでも、ではないでしょう」


 意外な評価に、わたしは眼をしばたたいた。


「そう?」

「はい。ウフィネージュ殿下に――」

「わぁぁ! それはもうやめて。たのむから」

「――申しわけありません。俺にとっては、衝撃的な事件だったので」


 ……そりゃな。王太女殿下に公然と歯向かう平民とか、衝撃じゃなかったらなんだよって話だよな!


「うん、まぁね。仲良くしたくても、無理な相手もいるってこと!」


 へらへらと手をふりながら弁明するわたしに、ナヴァト忍者は真顔で尋ねた。


「俺の意見をお聞きになりたい……と、理解して間違いないですね?」

「うん、そう」

「では申し上げます。このままシスコ嬢とリルリラ嬢を同席させるのは、お勧めしません」

「え……。そこまで雰囲気悪かった?」


 わたしより深刻にとらえてるな――なぁんて、呑気に思ってたところへ追撃!


「シスコ嬢に、一方的に我慢させることになるからです」


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