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289 なにこのトリビア・コーナー

 意味がわかるまで、ひと呼吸の時間が過ぎた。

 誰がずいぶん待ったの? わたしたちが痺れを切らしかけていた相手って誰?


 吸血鬼だ。


 でも、そんなわけない。おかしい。

 だって、アルスル様は浄化したはずだ。エルフ校長が念入りに確認した。ジェレンス先生も。もう心配ないっていわれてて、それでも登校していないと聞いたから案じていたのだ。大丈夫かなぁ、って。

 その「大丈夫」は精神的な――つまり、舞踏会における吸血鬼騒ぎの端緒になってしまったという自責の念とか、好意を持っていたシスコに負担をかけてしまった負い目とか、そういったメンタル的な方面の「大丈夫?」だった。

 だから違う。違うはずだ。

 ただの冗談? 冗談だとしたら、それはそれでセンス悪過ぎだし「大丈夫?」ってなるけど……でも冗談であってほしい。


「のこのこ出てきて、滅されたいのか」


 静まり返った温室で、まず口を開いたのはリートだった。さすがのメンタル。

 とはいえ、相手もメンタルの強さでは一歩も譲らない。


「滅する? この身体をどうこうしたからといって、わたしに影響が及ぶとでも? ……ああ、親切過ぎたかな。傀儡を叩けば操り手も傷つくと思っていてもらった方が、楽しかったかもしれん。だが、もう明かしてしまった。残念だね」


 浄化すればいい? でも効果ないの? 本体を叩かないと駄目? 前の吸血鬼のときはどうしたんだっけ? ああ、ウィブル先生が派手に出血して生属性魔法怖いよって流れだった……ウィブル先生はいない。たしかリートが練習してたはずだけど、そんなに出血できる? リートの魔力で、造血は追いつくの? そもそも、あのときは事前にジェレンス先生がスタンバイしてたみたいな話だったはず。今日は違うんじゃ?

 それ以前の問題として、この老獪といわれる吸血鬼が同じ手に引っかかる?

 わからない。わからない。……わからない!

 でも、黙って見ていてもしかたない。


「そんなにアルスル様がお気に入りなの?」


 はじめに思いついたことを口にしたら、思いのほか響いた。

 全員が静止し、沈黙していたからだ。


「気に入り? なぜそう思う」

「そう思わない方が不思議でしょう。ところで、わたしはあなたを紹介されておりません。誰とも知れぬ相手とは話をするなといわれています」


 ……って淑女の心得を教えてくれたのは、エーディリア様だけどな!


「誰とも知れぬとは、悲しいことをおっしゃいますね。あなたもよくご存じのアルスルですよ、聖女様」


 からかうような口ぶりだ。表情は見えない。というか、なんにも見えない。相変わらず、リートが前に立っているせいだ。

 腹立つわぁ! どんな顔でほざいてるのかなぁ、この台詞!


「やはり、よほどアルスル様をお気に召したのですね。誰でもかまわないわけでもないでしょうし。……まぁいいわ、あなたが名告なのらないならそれも許しましょう。わたしの前で名告ることなど、あなたにはできないのでしょうからね」

「……おたわむれを、聖女様」


 うるせーわ。と、心で唱えてしまったことをお許しくださいエーディリア様!

 しかし、こいつの狙いはなんだろう。戦いにはなりようがない――なにしろエルフ校長も聖女もいる。アルスル様だけなら、わたしが浄化すればハイ元通り! である。

 問題は「だけ」じゃないかもしれないってことだけど。

 それでも、あやつることが不可能なエルフがいる場所で仕掛けるのは、ちょっと意味不明だ。対吸血鬼という一点においては、ジェレンス先生よりウィブル先生より、エルフ校長の方が有利だろう。吸血鬼にとっては、相性が悪い相手だ。

 つまり、かなりの確率で、これはただの挑発なのではないか?


「たわむれるということでしたら、今まさに進行中でした。あなたが邪魔をしなければ。でもそうですね、気にすることもないのかしら? きっと恥ずかしくて名告れないような小物でいらっしゃるのでしょうし。……さ、皆様、どうぞパンをお食べになって。よかったら、あなたも食べてくださいな。せっかくですから」

「安い挑発だな、娘」


 悪口は自己紹介って知ってるか、おい。そのままお返ししたいわね。安い挑発したのは、そっちじゃろ!

 そう思いつつ、わたしは看板娘スマイルで答えた。スマイルの方はリートの背中に遮られて誰にも見えないだろうが、声は届く。


「こんな機会は二度とないかもしれませんよ。聖女が焼いたパンを食べる、なんて。……リート、パンを一個、渡して差し上げて」


 行けっ、リート! その超合金メンタルの見せどころだ! たとえ相手が吸血鬼に使役されている人間であっても、パンを差し出すくらいチョロいもんだろう!


「お言葉のままに」


 本人どう思ってるかは知らんけど――どうせ、なにを考えてるんだ君は、馬鹿なのか、って感じだろう――乗ってくれることにしたようだ。わずかな動きで素早くパンを皿に乗せ、それをアルスル様に差し出した。


「焼きたてのうちに、どうぞ」

「……これはエルフの里の小麦だろう。いいのか? こんなものを食べたら、この身の舌が焼けるぞ」


 おっと、見破られたか!

 そう、ワンチャン素材と焼きでダメージ入るのではないかと期待してたんだけどね。悔しいけど、この狙いは諦めるしかないだろう。べつにアルスル様の舌を焼きたいわけじゃない。


「あなたが出て行けば問題なくなるのでは? ご自分でおできにならないようであれば、わたしがお力添えいたしましょうか」

「おまえの周りが諦めるまで、何回でも会いに来るぞ」


 ストーカーかよ!

 何回でも追い返してやるわい! って台詞を淑女表現に変換しようと考えてるあいだに。


「誰が諦めるというのです」


 根に持つエルフに先を越されましたね!

 ぐっ、という詰まった声が聞こえて、あーエルフ校長なんかやったんだな、と思ったけど見えない。いやほんと見えない、リートよ、ちょっと退いてくれんか?


「諦めるという言葉の語源を知っていますか?」

「かつて西海に栄えた商業都市の大灯台の名だろう」


 ……なにこのトリビア・コーナー。


「その大灯台の名の由来は?」

「王妃が名づけたはずだ。幼い頃に飼っていた犬の――」

「猫ですよ」


 いやどうだっていいだろう、そんなの!

 と、わたしは思うのだが。エルフ校長は勝ち誇っているようだ。


「やはり吸血鬼の脳は死んでいるのでしょう。その程度のことも記憶しておけないとは」

「いや、犬だ。おまえの記憶違いだろう」

「僕が記憶違いをするなど、あり得ません。吸血鬼の脳が死んでいるのは、十分以上にあり得ることですが」

「……変わらんな、エルトゥルーデス」

「親しげに呼びかけられる覚えはありませんよ、みずからの名を羞じる者よ」


 ここでまた、ぐっ、という声がした。

 ……見えない。なにやってるんだよぉ! 見せてよ、わたしにも!

 横に出ようとしたら、リートもすかさず横移動。……そりゃね、護衛として敵対勢力とのあいだに立ち、身を挺して守ってくれようという心がけは正しいかもしれないしマジ有能だと思うけど、さっきからリートの背中しか見えないんだぞ!


「こいつの身体が……どうなってもいいのか」


 ちょっと! なにやってんの、エルフ校長ッ!


「僕の意図を説明する必要がありますか? それより、さっさと出て行きなさい。自分は痛痒を感じないとでも主張したいのでしょうが、知っていますよ。こうされるのは不快でしょう。もっとやりましょうか」

「……やれ!」


 苦しげな命令とともに、あちこちから声があがった。声っていうか……ひっ、っていう悲鳴にならない息? みたいな。

 前が見えないなら後ろだ、と思ってふり返ろうとしたその瞬間。肩に手をかけられた。

 肩……あっ!

 目眩めくらましの合図!

 とっさに目をつぶった自分、よく思いだした! 褒めてとらす!

 目蓋越しでさえまぶしいと感じる光があたりに満ちた。

 ナヴァト忍者の声がする。


「うまくいきました」

「俺が確認する。君はルルベルを」

「了解です」


 わたしは眼をしばたたいた。まだ視界がぼやけていて、リートの背中が移動したなってことしかわからない。


「……なにがうまくいったの?」


 すぐ後ろからナヴァト忍者の声が聞こえた。


「魔力玉の使用です。俺の魔力を混ぜて量を増やし、破裂させた地点から全方位に聖属性の魔力を放出することが可能になりました。点ではなく面での制圧に使えると思い、練習しておりました」

「……すごいね」


 褒めたけど、ちょっと声が暗くなってしまったのは許してほしい。

 それは面で制圧する必要が出たってことで、つまり……アルスル様以外にも、吸血鬼にあやつられた生徒がいたってことだと理解してしまったから。


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