表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/524

291 喜びや望みを奪いたいだけなのかも

金曜日は予告なくお休みをいただいてしまいました。

台風が原因と思われる頭痛で、無理でした。

 駆けつけたウィブル先生と王子に事後処理をお願いして、わたしは研究室に撤退することになった。

 吸血鬼(にあやつられたアルスル様)のターゲットは、明確に聖女だったわけだし。まだ昼間だけども、昼のうちに安全な場所に撤退しておけって話である。

 吸血鬼の魔法は、わたしには無力なはずだ。聖属性魔法使いであるというだけで、完全有利!

 でもね。ぶっちゃけると、物理でやられたら即終了なのです……。


 研究室に戻ったら、ちょうどファビウス先輩が出かけようとしているところだった。つまり、遅ればせながら園遊会に参加しようとしてたらしいけども。

 我々を見て一瞬で表情が厳しくなったの、こんなときに不謹慎だけど……かっこよ!


「なにがあった」


 わたしではなくリートに訊いてるっぽいところが、まぁ……うん。まぁね! まぁそうね、リートの方が的確に情報を渡せるだろう!


「吸血鬼の魅了を受けたとおぼしき生徒が複数出現。ナヴァトの魔法玉で範囲処理済み。校長先生は姿が見えなくなりましたので、おそらく吸血鬼の気配を追って行かれたものと思われます。温室内から消えたのは校長先生のみで、それ以外は全員確認。あとはウィブル先生と王子殿下におまかせして、防護が固いここに戻りました」

「わかった。ルルベル、怪我はない?」

「わたしは平気です」

「平気って顔じゃないよ」

「……おかしいです」


 思わず、声が漏れた。


「おかしい?」

「だってわたし、平気な顔をしてるはずなのに」


 ファビウス先輩が、しぜんな動きでわたしの手をとった。


「よかったら、僕に話を聞かせてくれる?」


 そのまま中庭に誘導される。

 ……あったかいなぁ、ここは。大温室も壮観だったけど……中で舞踏会が開けるようなサイズ感なので、研究室の中庭とはまったくスケールが違う。すごかった。

 でも、ここが落ち着くな。慣れてるせいかな。

 ぼんやり座っていると、ファビウス先輩が大きめのマグカップをわたしの手に握らせた。

 あつあつの、ホット・チョコレートだ。


「指先が冷えてたから。あたたまればいいなと思って」

「ありがとうございます……すみません」

「謝られるようなこと、なにかあったっけ?」

「いえ……なんか甘えてるなぁ、って」


 わたしのつぶやきに、ファビウス先輩は微笑んで答えた。


「望むところだから、存分に甘えてよ。今日はもうゆっくり休んで」

「……わたし、悔しいんです」

「うん」

「せっかく、皆で楽しもうって……。舞踏会もそうです。あいつは、必ずぶち壊しに来る。なんなんですか? わたしたち、楽しんだらいけないんですか?」


 葛藤はある。それは、間違いないんだ。

 だけど同時に、真面目に世を憂うばかりでは生きていけないってことも知ってる。

 生きるって、絶対、楽しみがないと無理だ。その楽しみをなんとかみつけようとすると、あいつが来る。


「なにがしたいんでしょう。校長先生とわたしがいて、あいつに勝ち目なんかないはずですよね。それなのに正体をあらわした――おかしくないですか?」


 違和感しかない。

 だって、ひとつも思いつかないのだ。やつが得することなんて。

 わたしは語りつづける――ホット・チョコレートに向かって。ファビウス先輩の顔を見たら、なんだか、泣いてしまいそうな気がしたから。


「魅了されたひとたちだって、捨て駒ですよね? あいつに得るものなんてない。ただ本人たちが絶望するだけ。でも、やるんです。だったら、あいつにとってのわたしたちって、なんですか? 絶望がかてになるんですか? 血を吸う必要なんてないのかもしれない。わたしの命を奪いたいとさえ思ってないのかもしれない。ただ――喜びや望みを奪いたいだけなのかも」

「……ルルベル」

「皆、怖いに決まってます。悔しいはずです。耐えられるでしょうか? 吸血鬼の魔法は浄化できても、操作されてしまったという事実は消えません。ほんとに……ほんとに、こんなのもう嫌です!」

「そうだね」


 ファビウス先輩の手が、マグカップを持つわたしの手を包み込んだ。そっと、支えるように。


「……もう嫌です」

「うん。……ねぇルルベル、君の考えは正しいのかもしれないよ。吸血鬼は、皆を絶望させたいのかもしれない。逆らっても無駄だと刻み込むこと自体が、目標なのかも」

「まさか、そんなことのために?」


 不利な場面で手札を切ってもやりたいことが、それ? つまり、俺TUEE?


「やつは不死だ。人間の言葉を喋りはするが、人間じゃない。吸血鬼にとって人間なんて、ただの食物だよ。格下の存在だ。もてあそんで当然だし、そこに罪悪感などないだろう。逆らわれたら、むっとするはずだ。人間は、やつに従って当然の存在だと思っているんだろうからね」

「そんなの……許せません」

「そうだよ。許さなくていい」


 その声があまりに静かで。でも、強くて。

 わたしは顔を上げた。視線が合うと、ファビウス先輩はうなずいた。


「許さなくていいんだよ、ルルベル。僕らは、やつにこうべを垂れてはいけない」

「はい」

「君の怒りは正当だ。怒っていいんだ。くじけないで。皆の前では顔を上げて。それが、君の仕事だ。……ちゃんとできたんだろう? 立派だよ、ルルベル」


 はい、と答えていいのかわからなくて、わたしは困ってしまった。

 頑張ったつもりだけど、頑張れていただろうか。ちゃんと、皆を励ませていただろうか。

 ファビウス先輩は微笑んで、手をはなした。


「僕らの心ををへし折ろうとしても無理だって、わからせてやらなきゃね」

「……わたしの周囲にいるひとたちが諦めるまでやる、って。そういってました」

「見くびられたものだね。誰か反論してやった?」

「校長先生が」


 ああ、とファビウス先輩は笑った。想像がついたらしい。


「そりゃそうか。絶対、黙って見過ごしやしないだろう」

「わたしが……あの、ファビウス様……これ、聞き流していただきたいんです。忘れてもらいたいんですけど――」

「いいよ。君が望むなら忘れる。だから、いってみて?」

「――わたしがいるせいで、皆の楽しみがつぶされてしまう、って。そう感じてしかたないんです」


 自分でいって、自分で傷ついてしまう。

 だってそう。舞踏会も、園遊会も。吸血鬼の狙いはわたしだ。わたしのために、楽しいはずの会がおかしなことになって。犠牲者も出て。アルスル様の心境を想うと、やりきれない。ほかのひとたちも。

 シスコだって、きっと思いだしただろう。前回のことを。また同じ目に遭うんじゃないかって、考えないはずがない。


「……こんなこと口にしても、慰めの言葉しかもらえないのはわかってます。だから、黙っているべきなんです。でも苦しいから……ただ黙っているだけだと」

「うん」

「聞き流してくださいね」

「わかってる。君が慰めを望んでいないことも。僕としては慰めさせてほしいけど、それじゃ解決しないんだよね?」

「……そうです」


 ファビウス先輩だって、吸血鬼に身体を乗っ取られたことがあるのだ。

 自分が悪かったとか申しわけないとか。そういう話を不必要に強調しないところが、ファビウス先輩の強さだなぁ……って思う。

 謝る方が、自分が楽になるよね。だけど、謝られた方がそれを負担に感じないとも限らない。たぶん、わたしに気にさせないために、そのへんを呑み込んでふれないようにしてるんだろう。

 今だって、わたしがなんていおうと慰撫いぶする言葉を口にする方が楽なはずだ。ずっと容易だし、それはそれで間違いでもないと思うけど。

 でも、そういう簡単な方を選ばないあたりが、ファビウス先輩だなって思う。


「あいつは僕らを――いや、この国の人間すべてを、支配下に置きたいんだ。なにも考えられないほど怯えた、無抵抗な群れに貶めたいんだよ」

「無抵抗な……」

「うん。だから、精神的なかなめになる君を狙うんだ。聖女って、希望の象徴だからね。君が感じていることは、正しいよ。やつは君を狙う。君さえ落としてしまえば、あとは簡単だと思っているからだ」


 でも、とファビウス先輩は不敵な笑みを浮かべて告げた。


「今度はこっちが思い知らせてやらないとね。校長先生じゃなくても、諦める人間なんていないんだよ、君の周りには。だからルルベル、もっと狙われていい。何回でも反撃してやろう」

「……狙われたいわけじゃないですよ?」

「わかってる。だけど、避けられないことを避けたいと願っても、どうしようもないからね。狙われるなら、うまく狙われてやろう。そして、効果的にやり返すんだ。次はどこで狙わせるか、狙われたあとはどう対処するか――こっちが制御する側にならないとね」


その後、通院で疲れた上に、検査薬の副作用で「気もち悪い」が継続している現状です。

急に更新が滞ったら、気力か体力が尽きたとお考えください。


あっ、でもクーラーの修理は終わったので、ぐったりするにしても涼しい部屋で!

やったー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ