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3 学園の門から建物までが遠過ぎてつらい

 王立魔法学園は、才能ある者への教育機会を逸することがないよう、シュルベアル三世が創立した。


 これは入学試験に出るやつである。シュルベアル三世は、王国の平和確立に尽力した名君の誉れ高い王様だ。この制度・法律・建物・組織を作ったのは誰ですかという問いには、迷ったらシュルベアル三世と書いておけといわれるくらい、いろんなことをやってる。シュルベアル三世、万歳。

 学園は、寄付金と国からの支援金、ならびにその運用益によって運営されている。……ので、学費は不要。寮費も不要。かろうじて食費は徴集されるが、これもほぼ原価。学内での差別を排除するため、制服も支給される。……制服ってそういう理由で決められるものなんだね。生まれ変わってはじめて気がついた。なるほどな。

 まことに、平民が入学しやすい学園なのではある……が、問題は「才能ある者」というポイントだ。

 王立魔法学園に入学できるのは、魔法の才能がある者のみ。これ、常識なんだけども、王侯貴族は、魔法の力が強い家系の集大成みたいなもので、魔法の才能が発現することが多い。魔法で権力を確立し、特権階級におさまっているのだから当然だ。

 ていうことは、ですよ。王侯貴族以外はそうじゃない、ってことで。


 つまり、平民は、ほぼ、入学できない。


 一介のパン屋の娘に過ぎないわたしが入学を果たしたのは、ほら……乙女ゲーム設定(の小説や漫画)にありがちな、とても希少な聖属性の魔力を見出されたからである。

 信心深いわけでもなんでもないけど、そこはテンプレートの力というか……転生コーディネイトされたのであろう。

 わたし、乙女ゲームっぽい世界に転生したいって、いっちゃったからな!

 弟が知ったら「お姉ちゃんが自分でいったんだよね?」とコメントしそうな大惨事である……あああああ。弟よ! お姉ちゃんはつらい! 転生コーディネイトの力がどこまで強いかわからない以上、入学がおそろしい!

 そういうわけで今、わたしは門の前に立ちすくんでいる。

 王立魔法学園の門は、非常に立派である。しかも、門から建物までが遠い。おそらく、馬車で乗り付ける皆さんを基準に設計されているのだろう。美しい並木道は、ルルベルが生まれ育った下町では到底見られないほど長く、まっすぐだ。走らないと遅刻不可避なのではないだろうか。


「ええい、運命は自分で切り拓くもの!」


 転生コーディネイターも、なんかそんな感じのことをいってた気がする。なんだっけ。どう生きるかについては選択次第、とか。そんな感じだった。雑にまとめると、頑張って生きろってことだ。

 よし、頑張るぞ。

 覚悟を決めて一歩を踏み出そうとしたとき、後ろから馬車が来た。音がすごいから、わかるのである。電気自動車など比較にならないのはもちろん、ガソリン車よりうるさいと思う。

 あわてて避けたわたしを追い越したすぐ前で、馬車が停止した。なんか紋章とかついてるけど、正直、庶民にはよくわからないので見ないことにする。なんで停まったのか、の方が気になるし、怖い。

 さっそくいじめなの? まだ攻略対象にすら出会ってないよ!? 早くない!?

 箱馬車の後ろに掴まっていた――高貴なかたがたがお乗りになる馬車は、そういう構造になっているのだ。つまり、護衛とかが立つ場所があるのだ――侍従っぽい男性が飛び降りると、こちらに向かって来た。


「新入生か?」

「えっ?」


 わたし? きょろきょろ見回したが、わたししかいない。わたしオブわたしオンリー劇場だ。


「君だ」

「はい……新入生です」

「今から歩いていては遅刻するだろう。殿下の思し召しだ、こちらに来なさい」


 殿下? えっ、今殿下っていいました?

 なにこのさっそくフラグ立ってんの、コーディネイター強過ぎでしょ、平民新入生が意を決して門をくぐろうとするタイミングで王子様が来合わせるとか、「ご都合乙w」ってなるだろ!


「そんな、畏れ多いです」

「いいから来なさい」


 侍従っぽい人もイケメンである。当然だな。そういう指定で転生したからな!

 逆らうこともできず、わたしは馬車の後ろに掴まり立ちすることになった。そう、さすがに王子殿下 (たぶん)の馬車に乗り込むわけにはいかないのである。

 だからといって、馬車に掴まり立ちして入学するとは思わなかったよ、これ、乙女ゲームとしてどうなの? どうなのかはともかく、たしかに馬車は速くて助かったのは事実である。はるかな道のりと思われた本館の入口に、すぐたどり着いてしまった。

 できるだけ姿勢よく飛び降りてから、わたしは馬車に向かってお辞儀をした。ご令嬢なら必殺のカーテシーを決めるところだろうが、わたしはパン屋の娘である。看板娘スマイルくらいしか必殺技がなく、これで粘着質な客が引っかかることは実証済みだが、王侯貴族に特効があるとは思えない。


「ご親切なおはからいに、感謝します。ありがとうございました!」


 目下の者が先に声を出すのはいけないのかも、とお礼を口にしてから思いだしたが、もう遅い。わたしはすべてが遅い! エブリシングが後知恵であり、サムシングが後悔だ。もはや自分でもなにをいっているのかわからないが許してほしい。だって今朝、前世の記憶を思いだしたばかりなのだ。

 正直いって、ちょっと頭がおかしいのではないかという疑いも抱いているところである……。

 と、馬車の扉が開き、頭を下げたままのわたしの視界に美しい(マジで美しい)靴のつま先が入って来た。


「これから、同じ学園で学ぶ仲です。そんなに緊張しないで」


 顔を上げなさいといわれて、わたしは顔を上げた――おそろしく間抜けな顔をしていた自信があるが、とにかく上げた。

 女性の声だと思ったが、ほんとに女性だった。つまり、殿下は王子ではなく王女だった! やった、なんとなく乙女ゲーム的なフラグを回避した! たぶん! よくわからないが!

 なお、王女殿下の顔面はイケイケのイケである。まばゆいばかりにお美しい。善良な王国臣民として、王家の肖像画で拝見したことがあるお顔だけれども、本物はガチだ。絵なんて盛ってるんだろうなと思っていた自分を恥じるしかない。


「名はなんと?」

「ル……ルルベルです」

「ルルルベル?」


 ルが多い! ただでさえ多いのに、増殖している!


「いえ、あの……ルルベル……です」

「かわいらしい名前ね。新入生よね?」

「はい、殿下」

「新入生は、校長室へ行くのだったかしら。迷うかもしれないから、人をつけるわ」

「はい、殿下」


 ほかに返事ができない。さっきのイケメンの侍従風の人が、殿下の意を汲んで前に出た。イケメンだけど、表情は冷たい。余分な仕事を押しつけられた彼には、気の毒さしか感じない。……嘘です、正直自分でなんとかするからどっか行ってくださいとも感じている。でも口にはできない。

 王女殿下のご厚情をお断りするとか無理ゲー過ぎる。わたしが転生を期待したのは乙女ゲーっぽい世界であり、無理ゲー世界ではないと、声を大にしていいたい。誰にも理解されなさそうだけど。


「わたくしは最高学年だから、新入生との接点はほとんどないと思うけれど……同じ学年に弟がいるから、よろしくね」


 王子を避けたと思ったらやっぱりいた! 油断させておいてからの多段攻撃、やめてくれませんか!

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