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276 僕が受け取ったのはルルベルの信頼です

「つまり、それって俺らも使えるってことだよな?」


 この場合「俺」の主体はジェレンス先生である。複数形の対象となってるのは、おそらくエルフ校長だろう。

 あのあと、呼ばれたファビウス先輩が魔力の属性判定装置を動かした結果、ナヴァト忍者が光属性を混ぜた聖属性というハイブリッド魔力を創出したことが発覚した。

 ……天才少年、怖過ぎだろ。このひとマジで物理最強枠なの? おかしくない?

 さらに、リートが魔力玉を紐状に変形させることに成功。こっちは純粋な聖属性魔力のままだ。

 うちの親衛隊が有能過ぎる。

 で、意外と行けるなという話になり、夕刻、前線組が召喚されたわけだ。


「そう推測できるので、ルルベルに追加で魔力玉を作ってもらいました」


 安全マージンと天秤にかけた結果、ファビウス先輩が悩みながら追加で作らせてくれた魔力玉四個。これが、二個ずつジェレンス先生とエルフ校長に配られる。

 わたしは今日はもう絶対に魔力を使わない、呪符作成も終了、と厳命されている。

 そこまで制限しなくてもよさそうな気はするけど……真顔で懇願されたので、約束しないわけにもいかない。


 なお、ファビウス先輩に「約束して、ルルベル」って迫られたときは、どうしようかと思ったよね……。真顔で懇願の破壊力たるや。

 ほんともう、ノックアウトしなくていいです、これ以上。


「へぇ。やけにしっかりした手触りだな、おい」

「ああ……まるで力の泉だ」


 エルフ校長はといえば、うっとりしてる。ていうか頬擦りしてない? わたしには魔力玉がまったく感じられないので、不可視のなにかに頬擦りしているとしか思えない。正直、ヤバいひとに見える。偶然出会っちゃったら、気配を消して逃げ出す感じのヤバさだ。幸い、足音をたてずに逃げる訓練もしてるしな! ……もっと熱心にやろう。


「これ持ってるだけで吸血鬼に察知されそうだ。だよな?」

「はい。囮に使える気もします」

「吸血鬼も気になるよなぁ、学園から出てこないはずの聖属性魔法の気配が、それもいつもの呪符魔法とはあきらかに違うのが、街中を移動してたら。……いいな。うん、すごくいい。隠したいときは、自分の魔力で覆えばいいか」


 そういいながらジェレンス先生が、魔力玉を手の中でまわしている――たぶん――ナヴァト忍者がちょっと息を飲んだから、なんかしたんだろう。……なんか。

 なんかってなんだろう! ほんともう、損した気分すごいよ。わたしもわかりたい!


「君の魔力で覆うのはやめたまえ、穢らわしい」

「校長……変な私情を挟むのやめてください。ほら、ルルベルが微妙な顔で見てますよ」


 エルフ校長が、さっとふり向いた。わたしは反射的に看板娘スマイルを顔に貼り付けたが、これ……にっこりしなくてもよかったんじゃない? 引くわぁ〜、って正直に顔で語るべきでは?

 ファビウス先輩が、なにごともなかったかのように話を本題に戻す。


「そうですね。魔力覆いで所持はごまかせる。問題は、どう使うかです」

「だな。で、ナヴァトがなんだって? 光属性と混ぜたって?」

「もう消えてしまいましたが。消える前にとった記録です」


 ファビウス先輩が、なにやら記号がたくさん書き込まれたものを見せていたが、わたしにはサッパリわからない。表情を見るに、ナヴァト忍者もわからなさそうだ。

 リートは……うーん、これはリート博士のわたしをもってしても難問といえる表情! たぶん興味がないんだろうな。


「光と混ぜて、より眷属への効果が強力になったりすると思うか?」

「聖属性は聖属性のままが最強です」

「……だから校長、たのみますから打ち合わせのあいだだけでも、その信仰じみた考えを横に置いてくれませんかね」

「対抗属性です。余分なものを足さない方が強い。決まっています」


 全員が、とりあえず口をつぐんだ。

 まぁ……そうだよなぁ。聖魔均衡論が唱えられるくらい、聖属性と魔属性は対になってるっていうのは常識だ。お互いの天敵みたいなものだし。

 静寂を破ったのは、ファビウス先輩だった。


「検証もしないうちに、可能性を否定するのはどうでしょう?」

「必要ありません」

「いえ、有効性は知っておきたいところです。検証は僕がしましょう。校長先生のお手はわずらわせませんから、ご心配なく。それはそれとして――校長先生でしたら、この魔力玉の属性を変更させず、吸血鬼相手に使えますか? なんらかの効果的な聖属性魔法として」


 エルフ校長は、ようやく本来の目的を思いだした、みたいな顔をした。

 マジで駄目だな、エルフ……聖属性が好き過ぎてたまに使いものにならなくなる! リートがこんなじゃなくてよかった。


「そうですね……変形させることは容易たやすい」


 つぶやいてから、エルフ校長はファビウス先輩の名を呼んだ。


「なにか?」

「色をつけてもらえますか。ルルベルに見せたい」


 そんな配慮を示しながら、わたしの方を見るわけでもない――余裕だなぁ、と思う。大人の余裕っていうか? いや、大人って年齢じゃないよなぁ。ご老人? も、変だな。敢えていうなら、長命種の余裕か。


 不意に、なんでもかんでも経験済みで、なにひとつ忘れないってことについて考えてしまう。

 エルフ校長は、どんな気分で受け止めているんだろう。似たような誰か。どこかで聞いたことがある台詞。ひとしく感じられる熱意。きりのない哀しみ。やりきれなさを、どうやって処理するんだろう?

 時間を持て余し、魔法も武術もきわめてしまうエルフたち。

 かれらは同じ時間を生きて、同じ記憶を共有する。だからこそ、耐えられるのでは? 短い命を散らしていく人間たちとつきあうのは、エルフ校長にどれほどの負担を与えているのだろう。


 そんなことを考えているわたしの前で、エルフ校長がうやうやしく掲げた右のてのひらの上に、いつものピンクがかった色に着色された球体が出現した。作成時にイメージした通りの、テニスボールくらい? の大きさ。

 ちょっと大きめに作ってというファビウス先輩のリクエスト通りに――だからこそ、今日はもう絶対に魔力を使うなと申し渡されてもいるんだけど――ちゃんとできてるんだな、って思う。

 その球体が、すっと変形する。エルフ校長の指先を示すように、細く、長く。


「たとえば短剣」


 半透明の薄刃の剣を、エルフ校長は揺らす。

 てのひらがゆらゆらと揺れたと思ったら、それは分解しはじめる。

 声も出ないわたしの前で、きらきらと。もっと細く、もっと……たくさん。


「たとえば針」


 何十本、いやひょっとすると百本以上に分割された半透明のピンクの針が、浮き上がった。

 一斉に渦を巻き、さながら小さな竜巻だ。魚の群れが銀鱗をひらめかせ、海の中を泳いでいるようでもある。


「ファビウス、この机に傷をつけても?」

「どうぞ」


 返事があった瞬間、魔力の針は目にもとまらぬ勢いで机に向かった。それこそ、はるか高空から雨粒が降ってくるくらいの勢いで。

 ととと、と乾いた音がして、魔力の針がびっしりと机の上に並ぶ。


「属性に変化は?」

「ありません。……ああ、計測値は確認しないとわかりませんが、僕が彩色しましたから……変質すれば、色も変わるはずです」


 訓練のたびにつけてもらった、いつもの色。半透明の針は消える気配もなく、残置性も維持されている。しかも木の机に突き立つほどの物理干渉力。

 ジェレンス先生が、低く口笛を吹いた。


「さすがですね、校長」

「これほどの信頼に応えないわけにはいきませんからね」


 エルフ校長は、ここでようやくわたしを見た。

 わたしはといえば、信頼って? と内心首を捻っていて、たぶん表情からも見てとれただろう。

 それでも、エルフ校長は微笑すら浮かべなかった。厳粛な声音で、こうつづける。


「僕が受け取ったのはルルベルの信頼です。魔力を預けるとは、そういうことですからね。皆も、よく理解した方がいい」


 さも魔力を預けられる側だけに告げているようだったが、この言葉はわたしの耳にも痛かった。

 だって、そんなことなにも考えていなかったから。自分もなにか役に立ちたいだけで、力を預けることの意味なんて、まるっきり。

 思わず訊いてしまう。


「校長先生は、以前もこうして聖属性の魔力を預かったことがおありなのですか?」

「いいえ」


 端的に否定して、エルフ校長は手を動かした。すると、机に突き立っていた無数の針はひとつの塊に戻り、ふたたび半透明のテニスボールのようになって、そのてのひらに収まった。

 魔法みたいだなぁ、とわたしは愚かな感想を抱いてしまう。魔法だよ、もちろん!


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