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272 これも信頼関係構築作業のひとつだね

 忍者には、今後は夜のお茶会のときに中庭には入らないでほしいとお願いした。

 いかに聖女にプライヴェートがなかろうとも、その……これはさぁ! 死守したいラインじゃん! 一応ほら……健全な深夜デートも兼ねてるわけ!

 ナヴァト忍者は不服そうだったが、研究室の防護システムにはそれなりの信頼があるらしく、最終的には引き下がってくれた。

 わたしが交渉しているあいだ、ファビウス先輩は面白そうに眺めてた。


「これも信頼関係構築作業のひとつだね」


 という評価をいただきましたが、そうなの? そうなのかな。そうかも。

 まぁとにかく。

 翌日、わたしは溜まってしまった聖属性呪符作成任務にいそしみ、リートとナヴァト忍者は連携についての話し合いをつづけていた。同じ部屋にいるから会話の内容は聞こえるけど、リートってさぁ……ほんっと、リートだよね!

 相手はつい一昨日まで宮廷騎士団の団員で、天才少年の呼び声も高く、シェリリア殿下にまで認識されてる有名人よ? なのに、なんでリートの方が偉そうなのよ。

 たしかに聖女の護衛としては先任になるわけだけども、それだけでこんな偉そうにできるの、一種の才能じゃない?


「敵が魔力感知に長けていると、君の手法では意味がないだろう」

「ほとんどの場合、気づかれることはないが」

「昨日、気づかれる場面を見たばかりだぞ。危機意識が低い」


 出た、危機意識! リートに満足される危機意識って、どんだけよ。危機意識の最高峰をきわめても駄目な気がするよ……絶対、やり過ぎだっていわれるに決まってるんだよなー、はい正解、わたし知ってる!


「ナヴァト様、リートのいうことは気にし過ぎない方がいいですよ」

「余計なことをいうな。気にする必要があるから指摘している。君は自分の仕事をしたまえ」

「余計なことじゃないですぅ〜、リートはうるさ過ぎるんですぅ〜、それにわたしはちゃんと呪符を描きながら喋ってますぅ〜、リートより結果を出してますぅ〜」


 リートは、大きくため息をついた。そして、なぜかナヴァト忍者に同意を求めた。


「聞いたか? この子どもっぽいのが俺たちの雇用主だ。賢明さは期待できないと考えるべきなのは、わかっただろう」


 失礼ね! たしかに賢明さについては……自信ないけど!


「わたしが賢明じゃなくてもいいの。リートは賢明なんでしょ」

「だからなんだ」


 賢明だといわれて謙遜しないリートがマジでリート!


「役割分担だよ。これからリートとナヴァト様は親衛隊として常時行動をともにするわけでしょ? わたしと。だったら、それぞれが自分のできることをちゃんとやるしかないじゃない。それには、お互いに相手がなにをやるか、やりそうかを把握するといいと思うんだよね」


 さすがに、わたしは手を止めた。この呪符、そんなに簡単な図形じゃないからね。

 リートとナヴァト忍者がおとなしくわたしの発言を聞いているようなので、先をつづける。


「たしかに今のは子どもっぽかったよ。でも、自分がどんな人間かをごまかしても、しかたなくない? そりゃ、公的な場では聖女らしい言動をこころがけるけど。いざというときには、素が出ると思うんだよね。だから、本質をとらえておいてほしいというか……弱点を守ってもらうためには、なにが弱点かを知らせておくべきでしょ」

「ずいぶん都合のいい話だな」


 さっそく、リートが馬鹿にしたような態度で言葉を返してきたけど、わたしは気にしないよ。だってリートがちゃんと返事をしたってことは、わたしの発言内容を聞いて、吟味してるってことだもの。

 しかもこの反応。リートなのに否定してない――一理あるとは思ったけど、すんなり認められない性格だから、こうなってるわけ。

 リート、見切ったり! ……もうマジでわたし、リート博士よ。博士号とれる自信があるね! 論文は書きたくないけど。


「それでね、なにができるってことに限らず、なにができないって話もしておくべきじゃないかと思うんだよね」

「できないことを挙げていったら、きりがないと思いますが……」


 ナヴァト忍者が遠慮がちに指摘したので、うんうんとうなずいて返す。


「ですよね。だから、特に無理ってことを共有しておくのがいいと思うんです。たとえばわたし、貝が嫌いなんですよ……お祭りでよく売ってるじゃないですか、酒蒸しの」

「ああ、あれか。うまいじゃないか」

「すみません、俺はちょっとわからないです」


 う〜ん、文化ギャップ! しかしリートはわかるんだな。ある程度、平民の暮らしもしてるってことね。


「ナヴァト様は、お祭りの屋台巡りをしたりとかは……?」

「したことがないです。お祭りというのはその……申しわけありません、下々《しもじも》の者のための愉しみであると教えられておりまして」

「なるほど……」


 前にもいったと思うけど、この国の宗教はゆるい。少なくとも下町レベルでは、ちょっと運が必要なときに神頼みで祈るとか、遠くの家族や恋人の無事を祈るとか……そういう暮らしに密着した現世利益的なお祈りの対象として神が存在し、神殿があるって感じ。

 お祭りも宗教的な儀式ってよりは、季節ごとの行事なのよ。年中行事!

 上流のひとたちが、そのへんどういう認識なのかは知らなかったけど……そういう感じかぁ。

 この国で宗教があまり重んじられていないことは、確実だな。それはそれで、わたしは嫌じゃないけどね。宗教と政治が結託したりすると大変なのは、前世の知識としてこう……ね? いろいろあったしさ!


「君の家は厳しかったんだな」


 リートが雑な評価をくだすと、ナヴァト忍者はなんともいえない顔をした。

 いや〜、リートを見慣れてるせいで、ナヴァト忍者がすっごい表情ゆたかに思えるな! 実はそんなこともないんだけど。


「それほどでも……」

「おそらくだが、祭りといえば羽目を外すものと考え、忌避していたのだろう。貴族でも、街に繰り出して飲んだり歌ったりすることはあるからな」

「そうなんだ?」

「そういうものだ。ナヴァトの家は、武人としておのれを律することに重きを置いているに違いない」

「……それは……その通りだ」


 ここでシンプルな疑問が浮かんだので、質問してみることにした。前から気になってたし、いい機会だろう。


「ナヴァト様は、貴族のお生まれでいらっしゃるんですよね?」

「はい。父は男爵です。俺は次男ですので男爵位は継ぎませんが」

「……なるほど、それで騎士団に固執していたんだな」


 どゆこと? って顔でリートを見ると、デリカシーのない説明がズバッと出てきた。


「王宮騎士団に在籍していれば、騎士爵を得るのはほぼ確実だ。騎士爵は一代限りのものだが、それでもれっきとした貴族ではある。貴族でいたければ、有効な選択だ」


 貴族の子は、後継ぎ以外は立ち位置が微妙になる……とは知ってるけど。我が国、王族以外は直系男子相続で、次男以下は行き場がないのよね。婿養子システムが存在しないのよ。息子がいなければ一族を辿って相続できる者を探し、みつからなければ爵位返上である。

 あと、貴族出身という誇りを捨てない限り、商売人に身を転じるわけにもいかないんですって。貴族ともあろうものがガツガツと金を稼ぐために働くのはみっともない、という価値観があるらしくてね。前世日本風にいうと「武士は食わねど高楊枝」ってやつだ。


 ぶっちゃけ、ド平民には縁のない世界の話なわけで、ピンとこない。


 騎士爵を得るって、そんな重要なの? 貴族の生まれなんだし、爵位を継げなくても貴族扱いされるんじゃないの? なんか違いがあるのかな? わからねぇぇ!

 ……と、思ったが。さすがに微妙な話題であることはわかるので、わたしは黙ってナヴァト忍者を見た。もちろん、不快度をはかるためである。

 ぱっと見、とくに表情はなかったが――逆に、これまずいんじゃないかな! というのが我が直感である。リートと違って、ナヴァト忍者に関してはまだ博士論文書けそうもないから……そこまで自信ないけど。


「失礼かもしれないことを申し上げても、いいでしょうか?」

「どうぞ。……その代わり、俺からも失礼になりかねないことを申し上げます」


 おっと。攻めの姿勢だ!

 わたしは背筋をのばし、あらためてナヴァト忍者に向き直る。


「それが――つまり、騎士爵の獲得がお望みなのでしたら、わたしから王宮にはたらきかけることも可能だと思います。ゆくゆくは、ということですけども」


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