30 新入生歓迎会でロイヤル姉弟に挟まれる
ハードな読書を経て、我々は生徒会主催の新入生歓迎会へ向かった。
「制服のままでいいのかな」
「制服以外に選択肢があるのか。俺たちは平民だぞ」
それもそうだった。わたしの部屋のでっかい(※ただし、庶民感覚による評価とする)クローゼットの中は、すっかすかである。余裕で踊れるのは、すでに語った通りだ。
ていうか、平民じゃなければ選択肢があるってことかな。制服以外を着てる生徒、今のところ見たことないけど。
……そんなことを考えていた時期もありました。
「ようこそ、新入生たち」
案内された生徒会専用サロンは、キラキラした美男美女の華麗なる社交場であった。制服着てる人、誰もいねぇ!
ぽかん顔になってしまったわたしの横で、リートはいつもの――いや、若干ナイスなクラスメイト・モードの微笑をたたえ、歓迎ありがとうございます、なんて絶対に思ってもないことを口走っている。如才ないにもほどがある。
生徒会のサロンは、校舎内の一階、南側にある。
一応説明しておくと、我が母国、つまりルルベルの故郷は冷涼な気候である。つまり一年のほとんどの期間、涼しいか寒いかの二択である。なので、日差しが入る南側に面した部屋=上等な部屋である。
なお、下町は住宅が密集しており、南側もへったくれもないことが多い。……が、もちろんお貴族様のお屋敷などは当然、建物のまわりに広大な土地があるわけなので、南側は最大限に日差しの恩恵を受けられるようになっている。
外に通じるフランス窓――この世界では「フランス窓」とはいわないだろうが、ルルベルの知識にこんな巨大なガラスのドアが存在しないので、前世知識から表現を引っ張ってきたのだ、悪しからず――もあって、おそらく生徒会占有であろう庭園も見える。暮れがたの空と学園を囲む林を遠景に、手前には花園がひろがっている。
「こちらにいらっしゃいな」
わたしの不似合い感というか、いたたまれなさといったら、現実逃避して窓の外を観察するレベルであるが……呼ばれてしまった。しかも、お呼びになっているのは誰あろう、ウフィネージュ王女殿下。
数日ぶりに拝顔の栄に浴する王女殿下、相変わらずイッケイケのご尊顔。まぶしい。人間の肌って、こんなぴっかぴかのつやつやになるものなんだな……。
目の端でリートがお辞儀をしたのをとらえ、わたしもあわててお辞儀をする。パン屋の娘として最上級のお辞儀である。必殺カーテシーとか、やった方がいいの? やったことないからできるかわからんが……。
「そんなに畏まらないで。今日は、あなたがたが主賓よ」
って、いちばん偉そうな席を示された。もう帰りたい。リート、なんとかしてくれ。
しかし、リートはどうもしてくれなかった。やつは鉄の心臓の真価を発揮し、爽やか笑顔のまま偉そうな席に座ったのである。なんの躊躇もなく!
考えてみればこいつ、粘着質の客が手をはなしてくれない場面でさえ、割り込んで解決したりはしてくれなかったのだ……キラキラの宴席で当惑していても、助けてはくれないだろう。
こういう方面の助けがほしい……深刻に、必要だ。
「ルルベル嬢、どうぞ」
目の前に手を出されて、わたしは当惑した。これなに?
手がつながっているのは当然腕であり、腕は胴体につながっている。顔は――王子殿下やん!
急募:金髪きらきらの、いかにもな王子様に隙のない笑顔で手を出された場合の対処法!
「すみません、あの……え、っと……」
「いつぞやは失礼したね」
追加条件:紙玉をぶつけるという暗黒過去を披露しかねない高貴な人へのフォロー法を含む!
「いえ、その……こちらこそ失礼いたしました」
よく覚えてないが、暴言を吐いたような気がするよね。
いや実は覚えてるよね。うん、覚えてる……ジェレンス先生を罵るためだったとはいえ、あれはない――王子殿下も、馬鹿とか阿呆とか間抜けとかではなくローデンス殿下にあらせられます! ってな。ナイワー。
「なかなか痛快だったよ。ジェレンス先生が返す言葉に詰まったのはね」
「は、はい」
はい、じゃねーだろとは思うが、ほかになんと返事をすればいいのか! ……あっ。イエス・ユア・ハイネスとかなんかそんな言葉、この世界にもあるのかな? あったとしてもルルベルは知らんし、前世知識そのままだと通用するかあやしい……。
頭の中が忙しくて完全に置物と化したわたしに、王子は笑顔の圧を強めてこういった。
「手をとってくれないか」
ここに至ってようやく理解した。王子は、エスコートしてくれようとしているのだ。わたしが動かないから!
平民ムーヴとしては、リートの「さっさと座る」が正解だったのだ、なんてことだ無理だろ無理!
手をとらないわけにもいかず、わたしは王子の手に自分の手をかさねた。……すげぇ乙女ゲーっぽい絵面になってる気はするが、わたしの顔は間違いなく強張っている。
状況が、パン屋の看板娘モードで凌げるレベルを超越しているのである。
無理の連発を乗り越えて、わたしは着席した。椅子を引いたり戻したりしてくれたのが王子なのも無理度が高いし、しれっと隣に座られたのも、さらに無理である。無理無理無理無理無理。無理。
何人いるかよくわからない美男美女の皆さんも、順に着席なさったようだ。もう誰が誰とか考えられる状況ではない。ひたすら無理。
「では、はじめましょう」
王女殿下がおっしゃると同時に、なんか豪勢なものが運ばれてきた。正体不明。すごく凝った盛り付けであることはわかる。でも、なんなのかは謎。
わたしはリートを見た。たのむリート、このなんか豪勢なものはどう食べるのか見本を見せてくれ。
いやその前に、グラスにそそがれた水を飲んでいいのか教えてくれ。これ実は手を洗うための水だったりしないよな? すごい鉄板の「マナー・勘違い」に載ってるようなアレじゃないよな?
王女殿下は、食事の合間に会話を盛り上げるという高等テクニックで生徒会の面々の紹介に入られた。話を向けられたかたは、おひとりずつ名告ってくださったようだが、ほとんど耳に入って来ない。必要なら、あとでリートに聞こう。
招待状を渡してくれた黒髪眼鏡先輩もいたが、席が遠くて名前は聞こえなかった。まぁ問題ないだろう……平民と生徒会のかかわりなんて歓迎会くらいだ、というリートの言葉を信じる。信じたいし。ここに至って思いだしてしまった転生コーディネイターによる攻略対象情報「生徒会の眼鏡キャラ」の存在は、無視したい。初対面バフも感じなかったのだから、今後、からむこともないだろう。
「ローデンス、さっきルルベル嬢と話していたのは、なに?」
いきなり王女殿下が核心に突っ込んできたので、わたしの顔から血の気が引いた。テーブル・マナーより恐ろしい話題である。いっそ無茶苦茶なマナーを披露して話題を逸らすべきなのでは?
「ルルベル嬢とはクラスが同じですので」
「そんな既知の情報を得々と差し出されて満足するわたくしではなくってよ?」
わたくしではなくってよ、いただきました! すごい……こういう言葉遣いするんだ、ほんとに!
「クラスメイト同士の秘密ですよ。ね?」
王女殿下の上品なツッコミをさらりとかわしたのはお見事だが、ついでにわたしに同意を求めるのはやめてくださいませんか、マジで。無理だから。無理。
「はい」
もう駄目だ。わたしは「はい」以外の言葉を忘れたことにしよう。そうしよう。全部これでいこう。明日からの学園生活がどうなってもかまわんだろう。どうせ魔性先輩とジェレンス先生にしごかれるんだ。
「あら、仲良しなのね」
うふふ、と王女殿下は満足そうに微笑まれた。
「姉上が仰せになったのですよ。クラスメイトはだいじにするように、と」
「わたしの教えなど、右の耳から左の耳へと抜けていくだけかと思っていたわ。でも伝わっているなら、次の教えも垂れてあげなくてはね?」
「謹んで拝聴いたしますよ」
ロイヤル姉弟の会話、リートとわたしを挟んでるの、ほんとやめてほしい……。無理。
いや、訂正。リートは挟んでくれてもかまわない。わたしは挟まないでほしい。
「クラスメイトからも、だいじにされるような人間になりなさい」
「含蓄あるお言葉です、姉上――」
答えながら、なぜ王子はわたしをみつめるのか。君、初対面バフもう切れてるよね?
その上、むっちゃくちゃ甘い声でなんつーことをいうのか。
「――ルルベル嬢とは、是非、親交を深めたい。せっかく同じクラスなのだし」
連載30回で、一応、転生コーディネイターが公開した「攻略対象っぽいキャラクター」は全員揃いました。




