305 そんなに皆に良い顔をしたいなら頑張ればいい
「……というわけで、研究所に見学に行きたいとおっしゃるのです」
「それは、僕にいわれても困る話ですね」
昼食は教職員用の席に招かれただけだった。エルフの里じゃなかった! 校長先生、疑ってごめんなさい!
で、さっそくシデロア嬢の無茶振りについて相談してみたわけ。
いやぁ、シデロア嬢がそんなに吸血鬼を見たいとは知らなかったけど。ほかの生徒も熱心にこちらを見てるので、察するものはあったよね。皆、興味あるんだな!
末代まで語り伝えたいのか……。
「ほらな」
なぜか得意げなリートを、わたしは睨んだ。たしかに、校長にいっても無駄だぞと事前にいわれたけども!
「だって……」
「そもそも、君は皆を連れて研究所に行きたいのか? 違うだろう。吸血鬼のことも見たくはない」
「……」
「放っておけばいいんだ」
「でも、皆があんなに見たがってるし、園遊会を邪魔されたのも事実だし……」
「見たがっているのは、声が大きい者だけだぞ。むしろ忘れたがっている者もいるんだ」
真っ当な指摘、来たー!
たしかにな。たしかに……教室に空いている椅子が多かったのは、たぶん、知らぬ間に吸血鬼と絆を結ばれていた生徒たちが休んでいるからだ。
かれらが教室に戻って来たとき、話題が吸血鬼見物一色だったら? どんな気分になるだろう。
「……うん。そうだね」
「君はもう少し毅然として断れ。ねだられると断りきれない傾向は、修正しろ」
ううううう……。リートが正論を吐くよぅ!
「そうね。わたしもそう思う」
シスコにも叱られた。ううううう。
「僕は研究所の所長とは仲が悪いのでね。僕を通した時点で、見学は困難になってしまうでしょうね。力になれず、残念です」
エルフ校長は叱らない。さすがだ。
「いえ……話を聞いてくださって、ありがとうございます。皆さんには無理だとお話しします。説明すれば、わかってもらえると思いますし」
「わかってくれる? 甘いな」
エルフ校長が特別に用意してくれたらしい高級そうな食事を遠慮なく食べながら、リートが鼻で笑う。むせてしまえ。
「だって、しかたないことでしょう。校長先生も、こうおっしゃってるんだし」
忘れてたけど、エルフ校長と研究所の所長は仲が悪い……とは、前からいわれていた。
わたし風情が知っていることならクラスの皆もそうだろうし、納得してくれるはず。
「なんで校長を通す必要がある。ファビウスがいるだろう」
……あっ。そうか、ファビウス様って研究所のひとかぁ!
すごく当然なことなのに、全然思いついてなかったわ。
脳内ファビウス先輩が、僕ってそんなに印象薄い? とか、なんでもたよってほしいのにとか、いろいろ主張しはじめた。……すみません、そういうんじゃないんですけどね? そういうんじゃないんですよ!
「ファビウス様って、所長との仲はどうなんです?」
「詳しくは知りませんが、ファビウスのことですから如才なくやっているでしょう」
答えてくれたのは、エルフ校長である。
まぁ……そうだろうなぁ。吸血鬼の身柄をあっさり渡してるってことは、よほど所長さんとの関係がいいか、積極的に貸しを作ろうとしてるかのどっちかだ、くらいのことはわかるよ。
ファビウス先輩って、そういうタイプだ。利害を見据えて人間関係をコントロールするのに、ぬかりはないはず。
「じゃあ、ファビウス様にお願いすれば……」
「見学は不可能ではないでしょうね」
「ファビウスなら断ってくれるだろう」
……エルフ校長とリートで意見が割れたぞ?
「どっち?」
「不可能ではないが、可能にする道理がないといったところだ」
「道理がない……」
「邪魔くさい学生たちに見学を許可する意義などない。研究所側は喜ばない。そこにねじ込むことで得る利益が、ファビウスにはない。君の願いだからと張り切って叶える可能性も皆無ではないから、そんなに皆に良い顔をしたいなら頑張ればいい」
これは言葉に詰まる。
……そうか。わたしって、皆に良い顔をしたいのか。なんか……なんだろう、この胸の中がもやもやする感じ!
黙って食卓を睨んでいると、エルフ校長に声をかけられた。
「ところでルルベル」
「なんでしょう、校長先生」
「魔力感知の呪文ですが、その後、進捗はどうですか?」
あっ。また痛いところを突かれてしまった……。
「今日はなにも進んでないです」
「昨日もな」
こういうとき容赦しないのが、リートってマジでリート!
「昨日は無理もありませんが……研究室を出てしまうと、練習も難しくなるのでは?」
イタタタターッ!
「魔力感知の呪文って?」
ああ! またシスコの知らない情報! もう嫌だー。
「ルルベルが魔力感知を取り戻すための方策です」
「……まぁ、ルルベル! 解決策がみつかって、よかったわ」
「うん……」
「まだ読めていないようですが」
「読めていない?」
「うん……」
心が痛いよ! なんなのこの昼食会!
「あまり時間がありません。君の自主性を尊重したいとは思っていますが、今後のことを考えると、そろそろ僕が直接教えた方がいいかもしれません」
「はい……」
「そんなに気落ちしなくても。すべてを解読できなくても、君が学んだことは無にはならないのですから」
わたしを宥めようとするエルフ校長に、リートが質問を投げた。
「なにか、また動きがあったんですか」
えっ。
待って待って、吸血鬼が昨日かたづいたばっかりだよ?
魔王のことを考えたら休んでる暇ないけど休ませて! って心で叫んだのも昨日だよ! まだ一晩しか経ってないし、それはだいたいシスコの恋バナを聞き出すのに使っちゃったよ! いや後悔はしてないけども。
でも、エルフ校長はわずかに顔をしかめてうなずいた。
イヤァァァアアア! うなずかないでーっ!
「公式に連絡が来たわけではないから、この話は他言無用としてほしいのですが――」
「あ、あの……わたしは席を外しますか?」
これはシスコ。
そりゃそうだよな! このテーブルに同席するのだって、いいんですかって何回も確認してたくらいだし。
本来は部外者だって意識はあるだろう。魔王復活に関する部外秘ニュースなんて聞いたらまずいんじゃ、って思うよね。無理もない。
でも、エルフ校長は微笑んで答えた。
「――問題ありませんよ。皆にふれ回るつもりではないでしょう?」
「もちろん、そんなことしません」
「なら、かまわないでしょう。話ができる友人がいる方が、ルルベルも気が楽になるでしょうし」
エルフ校長の言葉を聞いたシスコが、わたしを見た。
へらっと笑って視線を返す――どんな顔をすればいいか、わからなかったのだ。
正直、シスコを巻き込むのはよくない気がする。でも、今さらな気もする。あと、エルフ校長の言葉も当たってる……。
「わかりました。お聞かせください」
ぐだぐだ悩んでるあいだに、シスコがキリッとした表情で先をうながした……ああ、シスコかっこいい!
「さっきもいいましたが、公式な連絡は、まだありません。ただ、西国に魔王復活の予兆が生じていることは確実だと思われます」
「証拠は?」
「隠れ里から連絡が来ました」
む? 隠れ里って、エルフの? エルフ校長の故郷とは別の場所っぽいけど。
「どんな連絡です」
「魔物と交戦している、と」
……いきなり危険度が高い!
「種類は?」
「そこまでは。交戦しているのは我が同胞ではなく、西国の人間たちですからね」
さらに危険度アーップ! ドン!
待って。エルフならまぁ暇に飽かせて魔法も剣術もその他あれもこれも習得しまくってるわけだし、魔王の眷属と戦っても勝てるんじゃないかなって感じだけど。
人間かーい! 一気に不安しかないわ!




