274 魔法が使えない者は根性で乗り越えろ
それからわたしたちは、いろんなことを話した。
わたしが話す量が多かったかなぁ……まぁ、おしゃべりだからしかたがない。
リートはリートなのでともかく、ナヴァト忍者の方は少し友好度が上がったと思う。なんかこう……仕えるべき相手として認めてもらえた、っていうか? それなりに。
たぶん、気もちを切り替えたんだろうな……。
わたしがうまくやったとかではなく、ナヴァト忍者本人の心の中での問題って感じがした。
当初を思えば、わずか数日でナヴァト忍者は頑張った! すごい!
「聖女様は、入学までまったく魔法の鍛錬はしておられなかった?」
「はい、その通りですよ」
これくらいの応答なら描きながらできるので、わたしは聖属性呪符を作り増している。毎晩すごい量を消費されてるから、いくらあってもたりない。
ナヴァト忍者は基礎図形の練習、リートは例の図形と言葉の対照表を作り直していた――ファビウス先輩にダメ出しを食らったらしい。……ファビウス先輩、そういうとこ厳しそうだからなー!
「なのに、もうこれだけ呪符をお描きになれる……」
「上達してるのは『これだけ』ですけどね。ほかに、実効性がある呪符を描く練習をしてないですから」
「俺は、なにひとつ描けませんから。聞いたところでは、隊長も不得意だそうですし」
まぁね。リートが描いた呪符って発動しないもんね……円が円じゃないから。
「難しいですよね、呪符魔法。わたしも、もっといろいろ勉強したいところなんです。ほら、聖属性魔法って、魔王とその眷属にしか効果がないでしょう? だから、自分の身を守るためにも、呪符魔法が必要なんですよね」
「なるほど」
「でも、これを描くのが忙しくて……。ほかのことまで手が回らないです。ナヴァト様が――」
「呼び捨てで」
うぐっ。チェック入った!
「――ナヴァトが本気で学びはじめたら、すぐ追い越されてしまいます! 以上!」
「聖女様のご期待に添うよう、努力します」
「いや、手首だいじに、でお願いします」
「ご安心ください」
……そこは安心できないかなー!
と思っていると、リートが話に入ってきた。
「俺の意見をいってもいいか?」
「どうぞ」
「君は呪符魔法より、魔力感知の復活に本腰を入れた方がいい」
「……そりゃもちろん、できればしたいよ。でも、どうすればいいかわからないんだもの。……ナヴァト様は、なにかご存じではないですか? 失った魔力感知を取り戻す方法、とか」
ナヴァト忍者は少し眉根を寄せてから、こう答えた。
「いえ、申しわけありません」
「やっぱりそうですよねぇ」
「それと、呼び捨てで」
「……すみません」
「謝らなくていいですから、呼び捨てでもう一回」
拷問かよ!
「ナヴァトはなにか知りませんか! ……これでいいですか?」
「これでいいですか、は余分だ」
なぜかリートにダメ出しされた。ディスる機会は逃さないな、まったく!
「もういいでしょ、これは!」
「ああ、次は気をつけろ。騎士団なら、なにか伝わっている可能性があるかと思っていたが……なにもないのか?」
「俺が知る限りは。強いていえば――」
ここで、ナヴァト忍者は少し気まずそうに視線を逸らした。
やっぱり犬っぽいなー! なんだろう、この犬っぽさ!
「――魔法が使えない者は根性で乗り越えろ、といわれます」
リートがフンッと鼻息を荒くした。
これは馬鹿にしてるのか笑ってるのかどっちなんだ。リート博士のわたしですら判断に悩むところだ。うーん、両方かな!
まぁ、それはそれとして、ちょっと話が違わない?
「魔法が使えないっていうか、問題なのは魔力感知ですから」
「申しわけありません」
「いえ、謝っていただくようなことでは」
様子見謝罪――つまり、なにをどれだけ謝罪すべきか、距離感をはかっているわけだよ――の応酬をくり返す我々をよそに、リートは本来の話題をはずれなかった。
「じゃあ、あっちに手を回すしかないな」
「……あっち?」
わたしが問うと、リートは顔をしかめた。自分で持ち出したくせに、すごく嫌そうだ。ある意味、レアな表情である。
「エルフだ」
「……えっ? エルフがなにか知ってるの?」
「知ってるかどうか、尋ねてないだろう。解決したいと本気でたのんだことがあるか?」
ちょっと考えてみたが、わからないな……。いろんなことがあったし。エルフ校長にストレートに相談したっけ? いやマジでわかんない! わかんないけどさぁ。
「でも、わたしが魔力感知を失ってること、校長先生は知ってるでしょ?」
「知ってはいるだろう。だが、解決に向けて積極的に尽力しようとは思っていないかもしれない。魔力感知を失ってる方が都合がいい、くらい考えかねないからな」
「なんでよ」
「危ないからエルフの里へいらっしゃい、と誘導するのに使えるからだ。直接相談されたり問題解決を依頼されたりしない限り、自発的に教えたりはしないだろう」
「あの」
ここでナヴァト忍者が割って入った。
「なんだ?」
「校長先生は、聖女様をエルフの里にお連れしようとお考えなのですか?」
エルフ校長のスタンスは、人間社会を見捨てかねないあたりをフラフラしてて、最近この国の王族に絶望している――とは、ナヴァト忍者には教えない方がいいだろうなぁ。
と、判断して、わたしは肩をすくめた。
「たぶん。……エルフにとって、聖属性魔法使いって特別なものらしくて。あっ、でもね、無理矢理っていうのはないの! それはないので……校長先生も、そこは理解してくださってるし」
「無理強いはしないが、望んではいる……と」
ここはナヴァト忍者にも知っておいてもらった方がいいだろうし、素直に答えよう。
「まぁ、うん。そう。まとめると、そうなります」
「聖女様のお気もちは、どうなのですか?」
「気もちって? エルフの里に行きたいかどうか、ってことですか?」
「はい」
「それは……たまに、なにもかも嫌になって逃げ出したいと思うことはありますけど、エルフの里はちょっと……行きたくないかなぁ。気が抜けないので」
「行ったことがおありなのですか?」
「それは、……はい。なりゆきで」
「すごいですね」
「すごくはないです。あっ、エルフの里はすごかったです。なにもかも美しくて」
問題は、それを表現する語彙も文章力もない、ということだ。
「どんな場所なのですか?」
……あれっ。ナヴァト忍者、エルフの里に興味あるっぽい?
つまり、語彙がなくても説明してあげた方がいいのか。えっ無理じゃない?
とはいえ期待に満ちた眼差しを無視するわけにもいかず、わたしはできるだけ丁寧に、エルフの里がいかに美しいかを説明した。すべてが芸術で、すべてが自然に溶け込んでいて。あと、光がなんか独特だった。もちろん、出会ったエルフも美しかったという話ははずせない。
まぁ……美しかった、と表現するしかないんだけどな!
「実際問題、いざというときの避難場所としては、ありだと思う」
リートが話を実際問題に集約してくれて、ある意味、助かったよね。このままだと、うまく表現できない美をなんとか伝えようとして、へっぽこ詩人モードに突入しそうだったから!
「あー……それはそうかもしれないね」
「かもしれない、じゃない。確実にそうだ。エルフは魔王の眷属が使う魔法に耐性がある。吸血鬼に血を吸われることもなければ、巨人の穢れに汚染されることもない。それに、多くはすぐれた魔法使いでもあり、武術の達人でもある」
「えっ、そうなの? ……いや魔法使いはわかるけど、武術って」
「意外でもなんでもないだろう」
「いやいや、意外だよ?」
「君はわかってないな。やつらは暇だ」
……そういう! 理由か!
「やつら……」
ナヴァト忍者は、リートの無造作過ぎる言葉遣いにショックを受けているようだ。
そりゃそうか。エルフの里って言葉だけで、憧れわくわく感を醸し出してたんだもんな。なんらかのドリームがあるに違いない。
……悪いけど、実際にエルフとかかわる場面がありそうなことを考えると、ドリームは捨ててもらう必要がある。
「あのね。だいじなことを教えておきますね。エルフは根に持つ長命種ですよ」
「根に持つ……」
「やつらは記憶がいい。忘れないんだ」
リートが加勢してくれたが、ナヴァト忍者は半信半疑という顔だ。
「人間が世代交代して忘れちゃうようなことも、エルフはぜんぶ覚えてるの。だから、たとえば――二百年前の約束が破られた、って気分を害したりします。わたしたちが気がつかないようなことで、静かに、真剣に、怒ってたりするって考えた方がいいです」
「もちろん、今日なにか気に障ることがあれば、あと百年でも二百年でも覚えたままだ。けっして忘れないぞ、やつらは」
……あらためて説明すると、ホラーだな!




