279 なんでそんな秘密主義なのー!
翌日。朝食の席で、今日も聖属性呪符は少なめで、といわれた。その代わり、魔力玉は追加制作だ。
ジェレンス先生はさっそくコツを掴み、魔力玉をちびちび使って浄化する手法を編み出したらしい。さすが〈無二〉である。自分の魔力も消費せずに済むし、今まで十枚二十枚と呪符を使っていた作業を魔力玉一個でも余裕をもって終わらせることができ、非常に快適……とのこと。
結果を踏まえ、ジェレンス先生のぶんの呪符は今日は不要という連絡が来たそうだ。
おお……すごく楽になりそう! 手が。
「魔力玉の方が、呪符より効率がいいんだな。まぁ当然だけど」
ちょっと悔しいな、とファビウス先輩は苦笑する。
いやいや……聖属性魔力を生む呪符を考案なさった天才様がなにを悔しがることがあるというのか!
「当然なんですか?」
「ほかの属性の魔力を聖属性魔力に変換する段階で、どうしても減衰が生じるからね。呪符で属性魔法を扱うって、そういうものなんだ。でも、君の魔力玉なら変換の必要がない。もちろん『他人の、他属性の魔力』をそのまま制御できる技量が必要になるから、使い手は選ぶけどね。ものすごく」
「なるほど……」
逆にいえば、呪符は「誰でも使える」ために特化したツールなんだな。
「でも、これはなにかの突破口になるかもしれない。聖属性の魔力をある程度は貯められるってことでもあるし」
「そうだといいんですけど」
ほんと、そうだといいな……。心から思うよ。
「ところで、校長先生から手紙を預かってるんだ」
「手紙……? なんでしょう」
はい、と手渡されたのは、かすかに緑がかった美しいベージュ色の封筒。縁取りは繊細な蔓草のデザインで、いやぁ……これエルフの里製じゃない? 封蝋はラメ入りの緑。よくわかんないけど……エルフ校長の紋章なのかな。
「ルルベルに必要なものだそうだよ」
「お会いになったんですか? あ、昨晩渡されたとか」
「今朝、急に訪ねて来たんだ。きっと必要だから渡してくれ、って」
なんだろうね、とファビウス先輩も興味があるらしい。
「一緒にご覧になりますか?」
「いや、僕も読んでいいなら、こんな封はしないだろうし。まず君がひとりで読む方がいいんじゃないかな。もちろん、相談したくなったらすぐ呼んで? いつでもね」
そういえば、今までこんなしっかり封をされたものはもらったことがない。
変な魔法でもこめられてると大変だから、ひとりで落ち着いた時間がとれるときに読もう……。
というわけで、午前中は魔力玉を作り、聖属性呪符を描き、ナヴァト忍者の基礎図形練習につきあった。
わたしより上達が早いですよと褒めると、ナヴァト忍者は嬉しそうだ。あ〜、リートとかリートとかリートとかに慣れてると、こういうストレートな反応すごく癒されるわぁ。
「上達が早いんですから、無理する必要はないですよ? わかってますね?」
「はい、聖女様」
いい返事だけど、これも信用ならないんだよなぁ。ファビウス先輩の、今夜は早く寝るよ並に信用ならない。
なお、昨晩はやっぱり夜更かししそうになったので、ナヴァト忍者がわたしに代わって仕事終了をうながしてくれたとの報告を受けた。トレイに安眠茶を用意して扉をノックしたら、「ルルベル?」って笑顔で出てきたらしい。……目に浮かぶね!
そのあとどんな表情になったかという報告はなかったが、それもなんとなく想像がつく。
まぁそういうわけで、わたしがエルフ校長のなにやら仰々しい手紙を開封したのは、お昼休憩のときだった。
ちょっとひとりになりたいからと部屋に引っ込んで、いったいわたしに必要なものとはなんなのかと頭を捻り。ついでに、うっかりエルフの里に転移させられたりしないことを祈ってから、封を切った。
中から出てきたのは便箋三枚。一枚目には、エルフ校長からのメッセージ。
『ルルベル、君は僕がすべてに飽きていると思っているのかもしれない。でも、そんなことはないのですよ。世界はそんなに単純ではありません。たとえあと千年生きたとしても、今と変わらず、僕は既知の景色のどこかに新しさを感じ、美しいとも思うでしょう。そうでありたいと願っています』
相変わらず達筆だけど、読みづらいわけじゃない文字。
……わたしのあの一方的なお願いを、エルフ校長はこういう風に受け止めたんだな。そう思うと、なんか感慨深い。
あれって、見捨てないでよっていう子どもじみた叫びだったんだけど。呆れるのと飽きているのは、似ているようで少し違う。
手紙はつづく。
『僕は魔力感知ができなくなった魔法使いを何人も知っています』
そういえば、エルフ校長に相談してみろってリートにいわれたわ! 昨晩は、相談し忘れたのに……まるであの会話を聞いていたかのごとき話の流れ!
『そこから立ち直れなかった者も。絶望して命を絶った者もいれば、逆に失ったことを喜んだ者さえ知っています。魔力感知の欠如は、魔法使いとしては致命的ですからね。もう重責を担わなくてよいのだ、と――ほがらかに笑った者もいました』
命を……って話もヘヴィだけど、むしろ失って喜んだって話の方が怖いな。どれだけの責任を背負わされてたんだろうと想像するのが怖い。
エルフ校長の美しい文字はつづく。
『もちろん、魔力感知を取り戻した者も知っています。その方法も。でも、僕は君が魔力感知を取り戻すべきだとは思えなかったのです。失って絶望しているようなら、すぐに教えたでしょう。けれど君は、魔力感知を失ってもその状態の自分を受け入れ、なにができるかを考え、適応しているように思えました。魔力感知を失っている方が、君は安全なのではないかと考えました』
おお……。リートの憶測が当たってる!
魔力感知を失っている方が都合がいい……って。ほんとに考えてたんだ、エルフ校長!
『魔力をうまく使えるようになればなるほど、君は危険な立場になる。それでもきっと、君は許さないでしょう――せっかく聖属性魔力があるのに、それを満足に扱えない自分を。僕に人間を見捨てないでほしいといいましたね? 君はどうですか。僕の推測が間違っていないなら、君はきっと人間を見捨てない。そういう魂の持ち主が、聖属性を持って生まれるのだと、僕は思っています』
いや……それは買い被りでは? と、いいたいけどまぁ……たしかになぁ。
聖女でございますって特別扱いされてるのに、満足にはたらけない自分、嫌だもの。
『昨晩、吸血鬼は呪文詠唱をまだ使うと話しましたが、エルフもそうなのですよ。君たち人間が時の彼方に置き去りにして、忘れてしまった呪文を覚えています。その中には、魔力感知を研ぎ澄ますための呪文もあります。その呪文を唱えれば、失った魔力感知を取り戻すことができるでしょう』
わぁ、と思いながらつづく文字を見て、顔が強張った。
『ですが、僕はこの呪文を君以外に教えるつもりはありません。なぜなら、人間はこの呪文を捨てたからです。知っているべきではないからです。君以外の者が見たら、この手紙は即座に風化して消え失せます。呪文を唱えたいなら、気をつけて保管してください。呪文については、写しの作成も禁じます。二枚目の誓約魔法にサインして魔力を通すことで、三枚目に必要な呪文が表示されます』
……念入り!
ってか、なんでそんな秘密主義なのー!
いいじゃん、魔力感知を研ぎ澄ます呪文! 皆で共有すればいいのに、なんで駄目なんだ――と、ここまで考えて。はっとしたよね。
わかったわー。わかっちゃったわー!
なにか、根に持つような事件があったんだ。間違いない。
だってこの「人間はこの呪文を捨てた」って表現さぁ……根に持ってる感じバリバリだよね?
ファビウス先輩と一緒に開封しなくてよかったし、午前中に作業しながら開けなくてよかった! よくわからないうちに手紙ごと消えてた可能性があったよ……。「僕も読んでいいならこんな封はしない」って判断、さすファビ案件だった!
なるほどなぁ……。
「……とにかく、誓約魔法の細部を確認しよう」
うっかり、わけのわからない誓約魔法を発動させるわけはいかないし。
幸い、呪符魔法の参考書なら自室にたくさん積んである。わたしはエルフ校長が描いた誓約魔法用の呪符を解読することにした。
かなり複雑なので、規定条件多そうだし、調べるだけで大変そうだけど。……これも国家資格取得のための勉強の一環と思うことにしよう。うむ。




