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285 あざとい合戦なら受けて立つぞ

 ごめんなさいで済んだら警察いらない――とは、前世日本の小学校でよく聞いたフレーズだが。いや、ひょっとすると中学でも聞いたかも。

 ファビウス先輩は、ごめんなさいで済ませてくれた。

 それどころか、僕も悪かったとか、抱きしめちゃったらもう駄目とか……まぁいろいろあった。思い返すのも恥ずかしいというか、キュン死しそう。

 結局、深夜なのでもう休みましょう! と、理性の限りを総動員したわたしが叫び、解散。

 いかんいかん、このままだと危惧していたように「恋愛のことしか考えられない聖女」になってしまう! それは駄目。駄目、ゼッタイ。


 気合を入れ直した、翌朝。


「ファビウス様、呪符の制作数が減って、少し時間が自由になったので――」

「うん?」


 まぁ、そのぶん発音記号と格闘する時間は増えたのだが、それはそれ。これはこれ。


「――パンを焼きたいんです」

「呪符の制作数が減ったので――パンを焼きたい?」


 つぶやいたのはリートだ。

 そうやって抜き出すなよな! 変だろ! ……変だよ。


「つまり! 園遊会に持って行きたいんですよ。だってほら……楽器演奏が得意なかたは楽器を演奏なさるそうですし? わたしも……って考えたら、パンかなぁって」


 あわてて弁明することになったが、おかげでファビウス先輩も得心がいったという顔である。

 ……くそぅ、リートの変なツッコミで話がわかりやすくなったなんて! 妙に悔しい。


「食堂の調理室でパン焼き窯をお借りできるでしょうか? 材料の手配もしなきゃなんですけど――間に合う……かな……」


 もっと早く思いつければよかったのだが、あらためてお誘いを受けるまで、完全に忘れてたくらいだからね!

 昨日は昨日で、エルフ校長の狭量な情報開示のおかげで午後ふっとんだし……。


「ルルベルの手作りパンが食べられるの? いいね。研究所の調理室に訊いてみようか」


 ……そっか。料理がデリバリーされて来るからには、研究所にも専用の調理室があるのか。

 でも、パン焼き窯が空いているとは限らない。そういうとこって、大人数の食事を安定供給するために、きっちりタイム・スケジュール組んでると思うんだよね。もちろん、校舎の食堂附属調理場だって事情は同じだろう。


「急な話なので、無理かもしれません。外出していいなら、実家に少しだけ借りに行くとかも……」


 まぁ実家は実家で都合のいい時間帯には窯が空いてるわけはないので、焼くなら前日の夕方とかになっちゃうけど。

 で。びっくりしちゃうんだけど、なんと! 今日がその前日なのだ!

 実家にたのむにしても、すぐ手配する必要がある。少なくとも、材料は自力でなんとかしないと無理。……あー、やっぱり間に合わないかなぁ。思いつくのが遅過ぎたなぁ!

 なんて考えてると、リートが口を開いた。


「いわせてもらっていいか? 君の実家のあたりは、護衛がしづらい」

「え、そうなの?」

「路地が多くて襲撃者が潜みやすい、道が曲がっていて直感的に思った方向に移動するのが難しい、見晴らしが悪い、店舗の出入りを禁じるわけにはいかない――などだ」


 ここでファビウス先輩がおどろきの提案をした。


「いっそ、温室に窯を作ったらどう?」

「え」

「校長先生に訊こう。喜んで設置してくれると思うよ、ルルベルのためなら」

「いやそんな、温室に窯なんて……危なくないです?」

「大丈夫。見習いも含めて、魔法使いが何人いると思ってるの?」


 あっ……。そうか。


「そうですね……」


 火加減を制御できる火属性持ちも、いざというときは消火活動ができる水属性持ちも……まぁとにかく、学園にいるのは魔法を使えるひとばっかりなんだ。

 下町感覚で考えちゃ駄目なんだな。

 なにを今さらって感じだけど、ちょっとしたカルチャー・ショックだ。パン作りという入学前の日常と、入学後の日常が衝突したっていうか。常識をガツンとやられた気分。

 やっぱり、世界が違うんだよ……。

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな! 園遊会、わたしもなにかこう、皆を楽しませることをしたいんだよ。ぶれるなめげるな忘れるな! よし!


「じゃあ、交渉に行ってきます」

「君は出歩いちゃ駄目でしょ。呼べばいいよ。いつでも呼べるようにって、預かってるから」


 そういって、ファビウス先輩はポケットから紙のようなものを出した。いや……葉っぱ?


「それ、校長先生の?」

「君に手紙を預かったとき、自分を呼ぶ必要があったら使うように、って置いて行ったんだよね」


 ……ははーん。ピンと来るものがあったわたしは、思わずリートを見た。

 リートはといえば――わかりづらくはあったが――悪い笑顔を浮かべていた。やっぱりな。

 これ、わたしが泣きついてくるのを予測して置いてったんだろ!


「いいですね、使わせてもらいましょう!」


 ちょっと方向性は違うけど、泣きつかせてもらいましょうか!

 というわけで、エルフ校長を召喚ッ!


「おはよう、ルルベル――と、皆さん」


 パンッと紙を折って叩いたら、校長先生はすぐに来た。といっても、研究室の外だ。ファビウス先輩の研究室は魔法的防御が固いので、さすがのエルフ校長でも瞬間移動は難しいのだろう。やってできないことはないんじゃないかという気もしないでもないけど。だって、召喚メッセージ自体は伝わってるんだもんなぁ。


「校長先生、お願いがあります」

「なんなりと――人払いをした方がいいかな?」

「いいえ」

「いいえ?」

「大温室にパン焼き窯を作らせてください!」

「……?」


 今までに見たことがない表情で、エルフ校長はわたしを見た。

 それから、聞き間違いではないかと思ったらしく、小首を傾げた。うっわ、あざといポーズ! だが可愛い! 何歳年上かわからない存在に可愛いもなにもないが、可愛いな!


「どういう意味でしょう、ルルベル?」

「園遊会で、皆さんにパンを焼いてさしあげたいのです」

「……園遊会?」

「はい。焼きたてをお出しするには、大温室にパン焼き窯を作るのがいいのでは? と」


 わたしは両手を胸の前で組み、お願いポーズをした。あざとい合戦なら受けて立つぞ、鍛え抜いた看板娘スキルで!


「パン焼き窯……ルルベルがパンを焼くのですか?」

「そうです。思いつくのが遅かったので、材料の調達も含めて急いで考えねばならないんですけど、でも……皆さんに楽しませていただくだけではなく、わたしもなにかしたいんです。パンなら――」


 父さんには、店に出せるレベルじゃないっていわれたけど。

 でも、これは売り物じゃない。だったら、許されるんじゃないだろうか。


「――わたしにも、作れます」

「僕も食べさせてもらえるのですか?」

「え、もちろんですよ!」

「独り占めしても?」

「それは駄目です」

「……僕が会場に着く前に、一個残らずなくなったりしませんか?」


 どういう状況を想定してるんだ!


「ご心配なら、お取り置きしますよ。校長先生のぶん」


 エルフ校長はキリッとした表情をつくった――たぶん、ゆるみかけたのを直したら、そうなったんだと思う。


「材料も含めて、まかせなさい。どんな窯がいいです? 大きさは?」

「あの――」

「僕が作りますよ、窯」

「先生、窯の構造もご存じなんですか?」

「もちろんです。この国初のパン焼き窯は、実はこの僕が設計したのですよ」


 衝撃の新事実……我が国初のパン焼き窯は、エルフ製だった! えっなんで?

 びっくりして言葉が出ないわたしに代わって、ファビウス先輩が応じてくれた。


「それは知りませんでした。王宮のパン窯ということですか?」

「そうです。当時はまだ王宮というほどの建物ではありませんでしたが。我が友が、エルフの里で食べたようなパンが食べたいといったのでね。ですから、パン種に使う酵母もエルフの里から持ち込んだのですよ。この国で使われているパン酵母は、元を辿ればすべてその酵母に行き着くはずです」


 な……なんだってー!


「じゃ……じゃあ、うちのパン屋のパン種も、その……」

「ええ。僕が持ち込んだ酵母の子孫でしょうね。それを使ってルルベルがパンを焼く! 素晴らしい……あっ、エルフの里から持って来ましょうか。材料」

「えっ」

「大丈夫、扱いはだいたい同じです。でも、練習したいですよね? 僕も手伝いますから、温室で作ってみましょう。窯もすぐに作ります。楽しみだなぁ、ルルベルのパン!」


 歌うように唱えながら、エルフ校長はすっ飛んで行った。たぶんエルフの里に……。


明日(2023年8月31日)の更新は、お休みとなります。

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