302 恋愛感情って、栄養を与えないと枯れてしまうのよ?
SNSに、人気投票一位特典である「ファビウス視点の235話」を掲載いたしました。
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楽しんでいただければ幸いです。
結局、食後のお茶までじっくり時間をとってから、ファビウス先輩は――親衛隊がいるんだから平気ですと遠慮しても、僕が平気じゃないからとかなんとかいう理屈で押し通して――女子寮まで送ってくださった。
……わたしも平気じゃないんですよ。視線がさぁ! すごかったよ、視線の集まり具合が!
「ファビウス様、変わられたわね……」
部屋に遊びに行ったら、シスコはしみじみしていた。それ、さっきもいってたじゃん。同じことをリピートするとか、重要事項ですか?
「そうかなぁ。むしろ、昔のファビウス様だー! って感じだったけど」
「今夜のは、なんだかルルベルに甘えてらっしゃるみたいだった」
甘え……。えーっ! やめてそれ、なんか顔が熱くなる!
「え……いやいや、そんなことはないよ。むしろ、わたしがいつも甘やかされてる方だし!」
「ファビウス様って、好きな子相手にはあんな風になるのねぇ……」
やめてーっ! すっごい恥ずかしい!
「しみじみしないでよ、そんな風に」
「でも、どう?」
「……どう、とは?」
「なにか進展あったの?」
「あ、それはない」
あっさり否定すると、シスコはとても残念そうな顔をした。
……気もちはわかるよ。他人の恋バナからしか得られない栄養ってあるよね!
でも現状、栄養を与えられるようなエピソードは、ほとんどないのである。
「そうは思えなかったけど」
「だって、頭の中が恋愛でいっぱいになりたくないし、そういうの駄目だと思うから。なにもかも、魔王の再封印が終わったらってことで、ファビウス様にもお願いしてあるの」
「……それを、受け入れてくださったの?」
「そりゃそうだよ」
当然じゃん! 魔王封印は最優先でしょ!
……って顔で宣言したわたしに、シスコは呆れ顔でつぶやいた。
「ファビウス様が、お気の毒になってきたわ……」
リートにつづいて、シスコからも気の毒がられるファビウス先輩……。
「いや、でもほら……ファビウス様ご本人は、一刻も早く魔王を封印しなきゃって、すごくやる気を見せてらっしゃるし……良いことなのでは?」
今にもRTAがはじまりそうな勢いというか、正確にはスタートしてるし、たぶん継続中であろう。
「ルルベル」
「はい」
「恋愛感情って、栄養を与えないと枯れてしまうのよ?」
「えっ」
わたしは眼をしばたたいた。
ちょっと待って。今の発言なんか含蓄深くなかった? それこそ、ウィブル先生あたりが羽毛ストールに顎を埋めながらこう……諭すような口調で語るやつじゃない?
「ど……どうしたの、シスコ」
「どうもしないけど?」
「いやいやいや、どうかしてるよね? わたしたち、お互いにこう……恋ってよくわからないわよねって話をした仲じゃない!」
「わたし、恋愛に夢をみるのはやめることにしたの」
待って待って。しばらく話ができなかったあいだに、シスコが大人の階段を駆け上がってない? わたしが及ぶレベルを解脱してない?
「シスコ……ひょっとして、恋をみつけたの?」
おそるおそる訊いてみると、なんということでしょう! シスコがちょっと頬を染めて、俯いた!
わたしの天使が恋をしているぞ! たぶん、わたしより百倍くらいレベル高いやつ! わぁぁ!
「だ……誰?」
「ルルベルったら」
「いや……『ったら』じゃなくて! なんかもう……えっ、誰? どうして? どういう風に? いつ! どこで!」
他人の恋バナからでしか得られない栄養を! 補給したい!
隠しようもなくガッと行ったところ、シスコに引かれた。
「そんな、いっぺんに訊かれても」
「じゃあ順番に!」
恥ずかしがるシスコから少しずつ引き出したところによれば。
今、シスコが気になっているのは、アルスル様のご親戚らしい――ほら、例の栞が試験の解答のヒントになった、本屋の。現在の経営者がアルスル様の叔父にあたるレンデンスさん。そのレンデンス叔父さんのお子さん、つまりアルスル様の従兄弟。
「さっきほら、声をかけられた子がいるでしょう」
「ああ、同級生の女の子?」
「あの子も、アルスル様の従姉妹なの」
「へぇ〜……そうなんだ。あの、リラって子だよね?」
「そう。リルリラっていうの」
お、おぅ。ラ行しかない名前だ!
ラ行のお嬢さんのお兄様が、シスコの恋のお相手らしい。
「魔力はあまり強くないんですって。それで、学園には来なかったそうよ」
「へぇ〜。……平民?」
「もちろんよ。貴族は書店を経営したりしないわ」
「そりゃそうかぁ。じゃあ、リルリラさんも平民なのね」
「ええ。それで、ルルベルがあまり教室に来ていないあいだに、ちょっと親しくなったの」
「なるほど」
「ただ、リラってすごくその……陰口をいうようで嫌なんだけど、甘えん坊で」
わたしは、さっきちらっと見た少女のことを思いだした。なんか動きがぽてぽてしてたなー、って印象しかない。
「お兄さんに甘やかされたんじゃない?」
「レドゥランは、そうはいってなかったわ」
レドゥラン……ってのが、その! 問題のそれか! アルスル様の従兄!
「兄妹仲はよくないの?」
「よくない、というほどではなさそうだけど……」
「じゃあ、リルリラさんの紹介で知り合った感じ?」
「そういうわけじゃ……」
シスコの反応は、どうにも歯切れが悪い。
「じゃ、どうやって知り合ったか、教えて?」
「ルルベルったら……そんな可愛らしく首をかしげても駄目よ」
「えっ、駄目じゃないよ! 教えて?」
「……もう! あのね、本を買いに行ったのよ。栞のこともお礼をいいたかったし、それに……アルスル様のことも、気になっていて」
ああ。そうよねぇ……シスコはそういうの、ちゃんと気配りする子だ。
吸血鬼の一件から学園にあまり来なくなったらしいアルスル様を、放ってはおけなかったんだろう。
「でも、お家を存じ上げてるわけじゃないでしょう? だから、どうなさってるか、お店で聞けたらいいなと思ったの」
そこで、レドゥラン氏と運命の出会いがあったらしい。
彼は長男なので、順当にいけば本屋を継ぐことになるだろう。すでに店番としてはたらいていて、シスコは前から彼を見かけてはいたそうだ。かっこいいな、くらいは思っていたという。
「ちょっとモサッとした感じの金髪で、あまり身なりに構ってないんだけど。その日も、店番しながら本を読んでらして、もう夢中って感じだったわ」
……どこがかっこいいのか、わからんのだが。
混ぜっ返すと打ち明け話が終了しかねないので、わたしはその感想を飲み込んだ。
「それで?」
「なにを読んでらっしゃるんですか、って声をかけたら……びっくりしたように顔を上げて、わたしを見た眼が印象的だったわ。灰緑色で……眼鏡がとても知的で」
なに? 眼鏡属性か! それはポイント高いな。
「それで恋に落ちちゃったの?」
「たぶんそう」
えっ。マジか。今のは冗談のつもりだったんだが!
「……えっと、なにを読んでらしたの? そんなに夢中になって」
「それが、小説だったんだけど。パスタルクっていう作家の人気シリーズで。新作が出版されたばかりでね、わたし、気がついてなかったの。そこからパスタルク作品の感想を語り合って、それがすごく……楽しくて……」
なるほど。シスコが面食いじゃないことを理解した。
わたしは面食いかもしれないな……選んだのがファビウス先輩だしなぁ。そもそも、転生先の条件が顔だし! あああ……黒歴史……なんて、わたしが内心悶えてるあいだに。
ようやくスイッチが入ったらしく、シスコはすらすらと語りはじめた。
「男性と話をして楽しいと感じたのが、はじめてだったの。パスタルクが好きならこの作家もいいかも、みたいに本を教えてくださって……それも買って読んだんだけど、すごく良かったの! 勧めてくださったことにお礼をいわなきゃ、って本屋に行ったら、また別の本を教わって、それでこう……ずっと通うようになって。気がついてしまったの。新しい本を読みたいのではなく、あのひとと話をしたいって思ってることに」




