275 失敗してくれれば、こんなことで悩まずに済んだのに
午後は中庭で、できるだけ茂みを揺らさないように移動するわざを……そんなん無理だろ! って思いながら練習した。
無理だと思うのだけども、リートとナヴァト忍者はほんっと、必要最小限しか植物にふれない。魔法を使って見えなくされると、どこにいるんだかさっぱりだ。
「無理だよ!」
なんでもかんでも無理っていうのは禁止だが、これはほんと無理。
リートが、ため息をついた。
「正直いって、俺も君にそこまでのことは求められないと諦めている」
諦めてくれてありがとう!
「我々はどちらも、植物でしたらある程度は制御できます」
ナヴァト忍者のこれは、慰めてくれてるのかな……。得意フィールドだからしかたないよ、って。
……いや待て。ちょっと待て。
「リートは生属性魔法で植物を動かせるってことだよね?」
「そういうことだ」
だよな? だがしかし!
「ナヴァト……は、どうやって?」
あぶない。もうちょっとで様をつけて、やり直しを食らうところである。
「植物に光線を感じさせると、微調整ができます」
わたしは口をあんぐり開けてしまった。すぐ閉じたけど。脳内エーディリア様に、今のは見逃してください迅速に閉じました! って主張する勢いで閉じたよ。ヨシ!
でも口が開くだろ、これ……。
「そんなこと、できるんですか」
「やってみたら、できたので」
天才少年かーッ! ちょっと誇らしげなので、かなり高度な技術なんだろうな。それにしても、そんなんアリ? おかしくない?
「葉っぱを動かせたりするってことですか?」
「動く、というほどは動きません。地味なものです」
「是非拝見したいです」
「俺も見たい」
熱烈なリクエストを受け、ナヴァト忍者は大きめの葉っぱを実際に動かして見せてくれた。
……動いて……る? わかんないぞ!
「ごめんなさい、ほんとにわかりません」
「いや、たしかに少し動いた……これは繊細な技術だな」
珍しくリートがストレートに褒め、この数日でこれがいかにレアなことかを学んだらしいナヴァト忍者が、ものすごく得意げな顔になった。
「自分を見えなくするよりも、難易度は高めです」
「しかしまぁ、この動きは……たとえばルルベルが同じ魔法を使えたとしても、活かせないだろうな」
「……うん」
こんな微妙な動きで、わたしのガサツな移動をごまかせる気は! しない!
これはあくまで、ナヴァト忍者の天才的な隠密行動を、さらに精度アップさせるための技術だ。
「実用的なことを申し上げれば、いざというときは光を発して目眩しをした方が」
シェリリア殿下のご不興を買った、アレかぁ! たしかに、わたしが緊急退避するにあたっては、有効そうだ。
「それも、自分が食らってたら世話ないからな。光らせる前になんらかの合図がほしい」
「殿下とは指で合図をするか、俺が肩に手をかけることに決めていました」
指で合図……は、見てないと気がつかない。肩に手をかけるっていうのは、相手にもなにかやるぞと悟られる可能性はあるけど、まぁ、嫌でも気がつくだろうから有効だなぁ……。
「肩に手をかけるのは、わかりやすくていいな。ものごとは、できるだけ単純であるべきだ」
「では、同じようにしますか?」
「それだと、王子殿下には伝わるな……エーディリア嬢にもか?」
「そうですね。ご存じのはずです」
リートはわずかに眉根を寄せ、少し考えるようにした。
「うん。まぁ、同じでいいだろう。多少、手をあてる部位を変更したとしても、勘がよければわかってしまう。だったら、ナヴァトが慣れていてとっさにできる動作を、そのまま採用した方がいい」
「聖女様も、それでかまいませんか?」
「はい。それに――察してもらえることで、有利な展開になる可能性もあるかもだし!」
なにも、王子やエーディリア様が敵にまわる場面ばっか考えなくてもさ! 第三者的な敵がいて、そこに王子とエーディリア様もいるとしたら。ナヴァト忍者がわたしの肩に手をかけることで、王子とエーディリア様も目潰し閃光が来る、って身構えられるんじゃない?
それって、いいことじゃん。
「君の危機意識は、相変わらずだな」
「いやいや。入学当初に比べたら、ずいぶん高まったと思うよ?」
「あれは論外だ」
つまり、多少は成長していると……解釈していいよね! 確認したらディスられるに決まってるから、心で思うだけだけど!
「まぁ、多少訓練したからって、わたしが隠密行動できそうもないのはわかったよ」
「それは俺もわかった。呪符はまだ描くんだよな?」
「うん」
「じゃあ、つづきは描きながらだな。君らの手首も少しは休まっただろう」
なるほど、これは腱鞘炎予防のためのインターバルも兼ねていたのか! リートって口は悪いが、やることはやるタイプよね。
やることはやる男にうながされ、我々はまた実験室的なところに戻った。
わたしは聖属性呪符を描き足しまくるわけだが、リートとナヴァト忍者は違う。魔力玉の使用法を考案したり、練習したりするらしい。
「魔力玉を通すんじゃなく、使えっていってたよな?」
「術者の中に取り込んでは駄目だ、と」
リートは唸り、ナヴァト忍者は手の中にあるらしい魔力玉を凝視している。
ふたりには、それぞれSサイズの魔力玉を渡してある。どう使うかは、わたしも興味津々なのだが……残念なことに、呪符を描くのが忙しい。そして、魔力感知ができないということは、ふたりがなにをやってもわからない可能性が高い、ということでもある。
……おとなしく作業するよ。単純作業、なんにも考えなくていいから楽だよね。
一方、親衛隊のふたりは頭脳労働だ。
「使う……」
「取り込まずに魔法を使う、とは?」
ファビウス先輩、さらーっとやってたけど……すごいことだったのか。
まぁ、あのひとも天才少年枠だからな! ちょっと誇らしいの、我ながらどうかと思うが……すごいのはファビウス先輩であって、わたしではないのだが! でも。正直、誇らしい。どうしようもない。
「魔法って結局、自分の内側の力を扱うからな」
「はい」
「外にあるものを使う……属性を変化させずに? そんなことが可能なのか」
「ファビウス様は実践なさってました」
「失敗してくれれば、こんなことで悩まずに済んだのに」
おい! こら!
「外にあるということは、魔力覆いと原理が近いのでは?」
「魔力覆いか。そういえば、ファビウスの実演もそれだったな」
「自分の魔力を外に出して……一回、切り離してから操作してみると……」
「ひょっとしておまえ、器用だな?」
「はい」
「安心した。よし、その路線でやってみろ。俺は俺で〈血の拘束〉を応用するつもりで取り組んでみる」
「わかりました」
……というわけで、親衛隊ふたりは魔力玉をこねまわしはじめたらしい。わからんけど。
わたしはせっせと呪符を描く。これ印刷とかできないのかな〜。できないんだろうな……この呪符の場合、ほかならぬ聖属性の持ち主であるわたしが描くことで呪符の効果が上がるって話だから、描く、って部分が重要っぽいし。
どんなに飽きても描くしかないのだ。
だってこれで、吸血鬼の犠牲者の浄化がすんなりできるわけだし。その場ですぐ! って、大きいよね。
ちょっと立ちくらみがして、親切なイケメン通行人が介抱してくれたっぽい? ……で、被害が収束するんだぞ。素晴らしいよなぁ! ジェレンス先生もエルフ校長も、頑張ってるんだ。
悪いのは吸血鬼。そう、吸血鬼が悪い……わたしたちを嘲笑うかのように犠牲者の数だけ増やしつづける吸血鬼が、諸悪の根源である。
わたしが飽きるまで呪符を量産しなければならないのも! ぜんぶ吸血鬼のせい!
箪笥の角に小指をぶつけて悶絶したところをジェレンス先生に殴られてしまえ! あるいは階段を踏み外して脛を打ちつけるといい! 痛いぞ! 経験者談。
「……できた」
わたしがくだらないことを考えながら作業を進めているあいだに、まずナヴァト忍者が成功宣言。
……おいおい、さっきまで悩んでたんじゃなかったのか!
「できてるな」
「いえ……失敗かもしれません。変質している可能性が」
「うん? ……ああ、残置性と物理干渉性が弱まってるか」
「この速度で消えるとなると、やはり失敗かと」
「魔力の属性も計測できるか訊いておくべきだったな。いや、今訊こう」




