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306 そういうリアル、あんまり求めてないんだけど!

 そう思ったら、いきなり心臓が暴れだした。

 落ち着け、わたし。今ドキドキしても、なんの役にも立たないぞ。

 そりゃまぁ……今後が心配なのは間違いないよな。ハーペンス師ほどの魔法使いがいた東国セレンダーラでさえ、我々の助力を求めて来たんだもの。西国ノーレタリアは、どうなんだろう……強い魔法使い、ちゃんといるんだろうか?


「救援を求められているのでなければ、無視してもいいでしょう」


 リートがリートな感想を述べたが、エルフ校長はこれを一刀両断した。曰く。


「くだらないことを。僕たちが助けねばならないのは、いずれかの国ではありませんよ。この地上に生きる生命すべてです。救援要請の有無にかかわらず、魔王の力を削ぐためにできることがあるならば、全力で立ち向かわねばなりません」


 というわけで、わたしは休んではいけないことがわかってしまった……。

 儚かったな、休暇!

 だが、これが現実だ。切り替えろ、ルルベル。


「そうですね。わかりました。それでは、校長先生のご都合がよいときに、正確な発音を教えていただければ嬉しいです」

「君のためなら、いつなりと……とはいえ、あまりふつうの勉学がとどこおるのも、よくないでしょう。放課後、時間をとってもらえますか?」

「……はい?」


 エルフ校長は、珍しく教育人っぽい態度でこう告げた。


「特別な事態への対処ばかり優先しては、世界が平和になったあとの暮らしに支障が生じますからね」


 世界が平和に。

 ……なればいいなぁ、って思う。だから、わたしはうなずいた。


「ありがとうございます」

「ただの受け売りです。我が友が、そういう話をしていたのですよ」


 なにも忘れないエルフ校長は、それを聞いて思ったんだろうなぁ。次の聖属性魔法使いには、ふつうの暮らしをさせてあげたい……って。

 まぁ、その結果が初手から逃げろ! 身を隠せ! なのは極端だと思うけど。


「では放課後、よろしくお願いします」

「校長室へ来てください。僕も、状況の把握につとめておきます」

「わかりました」


 食後のデザートも運ばれて来たけど、あんまり味がわからなかった。

 そんなにショックだったか。ショックだったみたいだなぁ……。


 ……で。

 昼食を終えて教室に戻ったら、シデロア嬢が待ち構えていた。校長先生に話してみると約束して別れたのだから、無理もない。


「校長先生には断られてしまいました」

「ルルベル嬢なら、別の伝手つてもおありでしょう?」


 ファビウス先輩のことだな! リートの推測通りか……腹立たしいわ!

 シデロア嬢もシデロア嬢だ、リートごときに読まれるような範囲におさまらないでこう……もっとなんか。いや、これ以上突飛なことされても困るな。やはりそのままで大丈夫です。


「あれが研究所に連れて行かれたのは、調べれば魔王の眷属との戦いに役立つはずだからです。研究員の皆さんの邪魔をするのは、賢明なことではないでしょう。ですから、皆様をお連れするわけには参りません」

「でも……ちょっと見るくらい、かまわないんじゃなくて?」


 シデロア様は少し不服そうだ。

 吸血鬼は見世物じゃないんですよ……っていっても、たぶん納得してくれないだろうなぁ。


「申しわけありません」


 がばっと頭を下げる動作は、淑女に推奨されるものではないだろう。でも、これがいいだろ、この場面では!


「まぁ、ルルベル嬢……顔をお上げになって?」

「いいえ、わたしも悪かったので。お願いしてみる気になってしまったこと自体が、間違いでした。わたしが半端な態度をとったせいで、期待させてしまいましたよね? よからぬふるまいでした。反省します」

「もう、やめてちょうだい。わかったわ。吸血鬼の話は、お母様から伺うわ……得意げでイラつくんだけど、しかたないわね」


 そんな理由だったんかーい! と、がっくりする気もちが半分。その程度のことだと理解してて当然だろと自分を責める気もちが半分。

 ……まぁ、これで諦めてくれるならもういいよ。そのへんは、どうでも!


「お母上にも、よろしくお伝えくださいね」

「ええ。『お母様は吸血鬼をご覧になったかもしれないけど、たったの一回でしょ! わたしなど学園で毎日のように聖女様にお会いできるのよ!』って自慢し返しておくわ」


 くだらなさに、へらっとした笑いが出てしまった。本日第二回。……疲れてるのかも。

 午後は、ジェレンス先生が教室にいる状態での自習。先生が生徒たちのあいだを回って、勉強が進んでるか確認したり、次の課題を出したりの個別指導が入る以外は、そこそこ平和な感じだ。

 もちろん、わたしのところにもジェレンス先生はやって来た。そして、にやりとした。


「ついに校長の個人指導を受けることになったんだってな?」

「ちょ……」


 それは! 内容が内容なので静かに……いやでも校長先生に直接教わるなら、もうあの紙が消えちゃってもいいのか? いやいや、よくないだろ! もしものためにキープしておきたい、部分的にしか読めない古代エルヴァン文字の呪文が書かれた紙!


「ああ、安心しろ。ほかのやつには聞こえてねぇよ」

「そういうの、事前に教えておいてください」

「俺がそんなに迂闊なわけねぇだろ」


 どうだか……といいたいところだけど。今までの経験上、ジェレンス先生はぬかりないよね。そういうの。


「そうですね。失礼しました。でも、事前に教えてください。心臓や胃に悪いです」

「おまえの心臓は丈夫だと思うがなぁ。もちろん、胃も」

「勝手に決めないでください。今日は思いがけないことがつづいて、なんだかもう……」

「ああ、西国な」


 ジェレンス先生は知っているようだった。まぁ、当然ではある。応援に行くにしても、我が国の守りを固めるにしても。このひと抜きには、話にならないだろう。当代最強の〈無二〉だし。


「まだ詳しいことは……?」

「わかってねぇよ。校長が調査に行ってる」


 隠れ里とやらに、転移陣があるのかな……と考えて、ふと気になった。


「エルフの転移陣って、人間が使う転移用の呪符魔法とは別系統なんですか?」

「たぶんな。調べたことはないが」

「調べてないんですか」

「エルフの魔法はエルフにしか使えねぇからな。優先順位が低いんだよ」


 なるほど……調べても使えないなら意味がない、みたいな感じか。


「でも、役に立たないものでも調べておくと、こう……次につながる場合がありそうっていうか」

「エルフの魔法に関しては、つながるもなにも人間には無理って結論に辿り着くだけだと思うがな……それよりおまえ、古代エルヴァン文字の勉強してたんだって?」

「あ、はい」

「呪文のためとはいえ、頑張るな。エルフ語の文法、かなりわかりづらいだろ?」

「なんとなく、直感で……」


 まさか、前世の母語と文法的な規則が近かった、とは……説明できない。

 思わずへらっと笑ってしまい、第三回! やばい、本気で疲れてる。


「語学の才能があったとはな。その調子で勉強をつづけたらどうだ? 呪文学は人気がねぇから、研究者もほとんどいねぇんだよ」

「呪文って、古代エルヴァン文字で書かれてるんですか?」

「だいたいはそうだな。エルフ語自体が世界の本質をあらわす言語だからこそ、呪文に使えるわけだし」

「なるほど……」

「卒業研究も書きやすいと思うぞ」


 いきなりリアルな話題になったな!


「そうなんですか?」

「指導教官が校長になるだろ。もちろん研究の評価を決めるのも校長だ」


 それは……。


「卒業しやすそうですね」

「ほかのことで忙しくて研究がー! なんてことになった場合は、選択肢のひとつとして考えておくといい」


 リアルぅ! そういうリアル、あんまり求めてないんだけど!

 でもここで、ジェレンス先生はにやにや笑いを引っ込めた。


「おまえの場合、呪文が役立つ場面もあるかもしれんしな」

「はい?」

「魔法として、だよ。呪符魔法と違って、描く道具がなくても、事前に準備したものを奪われても。口さえきければ、呪文は唱えられる。しかも、今となってはほとんど知られていない魔法だ。おまえがなにを唱えてるのか、わかるやつはいねぇ――少なくとも人間の魔法使いは、ほぼ全滅だ。呪文を聞いて内容を察するのが可能なのは、長年生き抜いてる魔王の眷属くらいのもんだろ。それこそ、吸血鬼とかだな……」


 これはこれで、あんまり求めていない方向性のリアルだけど。でも、いわれてみればそうだ。

 聖属性魔法しか使えないわたしが、自分の身を守るために――呪文は有効な一手となるかもしれないのだった。


「そうですね。校長先生に相談してみます」

「おう、そうしろ。俺は呪文の知識はほとんどねぇから教えてはやれんが……原初の言語の文法書は、このへんがわかりやすい」


 そういって、わたしのノートに本の題名をいくつも書き出すあたり、ジェレンス先生って地味にすごいよね。


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