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295 ほんものの侯爵家のメイドさんだぞ!

ガチ乙転連載300回(※SNS先行掲載でのカウントです)記念の人気投票、2023年9月20日まで開催中です。

今回は、一位を獲得したキャラクターの視点で本文の一部を書き直すというオマケつき。

投票は X と mastodon で同時におこないます(両方アカウントがある場合、重複投票OKです)


X https://twitter.com/usagi_ya/status/1702165107432911036

mastodon https://mstdn.jp/@usagiya/111061380748017511

「皆様、本日はわたしのごとき若輩者のためにお集まりいただき、ありがとうございます」


 ……現在。

 したくもない挨拶を、集まってほしかったわけでもない皆様の前でやらされているわたし、ほんっと……頑張れ!

 まぁね……ほぼ知らんひとの群れなわけですよ。

 現状、上流階級のあいだで魔王復活への危機感は薄い。それでも、国に認められた聖女と伝手つてができるのを嫌がる貴族はいない。その後ろ盾がシェリリア殿下なら、お会いできるまたとない機会を逃す手はない。

 招待された者は、幸運をいいふらしただろう。

 聖女のバックにシェリリア殿下がついたことは、例の舞踏会の宝飾品で暗示されていたが、今回の催しで確定。この場で聖女とプリンセスの仲を見極め、できれば顔と名前を売り込む。それが、参加者たちの至上命題だ。

 吸血鬼をおびき寄せるという本来の目的を知っているのは、ごく限られた人員だそうだ……危険なお茶会にお招きしてごめんね! 最悪の事態が起きないようにするってファビウス先輩が約束してくれた以上、わたしにできるのは信じてニッコリすることだけだ!


「皆様ご承知のように、わたしは皆様のような貴い血の生まれではございません。生家はパン屋を営んでおります。ですので、わたしにできる最大のおもてなしは――パンを焼くことなのです」


 なぜかここで拍手が起きる。誰か仕込んだな……まぁいい、仕込みがあるにせよ反応は良好。

 ええい、恥を捨てろルルベル!


「魔法学園の校長をつとめておいでのダレンシア公爵閣下、ならびにこの素晴らしい温室のあるじノーランディア侯爵閣下、そして光栄なことに学友として――」


 ……あっ。暗記してたセリフが抜けた!

 繋げ、ルルベル、繋げ! 適当に!


「――親しくしてくださっている、御令息のスタダンス様のご協力を得て、ここにパンをご用意することがかないました。ご尽力に感謝し、また、お集まりいただいた皆様にも楽しいひと時を過ごしていただけることを願ってやみません」


 よし、なんかごまかした! 本来「親しくしてくださってる」は、もう少しかっこよさげな表現だったんだけど……意味は同じだからヨシ!

 そして次だ、行くぞ!


「それでは皆様。パンが焼けました!」


 パンが焼けたって叫ぶ聖女、前代未聞ちゃうかな〜……と思いつつ。

 でも、前回の流れを踏襲するのが重要だってファビウス先輩の指示を優先だ。どう考えても居並ぶ面子や開催場所に似合わないことをやってるって恥ずかしさは、今だけ忘れろ!

 皆さん礼儀正しくていらっしゃるので、あからさまに馬鹿にするようなそぶりは見えない。見えないけど……なに思われてるんだろうなぁ、とは考えちゃうよね。

 ……いや考えるな、踏ん張れ、看板娘メンタリティ! パンを手にとってもらうためなら、なんでもするぞの精神よ! 燃え上がれ!


「外はカリッと、中はふわっと。焼きたてアツアツ、エルフの里の小麦からつくった、世にも珍しいパンでございます。どうぞご賞味あれ!」


 また同じように楽しもうとしている、って流れはできた。

 だからって、相手が同じタイミングで同じように出てくるとは限らない――だって今回は、招待客が招待客だ。わたしと繋がりが強い人物はいないから、吸血鬼もそこは一考するだろう。

 同じような衝撃を与えるには、わたしの知人を魅了しておくのが得策。前回でいえば、アルスル様ポジションね。

 ノーランディア侯爵家は前回の被害以来、かなり守りを固くしている。シェリリア殿下もいわば高貴な引きこもりでいらっしゃるため、接点をつくるのは容易ではない。

 僕が吸血鬼だったら――あの朝ファビウス先輩は、徹夜テンションのまま楽しげに計画を説明したものだ――ちょっと捻ってくるだろうね、と。


「お早くどうぞ、冷めないうちに」


 にっこりをキープして、わたしはパンを並べたトレイを掲げて見せる。

 はじめに来たのは、赤毛が美しいご婦人だった。


「お初にお目にかかりますわ、聖女様。うちの娘が聖女様にはたいへんお世話になっておりますの。シデロアというのですけれど」


 ……あー! やたら友好的な伯爵令嬢のお母様!

 いわれてみればって感じだよね……面影あるわ、少し。


「まぁ、シデロア嬢のお母様でいらっしゃいますの? わたしの方こそ、とてもお世話になっておりますわ。……先日、お嬢様もこれと同じパンをお召し上がりになったんですのよ。よろしければ、どうぞ」


 なんか自動的に令嬢喋りが出てくるわぁ。伯爵令嬢ズに囲まれた体験も、無駄じゃなかったな!

 わたしはトレイからトングで葡萄パンをつまみ上げた。手渡しってわけにもいかないから、侯爵家のスタッフと相談の上、この形式をとることになったのだ。

 なお、小皿は侯爵家の使用人さんが、さりげなく横合いから出してくださる。この気配の消しかた、動作の淀みなさ、タイミングの完璧さ! デキる使用人って感じで憧れちゃうわ。お召し物は、ロング丈のメイド服。東国の王宮で見たやつよりクラシカルなデザインで、これがまたいいのよね。ウェストが締まってて、裾はふわっと広がってて。ぱりっと形がととのった袖口や襟、ヨークの白が効果的。あと、もちろんエプロンも!

 いいねボタンがあったら連打したい。記念撮影もしたい。ほんものの侯爵家のメイドさんだぞ!


 ……いやまぁ、侯爵家のメイドさんどころか、ほんものの公爵、侯爵ご一家、伯爵夫人、そのほか……あっ、まごうかたなきプリンセスもいる現状なんだけども。あと、自分が聖女。

 自分が聖女っていうのが、いちばん納得いかないよな。イメージ違い過ぎて。


「ルルベル、僕にもお願い」


 まじめに列に並んでいたらしいファビウス先輩にも、看板娘スマイルで応じる。


「ファビウス様。もちろんどうぞ!」

「楽しみにしてたんだよ、ルルベルのパンを食べるの」

「実を申しますと、わたしは成形を手伝った程度なんですけどね。焼いてくださったのは校長先生ですし。……あっ、校長先生のぶんは? 大丈夫かな」

「大丈夫ですよ」


 答えたのは、エルフ校長ご本人である。大丈夫なのに、しょんぼりしてる……?


「しるしは焼いたら消えてしまったんだけどね……」


 お、おぅ。そうなるんじゃないかとは、こっそり思ってた! 実はね。


「パン生地は、ふくらみますからね。こまかい形状の維持は難しいでしょう」


 ファビウス先輩は、パンを乗せた皿を手にエルフ校長と並んだ。このまま、聖女スタッフ・ポジションに留まるつもりらしい。

 でも、わたしはそっちに注意を向ける余裕などない。なぜなら!


「ひとつ、くださらないこと?」


 正真正銘のプリンセス、シェリリア殿下がいらしたからだ。

 初対面、あるいは先だっての舞踏会で一回会ったかも? 程度の参加者が多い中、お会いした回数でいえば学園組につづくんだけど……親しくなれてる気はしない。畏れ多いし、なんか怖い。


「もちろんです。お熱うございますので、お気をつけてどうぞ!」


 わたしがトングでパンをつまみ上げるのを見て、シェリリア殿下は微笑まれた。

 ……えっ、美人が可愛い系になった! すっごい、さすがファビウス先輩のお姉様! 可愛い系もいける! でも怖い。


「あなた、とても生き生きしてるわね」

「ありがとうございます」


 この返しでいいのかわからんけど、とりあえずお礼を申し述べておこう。……実は褒められてない可能性もあるけど。


「表情がいいわ。そういう顔、好きよ。ちょっと描いてみたいほど」

「……はい?」

「殿下は、絵を描くのが趣味なんだ」


 さりげなくファビウス様が解説してくれて、そういうことか! ……って納得したような、そうでもないような!


「描いていただくなど畏れ多いことです」

「画題を決めるのは、画家よ。描かれる側ではないわ。そうね……そのうち、離宮でもパンを焼いてちょうだい。パンを焼いているあなたを描きたいわ」


 これは決定事項だという口調でいいきって、シェリリア殿下は優雅に方向転換。お声をかけていただけないかとソワソワしている人々の方へ歩み去ってしまわれた。

 ……え。

 ちょっと待って、離宮でパンを焼く?

 どんどん難易度上がってない? 学園からはじまって、侯爵家――ここですでにキャパ・オーバーだ――そして次はプリンセスの離宮か!

 わたしのパンは! 父にも認められていないパンだぞ! もはや野良パンだ。自分でもなにいってるか、わからん……。まずい、完全に動揺してる。


「ルルベル、魂が抜けたような顔になってるけど大丈夫?」

「大丈夫です。まだパンを売らなきゃ……あっ違う、配らなきゃ」


 ファビウス先輩の前でそんな顔をさらしてしまうとは……不覚ッ!


人気投票企画について、もう少し詳しい説明が必要な場合は、こちらをご参照ください。

https://usagiya.fanbox.cc/posts/6677203

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