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298 ポジティヴなところだけ額面通りに

SNSでの人気投票企画、本日(2023年9月20日)最終日です。

ご参加いただけると嬉しいです。

 種を明かしてしまうと、すごく単純なことだ。


 ファビウス先輩が吸血鬼に語った言葉は、なんのごまかしもない事実である。時間を稼いで、魅了の魔法で結ばれた子爵夫人と吸血鬼とのリンクを外部から固定した。

 色属性魔法を使ったから、ついでに彩色もされててね。実は、誰にでも見えるラインが伸びていたわけよ――子爵夫人から、吸血鬼のねぐらに向かって。


 魔的防御を回避した上での最短距離を結ぶ直線、すなわち無茶なところを通過していくので、見えるといっても見えない場所の方が多いんだけど。

 しかもこの「魔的防御を回避」っていうのが曲者。見えてるラインが消えた先にまっすぐ向かっても正解じゃない、ってオチになりがちだよね。見えないところでグイッと迂回をはじめる可能性があるから。

 だから、彩色自体は副次的な要素で、本命は固定の方。結んだラインを容易には切断できないようにするのが、この時間稼ぎの目的だった。

 それを達成した上で、ラインを辿れますよと吸血鬼に教えてやるとどうなるか? 吸血鬼は自身の肉体に意識を戻し、犠牲者は解放された。

 ここで、シェリリア殿下の出番である。


「かなり珍しい属性だと聞いているわ」


 興味なさそ〜! って口調だけど、実際、珍しい魔力だと思う。わたしが読んだ魔法の歴史の本にも、そう書いてあったはず。

 シェリリア殿下の属性は、反転。

 記録に残る反転魔法使いは、ほぼ大魔法使いとイコールだ。潤沢な魔力と強力な属性でドッカンドッカンやらかす天災みたいな存在が多い。

 まぁ、天災扱いだったからこそ記録が残ってるってことかもね……大暗黒期にも負けないインパクトを残すのが、反転魔法使いってことだろう。

 実際、今回のシェリリア殿下はすごかったよね。

 吸血鬼と子爵夫人の居場所を反転させちゃったんだから。


 つまり、例の亡き王太子殿下との愛の伝説みたいな宝石に込められてるのは、判定と反転の魔法なわけ。害意を抱く者が近づくと、その害意が反転する――つまり、相応の力でやり返される、っていうね。

 ウフィネージュ様との関係が悪化するのも当然だった……シェリリア殿下の前でウフィネージュ様がぶっ倒れちゃったってことは、ウフィネージュ様はシェリリア殿下をぶっ倒したがっていた! ってことだもんね。

 こっわ。


「今回のような使いかたは、気乗りしないわね。距離がわからないと、魔力が尽きるかもしれないもの」

「ご冗談を。姉上の魔力が尽きるほどの遠距離で犠牲者を操作できる吸血鬼がいたら、ちょっとした発見ですよ」

「まぁ、ファビウス。魔力が尽きたら発見できないのではなくて?」


 吸血鬼は、ウィブル先生と研究所の人々が引き取って行った。事前に準備した血の拘束つきなので、問題ないだろう……ていうか、ウィブル先生だし。わたしが引き伸ばしを要求されたのは、温室の外で待機していたウィブル先生が、血の拘束を準備してスタンバイするための時間が必要だったからだ。あれ、保存できないから直前に作るしかないらしいんだよね。

 で、ウィブル先生の準備がととのったところでファビウス先輩が時間稼ぎを引き継いで――吸血鬼と子爵夫人のリンクが固定完了したところで、シェリリア殿下の大技炸裂! ……と、こういう流れだったのだ。

 場所を入れ替えられた子爵夫人の方は、ファビウス先輩謹製のストーキング呪符を仕込んであったので、発見はすぐだった。もちろん、仕込みはナヴァト忍者の仕事である。ジェレンス先生が確認、保護してこれも研究所に移送中とのこと。なんで研究所かっていうと、魅了された人間の血を検査するためらしいよ。

 研究所かぁ……。

 吸血鬼はともかく、子爵夫人には同情していいよね? 血液検査もちゃんとした方が本人も安心できるからといわれれば、反対もできないんだけど。


「ですから、滅多なことでは起きませんという話ですよ。僕が保証します」

「あなたの保証って、どれくらいの価値があるのかしらね」


 我々は現在、お茶会のつづきをやっている。

 優雅にお茶を飲むシェリリア殿下とファビウス様、実に絵になるよね。会話はなんか、微妙だけど。


 吸血鬼は可及的すみやか且つ熱狂的に引き取られていったのだが、シェリリア殿下は吸血鬼の残り香がお気に召さなかったらしく――まぁほら、焦げてたからね、吸血鬼も。変な臭いがしたのは事実である――温室にはいられない、と仰せになった。

 で、わたしとファビウス先輩がお供に指名されたので、侯爵家が急遽用意してくださった小温室のテーブルで、お茶をいただいているわけだ。

 親衛隊も当然のような顔をして同行し、それは断られなかったけど、エルフ校長はお断りされてしまった。なんでだ。


 侯爵家の皆様は、ほかのお客様のお相手でお忙しいから、ここにはおいでにならない。当然である。

 だって、吸血鬼が出たのだ。

 事情を知らない招待客を落ち着かせ、支障のない範囲で状況を説明し、納得していただく必要がある。それは主催者の役目だし、ここで我々聖女チームが出しゃばるのも、筋としてはおかしいからね。

 エルフ校長も、侯爵家のフォローをしているはずだ。忘れがちだけど、あれで公爵閣下だからね……。


「それなりの価値があると思っていただいて、よろしいかと」

「そう? でも、未だに依頼を果たしてくれていないじゃないの。いわれているほどの能力があるのか、疑問に思うわ」

「僕について、誰がどういっているのかは知りませんが。姉上が他人の評価などお気になさるとは思いませんでした」

「あら。だってわたし、魔法は直感で使っているだけなのよ。論理的な部分は詳しくないもの」

「なんなら、研究所で測定なさってはいかがです? 魔力量の正確な数値さえわかれば、魔法が届く距離の限界もはっきり数字で出せますよ」

「そんなことは望んでいないわ。わかるでしょう? 賢いくせに、愚かなことをいうのね。そう思わなくって?」


 話をふられてしまった……ずっと気配を殺していたのに!

 ていうか、姉弟のなんともいえない雰囲気の会話に巻き込まないでほしい。


「ファビウス様は、たよりになるかただと思います」

「はじめて見たものを親だと思い込んでしまう雛鳥みたいに、可愛らしいこと」


 ……ものすごく迂遠にディスられている気がするが、こういう嫌味はアレだよね。ポジティヴなところだけ額面通りに受け取ってしまえばいいんだよ。

 つまり、こう。


「ありがとうございます! シェリリア殿下から可愛らしいなんてお言葉を賜るの、光栄です」


 ご自分の言葉や意図を歪められたことに憤慨するでもなく、シェリリア殿下は楽しげに眼をほそめた。こういう表情がまた、とっても魅力的よね……怖いけど!


「弟が、あなたの信頼を裏切らないことを祈るわ」

「それでしたら、ご心配には及ばないと信じております! ……でも、あの」


 いや、待て。問われてもいないことをぺらぺら喋るの、あきらかに礼儀として駄目だよな? あっ、脳内エーディリア様に睨まれた。ですよね、エーディリア様。すみません。


「よくってよ。いいたいことがあるなら、聞いてあげる」


 まさかの、お許しが出てしまった……!

 脳内エーディリア様が、簡潔かつ失礼のないように、いいたいことを申し述べよ、もしそれが失礼にあたる内容だった場合、当初の予定を変更して無難な話にするようにと指針を示してくださったけど……失礼かどうか、わからんなぁ。


「ご依頼の件というのは、その、我が国の前王太子殿下についての……?」

「ええ、そう。彼の死の真相を知りたいの。誰もまともに調べないんですもの」

「それが、よくわからないんです。仮にも当時の王太子殿下が亡くなられたのですから、調査がなかったはずはないと思うのですが。あの……わたしは平民ですので、当時なにがあったかという詳しいことも、まったく存じ上げず……的外れなことを喋っていたら、ほんとうに申しわけないのですが」

「そうね。皆、わたしの勘気にふれるのを恐れてか、この話題にふれることはないの。あなたのように、まっすぐに問われることなんて……あったかしら?」


 つまり、やってはいけないことなんですね! 知ってた!

 でも、感触としては悪くないし、ファビウス先輩が止めに入らないってことは……このままつづけても、いいのかな。


「たぶん皆様、お悲しみをよみがえらせるのを恐れていらしたのでしょう」

「では、あなたはそれを恐れないということね」

「恐れてはおりますが、それでも、謎を解くには根源をみつめることが必要だと申しますから」


 シェリリア殿下は眼を伏せ、実に美しい所作でお茶をひとくち。それから、ゆっくりと視線を上げて、わたしをみつめた。


「ええ。ほんとうにね。ファビウス、この賢者の言葉をよく聞いて、従ってちょうだい」

「ルルベルは僕にとって、真理を照らす灯火のような存在です」


 ちょ……っと恥ずかしいんですけど! 悶えたいのを堪えるわたしからファビウス先輩に視線を移し、シェリリア殿下は静かに告げた。


「では、便利に使わないことを意識するのね」

「それは……」

「利を追求すると心はなおざりにされ、慕わしさも摩耗するものよ。吸血鬼が魅了した相手を魔力で繋ぎとめる必要があるのは、利用することしか考えないからではなくて? 相手を認め、尊重していれば、あんな無様な紐帯ちゅうたいで結びつけなくても済むでしょうに」


 その発想はなかったわー!


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