280 自分がやるべきことは、自分でやります
「宿題……みたいなものを、校長先生からいただいてしまって」
午後もひとりで過ごすことを親衛隊に伝えるため、説明は悩んだんだよね。
まだ誓約の条件は読み解いてる途中なんだけど、他言無用みたいな――あくまで「みたいな」なんだけど!――図形があって、エルフ校長の手紙の内容を考えるとさ……。せっかく魔力感知復活への道が見えたというのに、呪文を見る前に消えちゃう可能性とか! あるじゃん、ぜんっぜんあるよ!
というわけで、こんな説明になっているのだ。
「宿題?」
「ひとりでやりなさいっていう指定つきで」
そう説明すると、リートはうなずいた。
「ああ。君がたのめば、ファビウスがやるだろうからな。それじゃ意味がないってことだろう」
ちげーわ。そんなズルしねーわ!
「たのまないよ!」
「たのまないのですか?」
なんでナヴァト忍者がびっくりしてるんだよ。
……あー、わかっちゃったぞ。これきっと、王子は周りに投げてたってことだろ! エーディリア様とか、エーディリア様とか、エーディリア様とか!
「自分がやるべきことは、自分でやります」
キリッとした表情で告げたつもりだが、まぁ……もとがのどかな顔だから、意図したように見てもらえるかは謎である。
そういえば、弟にはよく「姉ちゃんなに眉間に皺作ってんの。老けただけ?」などと訊かれたものだ。……リートって名前だと口が悪くなる決まりでもあるのかな。
「じゃあ、俺たちは実験のつづきをやるか」
「はい、隊長」
「実験って、魔力玉の?」
「ああ。園遊会までには実戦で使えるようにしたいしな」
「……そうね」
考えたくはないけど、園遊会だって狙われる可能性がある。わたしが出席するんだし。
学園内に潜入している吸血鬼の配下が動いた場合、迅速に無力化する必要がある。聖属性の魔力玉を使いこなせれば楽だろう。
わたしだって、魔力感知を取り戻したら、よくわかんないけど全力放出ー! 以外のこともできる。
……できるだろうか?
そもそも全力放出と魔力覆いしかできなかったことを思いだしたし、リートにそんなの魔法じゃねぇと貶された記憶までよみがえってきた。
で……でもね! 魔力感知が戻れば、魔力切れになりそうなタイミングがわかるようになるからね! 今、それさえわかんないからな……。
「夕飯前に、ちょっと出ることになりますが」
「ああ、ファビウスがいってたやつか」
朝食の席で話してたから、わたしも知っている。この研究室にあるものより精密な計測器の順番がとれたので、例の聖光ハイブリッド魔法玉を分析しに行くのだそうだ。
あわよくば捕縛済みの吸血鬼にどういう効果があるかも検証したい、とのこと。
吸血鬼、むちゃくちゃ利用されてるな! やっぱり少し同情してしまう。少しだけど。
「ファビウス様も、ご一緒してくださるそうです」
「しっかり調べて来てね。良い結果が出るといいね」
「はい」
ナヴァト忍者は良い返事だが、リートがいらんツッコミをしてきた。
「良い結果ってなんだ?」
「そりゃ、魔王や眷属と戦うにあたって役に立つこう……なにかよ。なにか」
「意味不明だな」
「未知の属性魔法に変化したんだから、意味もなにもわからなくて当然でしょ。これから、わかるのよ。それを調べるんだから」
我ながら屁理屈っぽかったが、それ以上は難癖をつけられなかった。リートの気が済んだのだろう。つまり、とりあえずディスっておきたかっただけ、ってやつだ。
……冷静に考えると、めんどくせぇやつだな! むちゃくちゃ有能なのでなければ許されないが、むちゃくちゃ有能なので許すしかないっていう。
「じゃあ、また夕飯のときにね」
「了解」
「はい」
というわけで、わたしは部屋に戻って誓約魔法の呪符解読につとめた。
まずは、「他言無用」に見える部分を正確に解釈しないと……ていうかエルフ校長も鬼じゃない? こんな! 条件開示のない誓約魔法へのサインを強いるとか!
……。
また、わかってしまった気がするのだが……エルフ校長、ほんとはこれ、教えたくないな? 教えたくないけど悩んだ果てに、黙ってるのもアンフェアだろうと考えて、この手紙を寄越した。ってことじゃない?
教えたくない理由はまぁ、いろいろあるだろうけど。それこそ、わたしが魔力感知を失ってる方が前線に出られないし周囲も気を配るだろうから安全だとか、エルフの里に誘導しやすいとかも含められるけど。
でも、いちばんの理由はきっと、人間が捨てた呪文ってアレだ。
「どんな事情で、そうなったのかなぁ」
呪文という形式が廃れたことについては、ファビウス先輩が教えてくれた通りなんだろう。のんびり唱えてられる場面が、そう多くないっていうやつ。
でも、その背景になにかあったんじゃないか。少なくともエルフ校長の気分を害するような、なにかが。
気になる。
……いやまぁ、今はそこを考えてる場合じゃないぞ。誓約魔法解読が第一だ。
園遊会、実は明後日なのである。問題の呪文とやらが、一回唱えたらそれで終わり、みたいな効力を持ってるならともかく。感知力が戻るまで毎日唱えましょうとかだったら、一刻も早くとりかかりたい。
魔力の扱いに長けるほど、危険になる――エルフ校長はそう考えてるみたいだし、長く生きてきた経験豊富なエルフの意見に異を唱えるほどの知見が、わたしにあるはずもないけど、でも。
わたしは、自分の力をちゃんと使いたい。
それは、エルフ校長が「これほどの信頼」っていってくれたからこそ気づいた感覚だ。
周りのひとたちの方が、わたしよりずっと賢明なのは間違いない。でも、聖属性はわたしが持って生まれた力だ。べつにほしかったわけじゃないけど、だからって周りに丸投げして自分は関係ないっていうのは……どうなの?
そういうの、卑怯じゃない?
信じて預けるならともかく。わたしときたら、なにも考えてなかった。ほんとに、なんにもだ。自分が助力できる唯一の方法だと思いつき、そのまま実行しただけ。
今はいい。魔力玉を手にすることができるのは、信頼できるひとたちだけだ。でも、この先はどう? 残置性が高い魔力玉って、信頼の置けない者の手に渡る可能性もあるんじゃない?
ほんとは、迂闊に作っちゃいけないものだ。わたしが、わたしの魔力に責任を持てなくなるから。
「……この『他言無用』っぽい図形に引っかかってるのは、呪文自体だよなぁ」
呪符の構造を分析していくのは、文法の正確性を確認するみたいな作業だ。
分割した図形を見るのは、そうだなぁ……外国語の単語だけわかるみたいなイメージ?
たとえば、英文の中に「DOG」と「HOUSE」という単語が見えたとして、犬が家の中にいるのか、それとも犬に家に入れと命令してるのか、あるいは犬が家から出て行ったのか――って、可能性だけならたくさんあるのと同じような話。
パーツがわかっても、パーツ同士の関わりをきっちり判明させないと、すごい勘違いをしかねない。
午後いっぱいかけて確認をくり返し、解読した結果!
誓約魔法に仕込まれている内容はメッセージとほぼ同じ。つまり、エルフ校長は誓約をなにも説明しなかったわけではなく、メッセージに書いてあったという素直なオチ。
で、対象は三枚目の呪文が書かれている――まだ白紙にしか見えないけど――便箋。
わたし以外が見たら、消える。文字が消えるんじゃなく、風化して紙自体が塵になる。
なので「見せない」は自動的に達成されるから、わたしには求められていない。要求されているのは、「話さない」の方。つまり呪文を誰かに聞こえるように読み上げることを禁じられてるわけね。
……これ、呪文詠唱もひとりでやらないと駄目か。当然だな。
それ以外には、特に決まりはないみたい。
わたし以外が見たら消えるって部分もわざわざ誓約魔法に含まれているのは、これにサインすると呪文が見えるようになるって部分と対応してるんだろうなぁ。
まぁ……根に持って拗らせてるんだな、と納得するしかない。
あっ、リートに聞かれないようにしなきゃいけないな。事情自体は説明してもよさそうだから、ここはちゃんと話そう。
「……よし。ぜんぶ把握できた。はず!」
そんなに複雑な構成ではなくて助かった。
しかし、わたしも呪符魔法の内容を読み解けるようになったのだ――事典に頼りまくる必要はあるけど――と思うと、感慨深い。
なんだか少しだけ、複雑な気分でもある。
なぜなのかは、わからない。なにが複雑なのかも。単純に進歩・成長してることを喜べばいいのにな。
もう一回だけすべて見直してから、わたしは誓約魔法に署名し、円を閉じて魔力を通した。




