270 わたしは、なにかやることないですか?
で、そのあとどうなったかというと、連携の考案&練習会になった。
リートとナヴァト忍者がお互いにできることを開示し、これとこれを組み合わせたら相乗効果で強くなるんじゃないかとか、わたしを緊急退避させるときの優先順位――つまり、どっちがわたしを抱えて逃げる側で、どっちが足止めをする役割を負うのが生存率が上がるか――とか、いろいろ話したよね。
聖属性魔力による覆いを護衛にもかけられるか? の検証作業もあった。
結論からいって、できなかったけどね! 自分を覆う感覚を叩き込むのだって大変だったんだぞ! 他人にやってみて、っていわれて即やれるわけあるかーい!
……しかし、このままではわたしが役立たず過ぎる。そこで、ひらめいたことを発言してみた。
「ナヴァト様にも魔力玉をお渡ししておくのはどうでしょう?」
「魔力玉……とは?」
当惑気味のナヴァト忍者には、実物を確認してもらえばいいだろう。
「今、リートが三個持ち歩いてます」
そう。毎日計測して、安全マージンをじゅうぶんにとった上で、三個までならリートに持たせてもいいだろう……って話になってるのだ。
なるほど、とファビウス先輩もうなずく。
「悪くないかもね。敵が魔王の眷属なら、魔力玉を投げつけるだけでもなんらかの効果が見込めるだろうし」
「しかし、ナヴァトの魔力は潤沢です。これは、魔力に乏しい俺のための最後の手段ですので」
リート……。なりふりかまわず、既得権益を守りに来たな! さすがだ!
「二対一で分けて持つのが合理的だね。一緒に行動できるあいだは、必要ならナヴァトに要求して使わせてもらえばいいだろう。別れて行動する必要が生じた場合は、それぞれが持っていた方が安心だ。リート、一個渡して」
ファビウス先輩の指示に、リートが渋々とポケットから魔力玉を取り出した……らしい。わたしには感じられないから、わからんけどね! そのまま、ナヴァト忍者に手渡す。
「これが……? いったい、どういうものなのですか?」
「わたしの魔力をこう……丸くしたものです」
ナヴァト忍者は、自分のてのひらの上にあるらしい魔力玉をまじまじと見て、それからわたしに視線を戻した。
「どうやって? こんな……手触りのあるものを?」
さっきから発言の語尾がぜんぶ疑問符つきだが、そんなの訊かれても知らんがな!
「聖属性魔力は残置性が高いという特色があるのかもしれないです」
「それと、物理的な特性を持たせることが容易、っていうことだけど……今の時代、知られている聖属性魔法使いはルルベルだけだ。聖属性の魔力がすべてこうなのかは不明だよ。ただ、少なくともルルベルの魔力は特殊、ってことは覚えておいて」
「……はい。これが、聖属性の……魔力なのですね」
あの。
今まで、そこはかとなーく、命令だからしかたなく聖女の親衛隊やるわって雰囲気だったよね?
それがなに? 魔力玉を見たら急にこう、なんか……聖女様さすが聖女様! みたいな印象に変化したのだが、どういうこと? わたしの魔力玉ってそんなに特殊なの?
いやたしかにね? 残置性が高いとはいわれてたけどね? 物理干渉も独特みたいな話あったけどね? ほかのひとの魔力玉がどこまでどんな感じかわからないから実感がないんだよね! リートが作るやつだって、即消えってほどじゃなかったし。いやまぁ……じきに消えちゃうんだけども。
わたしがそんなことを考えているあいだに、ナヴァト忍者も自分の考えを決めたらしい。
「もったいなくて投げられません」
「やはり俺が持っていた方がいいでしょう」
強引に話を持って行く、さすがリート!
「なにも投げると決めなくていいんだよ。ここまで特性の強い魔力なら、聖属性魔力として魔法に転用できる可能性もあるし」
「えっ」
ナヴァト忍者とわたしが同時に声をあげ、リートが顔をしかめた。
「試してみたことがありますが、うまくいきませんでした」
実験済みかよ! いつの間にそんなことやったんだよ! 報告しとけよ!
「具体的に、なにをどうやったの?」
「浄化を真似ました。保健室の保管所に、吸血鬼の血を再現したものがあるので、魔力玉を通して――」
「通すんじゃ駄目じゃない? 使わなきゃ」
「――そうでしょうか」
「そうだよ。それと術者の中に取り込んじゃ駄目だ。魔力の性質が変化してしまうからね。ナヴァト、それいい?」
「はい」
ナヴァト忍者の手から魔力玉を取ったらしい動きをして、ファビウス先輩はその手を静かに握った。
よくわからないけど……なにかが起きているのだろうか? ナヴァト忍者は眼をみはってるし、リートも黙って凝視してる……つまり、リートが見るに値することが生じてるのだ。魔力関連で!
もちろん! わたしには、わからん!
……なんなのー、この損した感!
もとは、わたしの魔力なのに!
「ちょっと量がたりないから、部分しか覆えないな」
というファビウス先輩の発言から類推するに、おそらく魔力覆いを試みたのだろう。
「属性は変化してないですか?」
「自分の属性にはなってないね。扱うのが難しいし」
質問したのはリートで、ナヴァト忍者は無言である。なんか感心はしてるっぽいけど。
「全身覆えないのでは、意味がないです」
「魔力玉の可能性は無限大だと理解してもらえればいいよ。君らは魔力制御に長けているんだから、練習すれば今の僕がやった程度のことはできるだろうし。応用も考えられるだろう? たとえば、短剣のような形状にするとか。これだけ物理干渉ができる魔力なら、そういった使いかたも視野に入れられる。……ルルベル」
「はい、なんでしょう」
「明日から、小さめの魔力玉を追加で二個作って、リートとナヴァトに一個ずつ渡して。で、君らはそれぞれ練習に使う。温存は、なし。毎日使い切って、まず自分の中に入れずに魔力だけを操作する感覚を掴むんだ。なにか発見があったらすぐ報告する。どう?」
「わかりました」
「はい」
リートが、魔力玉を余分にもらえる話に否というはずがない。ナヴァト忍者も、かなり興味津々って顔だ。
……そっかー。そんなに特別なのか、わたしの魔力玉。
なんだか評価された気がして顔がにやけたものの、すぐ真顔に戻ってしまった。
だってさ……魔力玉がすごくても、わたし自身はそれを利用できないんだからな……。
「わたしは、なにかやることないですか? 魔力玉を余分に作るだけ?」
「リートとナヴァトを観察するといいんじゃないかな。護衛する側、される側の意思疎通が問題になる場面って、多いと思うから」
「なるほど……」
「一応いっておくけど、君自身は戦闘に参加しようと思わないのが重要だよ」
「……」
どうやったら力になれるのかについて考えていたことは、黙秘しよう!
というか、お見通しだな!
「ウィブル先生なら、ひとには向き不向きがあるって話すかな」
「向き不向き、ですか?」
「ルルベル、君は戦闘には向いていない。すぐ相手に同情するから」
ざっくりしてるけど説得力あるー!
たしかに。相手に同情しながら戦闘するって、難易度高そう。
「……そうですね」
「同情するな、とはいわないよ。ただ、敵への同情が命取りになりかねない場面、一瞬の判断が問われるときに、君は前面に立っていてはいけないひとだ。リートはわかってるね? ナヴァトも」
「はい」
ふたり揃って、良いお返事ですこと!
わたしはこう……なんていうか、なんともいいがたい気分だよ!
敵に情けをかけてしまうだろうっていわれるの、否定できないしさ。そもそも、敵ってなんなの? 味方になろうよ! って思考回路だという自覚はある。
戦闘向きじゃないなら、なんなんだ。交渉向き? ……いや〜、ないな。それもない!
結局、わたしにできることって、なんなんだろうなぁ……。
「そうだな……。隠された状態で静かに移動する練習は、した方がいいかも」
「隠された状態ですか?」
「そう。リートは生属性で、ナヴァトは光属性で、それぞれ隠密行動ができる。それを君にも使えるよね、やろうと思えば」
「……ああ! そう……ですね?」
なんとなく疑問系になってしまったのは、ほんとにできるのか知らんからだが。
「俺はできる」
「俺もです」
肯定されてしまった。なるほど……たとえ見えなくしてもらっても、粗忽者らしく物を倒したり誰かにぶつかったりしたら終わりだ。慎重に、静かに、そして素早く動けるようになる必要があるだろう。
……なんか、わたし苦手分野な気がするー!
「じゃあ、練習してみようか。一体感を得るのにも役立ちそうだしね」




