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311 難しいこと考えると太らなくて済みそう

「そうみたいね、西国ノーレタリアって」


 今宵もシスコの部屋に出張したわたし。遠慮などない。

 シスコも当然でしょみたいにお菓子を準備してて。最近持ち込んだという品の良いティーセットも相まって、非常〜にファンシーでラブリー且つシックな雰囲気のお茶会となった。

 時間帯を考えると体重にコミットしそうだけど、気にしないね!


 まずは、夕食の席で話題になったことを、支障のない範囲で話してみる。

 支障がありそうなのは、例の魔将軍……ジェレンス先生の実家ルートの情報あたりかな。それを避ければ、西国にも戦える魔法使いはいるのかしら、みたいなのは問題なさそうじゃない?

 でもこれ、シスコにとっては意外でもなんでもない話だったらしい。


「わたし、そういうの知らなかったから。なんか、びっくりしちゃった」

央国ラグスタリアでも、こう……実益があることって、軽視されがちよ。貴族の皆様にはね」

「そうなの?」

「表向きはそうよ。商売に手を染めるのは恥、って感じ。貴族は領地の収益だけでも莫大な収入があるべきって考えかたがあるんだと思う」

「莫大……」


 まぁ、スタダンス様のお家とか、国家予算規模の大富豪って話だしなぁ。あれも基本は領地収入なのか。

 ……えっ、領民にどんだけ課税してんの? 怖くない?


「貴族が商売をするってことは、まともな領地経営ができていないか、所領で得られる収入に見合わない分不相応な暮らしで落ちぶれたかのどちらか、って判断されるんじゃないかしら。だから、貴族は労働しないし、目立つ商売もしない。寄付なんかも気前良くないと評判にかかわるみたい。ある程度の慈善活動もしないと、見下されるようよ」


 正直、パン屋の看板娘のルルベル的には、国内のことだってよくわからないのよね。上流のかたがたが、なにを良しとしてるか……みたいなの。

 シスコに説明されれば、なるほど……って、思うけど。でも、今それを聞くまでは、まともに考えたこともなかった。

 前世で愛読していた小説の転生悪役令嬢の皆さんは、前世知識チートで開発した新製品を商会で売って……みたいな流れで活動してたし、そんなもんかと漠然と思ってたけど。

 よく考えてみたら、貴族が経営してる商会とか聞いたことないわ。下町だからって話じゃなく――有名店の名前くらいは知ってるんだよ、庶民でも。だけど、そこに貴族の名前は入ってないわけ。王室御用達とか、何某伯爵夫人ご愛顧とか、そういうのはある。でも、経営側で名前を見たことなかったわー!

 商売すると見下されちゃうなら、それも納得だよ……。


 ってレベルで、国内のことさえわからない。これがド平民クオリティだ。

 ましてや、外国のことなんか! わかるはずもない。

 上流どころか、シスコみたいな上流寄りの平民の皆さんの常識さえ、わからんのだよ……。本屋の君とシスコの会話とか、近くで聞いてても理解できる気しないもん。でも見物はしたい。シスコが照れてるところとか見て、ニヨニヨしたい。


「じゃあ、西国はそれがもっとこう……極端になってる感じなのかな?」

「たぶんそうだと思うわ。わたしも詳しくはないんだけど。家の取引先って東国セレンダーラで、あっちは実利主義だから」


 あー……。そうよね。誰でも呪符が描ける筆記用具とか開発しちゃうんだもんな。

 実際、遭遇した東国側の貴族はもちろん、王族の皆さんもわりとフレンドリーだったし。西国だったら、あんな風にはいかないと考えるべきなのかー。めんどくさそう……。


「西国に行かずに済むといいなぁ」

「ほんとにね。……あっ、でも西国の軍は強いって聞いたことがあるわ」

「えっ、そうなの?」

「噂だけど。上流階級が関与したがらないぶん、軍には平民の叩き上げの兵士しかいなくて、すごく強いんですって」


 つまり軍は西国にしては実利を重んじてる感じか……。


「指揮も平民が?」

「どうかしら。そこまでは知らないわ。今度、調べておくわね」

「えっ、いいよいいよ。自分で訊いてみるから」

「……あらためて考えてみると、なんだか不思議な話ね。貴族が貴族らしくあるために、実務はだいたい平民が担当して……しかも優秀だなんて」


 じゃあ貴族がそこで偉そうに暮らしてる意味って、なに? ……ってなるもんな。


「そうだねぇ。誰か疑問に思ったりしないのかな? 貴族がいる意味あるのかな、ってなりそうな気がするけど」

「そういうものだ、って信じ込んでるんじゃないかしら。わたしたちだって、魔法は貴族のものだって感じてるし……平民が魔法学園に入れてもらえるのは、ありがたいことだ、って。でも、この学園は王立だし……王国の民なら誰でも平等に受け入れるのが当然なんじゃないかしら」

「……ほんとだね」


 こんな話、シスコとすることになるとは思わなかったな。

 わたしは前世日本の記憶があるから、身分制に疑念があるけどさ。ふつう、この世界で生まれ育ってたら、なかなか思わないんじゃないかなぁ。ルルベルに染みついた感覚では、王侯貴族の皆様は別種の生きもの! ってなるもん。

 同じ人間だっつーの、なんて思えるのは、前世の記憶があるからだ。

 このへん、平民でも上流寄りかそうでないかの差が出るんだろうな〜。ほら、シスコみたいに貴族と親戚だったら「あっちも人間だ」って実感しやすいじゃん?


「西国よりは暮らしやすいのかな、央国。東国は、もっと暮らしやすいのかな?」

「どうかしら……東国に親戚がいるんだけど、あっちは実力がものをいい過ぎるみたい」

「そうなの?」

「うん。つまり、実力があれば低い身分からでも出世できるけど、逆に、取り柄もなにもなければ貧しくてもしかたない、みたいな考えかたが強くて」


 うーん……実力主義も極端だと、社会が厳しくなるのか。


「それって、貴族もあんまり慈善活動しないとか?」

「そうみたいね。才能がある子を庶民から拾い上げる、みたいな形式になってしまうのよ」

「あー……まー……それは我が国でもあるんじゃない?」

「ええ。でも同時に、才能もなにもなくて困りきった層への施しも盛んでしょう?」

「たしかに」


 思いだしてみれば。神殿の炊き出しなんかは、貴族の誰某様のご寄付で〜、みたいな話だった。

 うちだって裕福ではないけど収入は安定してたから、炊き出しは手伝いに行く側だったし……そういうのも、当たり前にやることって意識だったよな。困ってるひとを助けるのは当然、って。

 実力主義が進んでいくと、貧困への同情が減っちゃうのか……。

 あー! なんか頭が疲れる!


「……糖分がよく消費できそう」

「え?」

「深夜のおやつを楽しんでも、難しいこと考えると太らなくて済みそうな気がする!」

「……ルルベルったら」


 シスコは笑って、追加のお菓子を勧めてくれた。……太らせようというのか!


「わたしの話はともかくさ、そっちのテーブルはどうだったの?」

「特になにもなかったわ」

「なにも?」

「会話自体がほとんどなくて……。リラって人見知りだから。リートとは、挨拶しかしてないんじゃないかしら」


 うわぁ。

 リートも、挨拶はしたんだし話題もないんだから、黙って食事をしてなにが悪い? って感じだろ、絶対! というか、特になにも思ってないかも。リートだし。


「シスコ、つらくなかった?」

「つらくはなかったわ。気にしないで」

「ごめんねぇ……」

「ルルベルは悪くないわよ。それに、喋らなくて済むのって……よかったのかもしれないし」

「よかった?」


 シスコがちょっと俯いた。

 朽葉色くちばいろをした冬用の室内着っていうか……ガウンの襟に頬を埋めて。吐息のように、そっとつぶやく。


「わたし……どうかしてるの」

「どうか、って?」


 シスコはなかなか答えない。

 わたしは、少しぬるくなってきたお茶の残りをいただく。良い香りの茶葉にすっかり慣れてしまったなぁ……なんて思いながら。

 長い沈黙のあと、ようやくシスコが言葉をこぼす。


「最近ね、リラに……ひどい言葉を投げつけたくなるの」


 ああ、って思った。

 なんとなく、そんな気はしないでもなかったから。

 シスコがリルリラ嬢に言及するときの、こう……全体的な雰囲気がね。わりと厳しかったじゃない? 初手から、甘えん坊だとかいってたし。本屋の君との関係悪化の原因でもありそうだし。

 でも、シスコの性格的に、見捨てられないじゃん。

 孤立無縁っぽい、平民の新入生。しかも人見知り……。シスコに見捨てられたら、彼女の学園での生活は詰みだってわかってたら、余計に無理じゃん。


「そういうの、嫌だよね。わかるよ。相手より自分が嫌になっちゃうんでしょ」


 うなずいて、シスコは静かに泣きだしたから――わたしはシスコの隣に座って肩を抱き、頭を撫でた。

 友だちが弱ってるときにできることって、あんまりないな……って思いながら。


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