28 聖属性魔法使いの未来はウザいことになりかねない
書類をあれこれ記入した甲斐あって、芸術品かよって恐縮してしまう閲覧室への入室が許可され、そこで禁帯出の本を――まず、リートが読んだ。わたしはその間、課題図書その二のつづきを読んでいた……べつに寮から持って来たわけではなく、同じ本が図書館に蔵書されていたのを、リートが手配してくれたのだ。
ほんっと、こういうところは気が利くよな……。
速読法でも身につけているのか、リートはさっさと厨二きわまりない題名の禁帯出本を読み終えてしまった。感想を聞いてみると、こうだ。
「吸血鬼とは戦いたくないな」
「最強の眷属っていうものねぇ。やっぱり、勝つのは難しい?」
「状況によるが、まぁ、ただ負けたりはしないつもりだ」
前にもそんなこといってたな。つまり、吸血鬼はジェレンス先生並みの戦闘力ということか。戦いたくないなぁ! リートと同じ感想に至ってしまったよ。
「ノートがあった方がいいな。君のぶんも含めて購買で買って来よう。君は読み進めていたまえ」
……あっなるほど、禁帯出だから。気が利く!
閲覧室を静かに出て行ったリートを見送って、しかし、わたしはこんな感想を漏らさずにはおれなかった。
「……でも、乙女ゲームってこういう感じじゃなくない?」
いや、だからね? プレイしたことないよ? したことはないけども、本来、乙女が胸をキュンキュンさせるために作られてるものじゃないの?
それっぽい世界に転生したいって、わたし、希望したよね?
ルルベルは乙女よ? それも、夢みる乙女よ……間違いなく、王立魔法学園で素敵な恋もみつけちゃいたいな、るんっ、とか思ってたよ?
然るに現状……周辺にイケメンは多い。イケメンは多いが……全然、キュンキュンしない。
おかしいやろ。
「コレジャナイ感がすごいよな〜……」
イケメンが、対魔王戦を有利にする要素と結びついてるのも……なんかアレだ。
落とせば役に立ってくれる。そういうイケメンを転生コーディネイターは攻略対象と称し、かれらが背負ってるネギがなにかも教えてくれた。つまりイケメンは全員、魔王攻略のためのカモである。
……全然キュンキュンしない。
わたしは魔王を攻略したかったんじゃないんだよ、イケメンを攻略したかったんだよ……。
「なにをぼんやりしている」
戻って来たリートは、わたしが真面目に本を読んでいなかったのが不満なようだ。
でもさ、いってもいいかな。
乙女ゲームっぽい世界に転生したはずなのに、このぼんやりは、恋愛とは関係ない。それって、問題じゃないの? 転生コーディネイターにクレーム入れてよくない?
だって今、わたしの心にただよっているのは、虚無感である。虚無。これは、ぼんやりではなく虚無顔なのである。
まず第一に、顔で転生先を選んだのは失敗だった。だが、これは取り返しがつかない。諦めろ。
第二に、聖属性魔法の特性がつらい。これ、魔王を首尾よく封印し直したあと、なんも使い途がなくない?
本を読んで理解したことのひとつなのだが、代々の聖属性魔法使い、封印って一回ずつしかやってない。同じ魔法使いが二回頑張りましたなんて案件はない。封印が成功したら、わたしの存在価値って無なのでは?
「自分の価値について考えてたら、こんな顔になった」
「だからいっているだろう、君の周辺は物騒だと」
いやいや。それ、わたしが考えてることと違う方向性のアレだからね、絶対?
「首尾よく魔王の再封印ができたら、そのあとって、聖属性魔法の使い途はないじゃない? わたしになにができるのかな、ってことを考えてたんだよ」
「ずいぶん気が早いな」
だよねー、絶対いわれると思ってた!
「だって、封印してから悩んでも、もう遅い! みたいなことになりそうだし」
「なるほど、それはいえてるかもしれん」
珍しく、リートの同意を獲得した。
調子に乗って、助言を求めてみることにする。
「リートがわたしの立場だったら、どうする?」
「契約書を作らせるな」
「……契約書」
「魔王の封印に尽力する代わりに、成功した場合には一定額の年金の支払いを求める」
「……一定額の年金」
「あまり欲をかかない方がいい。額面が大き過ぎると、始末しようと考える輩が出ないとも限らないからな」
物騒だろ!
「そもそも誰と契約するの」
「そこが問題だな。てのひらを返しそうにない信頼できる個人、あるいは複数の監査が入る公的機関……まぁ、うまく選びたまえ」
「他人事!」
「俺は他人だぞ。君の弟と名前が同じだけだ。さあ、馬鹿なことをいってないで本を読め」
「……禁帯出の方は、リートが見直してていいよ。メモとりたいんじゃない?」
「そうだな。今の君の状態では、なにを読んでも頭に入らなさそうだ」
そうなんだけども、いいかたがあるだろ、もうちょっとさぁ!
はぁ〜、と大きなため息をついて、わたしは古びた机に突っ伏した。
「魔王を封印し終えたら、ふつうのパン屋の娘に戻れるかなぁ」
「無理だろうな」
「そう、無――無理? えっ? なんで?」
「救国の英雄だ。とにかく談話が求められるし、各国の王侯貴族が君とのつながりを誇示する。支援した実績がなくとも、支援したような顔をしたがる」
「なにそれ」
「妥当な推測だ」
虚無ではないようだが、これならむしろ虚無の方がよさそうな気がする……。
前世の記憶的には、オリンピックでメダルをとった選手がインタビュー攻めになるような展開じゃないの? あれさー、どうかと思うんだよねー、選手絶対疲れてるんだから休ませてあげなよーって。偉い人とかも次から次へと順番に出てきて親しげアピールするじゃん?
……あれかぁ。あれが我が身に起きるのかぁ!
ただのパン屋の娘のルルベルだったら、王侯貴族の皆さんにちやほやされるなんてすごい、しか思わなかっただろう。でも、前世の記憶がよみがえったルルベルにはわかる。あれはウザい。そしてたぶん、逃げられない。
「じゃあ、就職先を心配する必要はないのかな」
「就職先が必要ないとは思わんが、後ろ盾を決めるのが先だろう。君が、あらゆる勢力をうまくいなし、どっちにも良い顔をできるなら別だが」
「無理ですね」
「では、就職はその次だな。そういう順番で進めないと、無駄になりかねない」
「ちなみにですけど……リートくんは、いったい誰と、わたしを護衛する契約を結んでらっしゃるので?」
「機密保持契約をしている。それに関しては、回答できない」
わたしは頬杖をついて、せっせとメモをとっている――そう、こいつは会話しながら禁帯出本を読み、ついでにメモまでとっているのだ――リートを睨んだ。
「ねぇ、それおかしくない?」
「なにがだ」
「わたしを取り合う勢力があって、危険なんでしょう? それで、守ってくれてるんだよね? その理解は正しい?」
「間違ってはいないな」
「だったら、リートの雇い主が誰か、はっきりさせた方が有利じゃないの? わたし、きっと、そのひとを後ろ盾にしようって思うよ」
「それはどうだろう」
「え、思うよ。だって、わたしのこと、どんな勢力がどう欲しがってるかはわからないけど、実際に助けようとしてくれてるのは、リートの雇い主だけじゃない? わたし争奪戦で、一歩どころか百歩くらいリードしてるよ」
リートはペンを止め、まじまじとわたしを見た。地味系とはいえ、こいつはこいつでイケメンであるし、狭い閲覧室で至近距離に並んで座っているのであるし、それなりのインパクトがある。
……でも、胸キュンは、しねぇな。
「なにをどう思おうが君の自由だが、俺は契約を守る」
「つまり、守秘義務を守るのね」
「君は護衛対象だが、俺の雇用主ではない」
「命令する権利はないって意味ね」
リートは珍しく口の端を上げ、嫌味っぽい笑みを見せた。つまり、爽やかクラスメイト・モードではない、ちょっと地の出た表情っぽかったし、正直いって根性悪そうだった。
その性悪笑顔は一瞬で消え、リートは閲覧室のドアを見た。つられてわたしもそちらを見ると――ノックの音につづいて、ドアが開いた。
「失礼。こちらにいるのは、ルルベル、それにリート……で、あっているか?」
ドアの前に立っているのは、いうまでもないだろうが、イケメンだった。
えっと……誰?
世間的に夏休みなので、今週の土日は移植も休まず頑張ってみようかと思います。




