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31 なにも考えずに「はい」だけで応じていた結果

 歓迎会が終わる頃には、わたしはへろへろになっていた。

 食事は豪勢だったと思う。味は覚えていない。どうやって食べたかもだ。

 パンは美味しかった。うちの店のパンより美味しかったと思う。当然だが、材料が違うのだろう。しかし、焼いてから時間がたった高級パンと、焼きたてのうちの店のパンを比べるなら、焼きたてパンが圧勝である。ということは、一方的に負けてはいないはずだ……などという考えにふける程度には、現実逃避していた。

 ウフィネージュ王女殿下は、わたしがマナーとして間違ったことをしでかしても、それを指摘して恐縮させるなんてことはなさらないタイプの貴人だと思われる。王子は……まぁ、姉姫様が一緒にいるときは、変なことはしないだろう。

 いや、変は変だったけど……なんか、やたらと話しかけられたけど。


「リート、ひとつ訊いていい?」


 帰りも王子にエスコートされそうになったが、ジェレンス先生にお会いする用事があるので! と、思いつきで断った。王子は、差し出しかけていた手を素早く引っ込めた。ありがとう、激やば教師!

 つまり、寮に帰る前にジェレンス先生を探しに行かねばならない……用件は特にないが、そういうわけで、我々はジェレンス先生を探していた。リートは自動的に道連れである。


「なんでも訊けばいい。回答できるかどうかは別の問題だが」


 うん、君がそういう人間だってことは知ってる!


「なんか、王子様おかしくなかった?」

「不敬だぞ」


 そう来るとは思わなかった。正論である……。


「やけに親しみを前面に押し出してらっしゃいませんでした? って訊いてるの!」

「両殿下は、臣民に親しまれる王室づくりを心がけていらっしゃる。と、聞いたことがある」

「誰に?」

「王室広報とか、そういうやつだ。君だって知ってるだろう」


 あー。まぁ、なんかそれっぽい標語的なものは、たしかに。新聞で見たけどさぁ。そういうんじゃなくてさぁ!


「自意識過剰だと思われたくないんだけど、なんていうか、こう……女性扱いされてる感じがして」

「女性を女性扱いするのは不当ではないと思うが?」

「……わたしを女性扱いしてないリートにいわれると、なんか釈然としない」

「なぜだ。ちゃんと女性扱いしているぞ。便所・風呂・寝室には立ち入らない」


 いや、そうじゃない。それじゃない。


「違うんだよなぁ……!」

「なにがどう違うかはともかく、君と親しくする意義はあるだろう。聖属性魔法使いなのだから」

「まぁ……そういうことなのかな」

「あるいは、君の素朴さが気に入ったとか? 下町の娘など珍しいだろうしな」


 わたしは、まじまじとリートを見た。まさかリートがそんな視点を持ち合わせているとは思わなかった。


「えぇぇ……そういうことなのかな……じゃあ、おもしれー女枠ってこと?」

「おもしれー女枠?」

「洗練された女性しか目にしていない高貴な殿方が、ふだん見かけない粗野な女性に感じる意外性のことだよ」


 我ながら、うまくまとめられた気がする!


「ああ、なるほど。では、それなのだろう」

「……では、それなのだろう。……じゃ、なくて!」

「なんだ、自分でいっておいて」

「意外性を感じられるようなこと、なにもしてないじゃない」

「俺は平民だから、君の平民っぽさにいちいち気づいたりはしないが……なにか、王子殿下のお心を掴むような言動をしたんじゃないか?」

「掴みたくないんだってば。……不思議そうな顔しないでよ」

「後ろ盾として、王家は十分に機能する。親しくしていただいても、悪いことはなかろう」

「王子様と親しくおつきあいできるような度胸も教養も気概もないの!」

「だいたい精神論でなんとかなる問題だな。頑張れ」

「リートさぁ、そういう問題じゃないんだよぉ」


 たとえば、後ろ盾ほしさに王子と仲良くなったら、なにが起きるか。生徒会サロンみたいな場所で時間を過ごし、謎のマナーに頭を悩ませ、圧倒的な階級差にうちのめされることになるのだ! これが現実だよ平民の。

 わたしが王子好き好き人間なら階級差にもトライするだろうけど、そうじゃない。むしろ今のところ、紙玉を投げたり投げられたりした間柄でしかなく、恋愛感情などゼロである。底辺生活からは脱出したいが、ロイヤル・ロマンスは荷が重い。

 むしろ、今後いいなと思う男性があらわれたとしても、相手が自動的にわたしを圏外扱いするに決まってるという観点から見れば、王子の存在など害悪でしかない。王子と競ってでも手に入れようなんて、それこそロマンスみたいな展開になるわけがないものな。

 そういえば、とリートがふと気づいたようにつぶやいた。


「見えてたぞ。王家の護衛」

「……えっ。あの不可視の?」

「そうだ。さっきの歓迎会にいた。見える状態で」


 なんだって。ちょっと見ておきたかったじゃないか……そんなの早く教えてくれ!


「あれ……でも、待って。なんで知ってるの?」

「見えていたからだ」

「だって、不可視なのに? あれ? そもそも、なんで存在を知ってるの?」

「俺が優秀な護衛だからだが?」


 それでも地球は回っているのだが? みたいな調子でいわれても困る。


「リートってそんなに優秀なの?」

「大したことはないと思うが、率直にいって、俺以外の人間はもっと大したことがない」


 一瞬、珍しく謙遜したわねと思ったわたしが馬鹿だった。

 どうせ嫌味も通じないんだろうけど、ちょっとトライしてみる。


「まぁ、そうなの。安心して学生生活を過ごせそうで、助かるわ」

「しかし、気を抜くなよ――」

「自己防衛につとめるべき三箇所については口にしないでくれますか!」

「――ああ。わかっているなら、いいんだ」


 便所・風呂・寝室な! 気をつけるよ!


「はぁ……なんかもう、ほんと疲れた」

「王家とは縁をつなぎたくないなら、なぜ王子殿下と約束したのだ」

「……え、なんのこと?」

「明日の昼食に誘われて、応じていたぞ。『はい』と」


 ……やらかしたーっ!

 だいたい上の空ではいはい返事していたツケが! そんなところに!


「ご……護衛として、リートも来てくれるよね?」

「俺は招かれていないが」

「護衛として!」

「俺が君の護衛をつとめているのを、全校生徒に知らしめるつもりはない」

「王子様とふたりで昼食とか絶対無理! 無理無理無理、そんなの全然気が休まらない!」


 今日はエルフ公爵校長、明日は王子……ランチじゃなくて社交的拷問である。


「俺がついて行っても、なにも気の休まる要素はないだろう」


 正論! 正論だけども!


「平民仲間がいるってだけで、心強さが違うじゃん。わかるでしょ?」

「俺はべつに君が一緒にいようがいまいが、心強さに差など覚えないが」

「おーい、おまえらなにやってんだ。『聖魔大戦録』は読めたか?」

「ジェレンス先生!」


 廊下をせかせかと歩いて来た激やば教師を見た瞬間、わたしは思いついた。

 こちらから走って行って、先生の両手をぎゅっと掴む。


「……なんだ? なんかあったのか?」

「わたしの精神衛生に重大な危機が迫っています」

「は?」

「明日の昼食の時間に、呼び出していただけませんか」

「昼食?」


 わたしは、かくかくしかじかと会食の件を説明した。生徒会の歓迎会で、あまりのセレブリティ空間ぶりにすっかり理性をとばしてしまい、すべての会話に「はい」で応じていた結果、王子と会食の約束をしてしまったらしい、と。


「わたしはただの平民です。聖属性魔法が使えるかもしれないだけで、なんの取り柄もないです。王族のかたと一緒にお食事するなんて、無理です。回避したいです」

「なにが不満なんだ。光栄じゃないか」

「王子殿下の興味の対象になりたくないんです」

「つまり、俺に王族のお招きを阻止しろ、っていってるのか」

「そうです! 先生ならできます!」


 ほんの数日のつきあいだが、ジェレンス先生ならできる! わたしには確信がある。だから、自分にできる精一杯を――「このパン買ってくれないと経済的に厳しいの」的な情感をこめて、先生の眼をみつめる。相変わらず綺麗な眼だなぁ。


「……一応、学園内では身分の別はとやかくいわない建前だが。それでも、学問と関係ないところでは考慮するもんなんだぞ?」

「ではジェレンス先生、こうしましょう」

「おまえ、俺のいうこと聞いてるか?」

「昼食返上で、特訓です」

「俺の昼飯はどうなるんだ、それ」

「先生、わたしは聖属性魔法を使えるようにならなきゃいけないんです。今、ほかのことで悩んだり迷ったりしてる暇はありません!」


 本音をいえば! わたしだってそりゃ、愛だの恋だのイケメンキャッキャだのしたいよ! でもイケメンのレベルが社会的地位の面で高過ぎて無理! キャッキャする前に萎縮するんだよ!

 乙女ゲームの主人公ちゃんは、最低でもリートと同レベルの鉄の心臓を装備してると思う。

 ジェレンス先生は特大のため息をついて、わかった、といった。


「……なんとかしよう。おまえの教育を早めるようにとは、校長にもいわれてるしな」

「頑張ります! よろしくご指導お願いいたします!」


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