269 言葉のゆるみは気のゆるみ
また急な休みが入ってしまいました。
どうやらエアコンが壊れている可能性が高まり、修理点検をお願いしたところ、まぁ当然ですけどすぐには無理っぽく。
当面は、高温気味の部屋で無理せず暮らすことを優先しますので、休んだら「あ〜、暑かったんだね」とご理解いただければ幸いです。
しかし、誰も勝ってない……では、精神年齢中二男子どもの鬱憤が晴れたとはいいがたい気がする。
そのへんどうなの? とわたしが視線をやったのは、本人たちではなくファビウス先輩である。
だって本人たちに訊いても無駄な気しかしなくない? さっきだって、どっちでもいいとか、聖女様の御心のままにとか、そういう態度だったもの。
よく考えると、あの返答。どっちも「自分の意志」がなかった。
「さて。互いの実力の一端は掴めた……だろうね?」
だろうね? のところに圧を感じる。まさか考えてなかったってことはないよね? だとすると無能の烙印を押すしかないけど、わかるよね? みたいな雰囲気だ。
「はい」
「ある程度は」
留保をつけたのは、リートである。わたしには、わかる。これ、警戒してる返事だよ。……なんかもうリート博士みたいになってきた! いらないよ、こんな専門知識!
よろしい、という感じにファビウス先輩はうなずいた。
「では、吸血鬼に襲われた場合、どういった連携がとれるかについて考えよう。昨日みたいに、ルルベルが誰かをかばう動きをすることもあるだろう。ルルベルだからね。そういう場合も、君たちがしっかり対応できるようにしなければならない。わかるね? もちろんルルベル、君自身もだ」
それはもう織り込み済みにしてしまうのか。まぁそうだな……わたしだもんな。
「はい……でも、そんなことが可能でしょうか?」
「可能じゃないなら、君をどこかに閉じ込めておく必要があるね」
実にあっさり、強烈だな!
絶句したわたしを無視して、ファビウス先輩は親衛隊どもを眺めた。
「昨今は吸血鬼を誘い出す目的で出歩いているわけだから、君らはその対策を真剣に考える必要がある。当然だけど、考えてはいるよね? ある程度は」
圧ぅー! ある程度はって、さっきのリートの留保を利用して攻め込んでる!
「連携については、考えていませんでした」
ナヴァト忍者が白状し、リートがつづいた。
「俺もです。個人としては、前回の〈血の拘束〉を使えないかと考えています」
「ああ、ウィブル先生の魔法か。ナヴァトは知らないだろうから、説明して」
あれかー。ファビウス先輩は、乗っ取り受けてたときに食らってるね……。
「はい。血の拘束とは、生属性魔法で強化した血液を紐状にし、それを吸血鬼にかけるものだ」
さくっとした説明だが、なんだろう、この……滲み出る偉そう感。さすがリート?
「血液で吸血鬼が拘束できるのか?」
「誰の血液か、による。前回は鞭に仕立てて、魔道具として扱った」
「ウィブル先生の血液ですよ」
わたしが説明を添える。国一番の生属性魔法使いの血液だからこそ、一瞬で吸血鬼を無力化できたんじゃないかと思うよね? 思うでしょ! わたしは思うよ。
リートの血液に、そこまでの力かあるかは知らん。いやでも、どうかなぁ……吸血鬼が苦手なエルフの血が混ざってるわけだし、効果あるのかも? どうだろう。
「魔法使いの血には魔力がこもっているというが、それを利用するのか」
「そういうことだ」
「隊長の血でも捕縛可能なのか?」
……おっ。隊長呼び!
わたしは意外だったけど、リートはなんの感慨もなく受け入れた。
「俺は可能だと想定している」
「失礼ながら、隊長の魔力量は低い方だと聞いた」
「学園の平均値を下回っていることは否定しない」
「それでも効果があると?」
リートは、ため息をついた。そして、すごく嫌そうな顔で告げた。
「俺は、四分の一エルフだ。吸血鬼はエルフの血を嫌う。よって、効果は上げられると考える」
「エルフ?」
「そうだ。いちいち訊き返すな。俺は自分にエルフの血が混ざっていることが気に食わない。必要と考えたから教えるが、つとめに関係ないところでこの話題を持ち出さないことを望む」
「……心得た」
こういうとき、イケボは強い。ただの肯定の返事なのに、妙に信じられる。
いやまぁ、わたしが信じてもリートが信じないと意味ないけど。たぶんリートにいわせれば「俺が信じるか否かは問題ではなく、ナヴァトがその約束を守るかどうかが問題だ」って感じだろうな。
あーもーほんと嫌、なにこのリート博士ぶり!
「それは、俺の血でも作れるのか?」
「できるとは思うが、大量の血が必要だ。君は失血せずに戦う方がいい」
「隊長は?」
「俺は生属性だ。造血も魔法で補助できる。自分の身体であればな。だが、君の血液を増やすとなると、かなり手間だ。不可能とは思わないが、効率はよくない。そして、君も知っているように、俺の魔力量は多くはない」
「なるほど、わかった。では次の質問だが、それは鞭以外の武器にも仕立てられるのか?」
……と、話し合いはどんどん進んだ。
対吸血鬼戦で効果をあげた実績がある〈血の拘束〉は有望な攻撃・拘束手段。リートの血でも効果があるかどうかは、ファビウス先輩から人体――吸血鬼体?――実験チームに連絡して検証の機会を求めることで話がついた。一応、ナヴァト忍者の血液でも試してみるらしい。
吸血鬼よ……気の毒になぁ……いや大勢の人命を奪った存在であることはわかってるけど、それにしても……。
駄目だ、こういうこと考えるから、ルルベルはなんでも許すっていわれちゃうんだ。
無責任に「かわいそ〜」みたいなスタンスでいるのは! 禁止!
「君は俺の魔力量を知っていたようだが、俺は君の魔力量を知らん。そのへんはどうなんだ?」
「魔力量は潤沢な方だ。回復力も高い。恵まれていると思う」
「なるほどな。では、姿を消しながらそれ以外の魔法を使用することも?」
「可能だ。姿を消すのは自分の魔力で身体を覆うような感覚で、そもそも大した負担ではない」
「えっ、そうなの?」
思わず割り込んじゃったよ。
「はい、俺にとっては簡単なことです、聖女様」
「いやその……聖女様はやめてください。ルルベルと」
たのんでみると、ナヴァト忍者はわずかに顔をしかめた。あ、嫌なんだな?
「上下の別は、わきまえたく存じます。言葉のゆるみは気のゆるみ。そして、おこないのゆるみに通じますゆえ」
「でも、リートもわたしのこと名前で呼びますし」
「場面によっては変更する」
すかさず注釈を入れたのは、リート本人である。
あーそーね。護衛ムーヴもするし、聖女様呼びもするよね……。
「俺はそんなに器用ではないので」
「ナヴァト様……わたし、申し上げましたよね? 上下関係の構築は無理です、って。無条件で従われるのとか、なんか高貴な存在みたいに持ち上げられるのとか、わたしは苦手です。馴染めません。ですから――」
「ですが、聖女様は聖女様です」
頑なだな! なんか譲れないポイントがあるのかな。
「ルルベル、無理強いはよくない」
「え。リートにしては思いやりに満ちたことをいうのね?」
「では、君が理解しやすいように表現しようか。場面によって呼び替えるのが難しいなら、公式な場で望ましい呼びかたを優先して採択すべきだ」
「つまり、聖女様……?」
「そういうことだ。うっかり重要な場面で名前呼びされても困るだろう」
「困るの?」
「困る」
……わからん。平民感覚だと、そもそも位階みたいなものがないから……名前呼びしか存在しないもんな!
なお、この世界では平民が苗字で呼び合うことは多くはないよ。名前を知ってる相手なら名前呼び。苗字は一応あるけど、あんまり使わない。必要がないからね。
あーでも上流寄りの平民だと、また事情が違うのかな。わたしは知らんけど。
「……じゃあ聖女様呼びでもいいですけど、わたしは上下関係を考えるのが苦手だということは、覚えておいてくださいね」
「それはもう、理解しております」
……あーねー。そーねー。
だってわたしって、アレよね! 頭の中がお花畑のピンク髪主人公ちゃんらしい行動を、ばんばんやってるからね! 礼儀知らずで常識のない、無邪気といえばまだ聞こえがいい……っていう。
ちょっと笑顔が引き攣りかけたわたしの横で、ファビウス先輩が口を開いた。
「話を戻してもいいかな? リートがいう〈血の拘束〉は、出血して魔力を練る必要がある。それに、リートはウィブル先生ほどの大量出血には耐えられないはずだ。総合すると、〈血の拘束〉を使えるのは十分に事前準備ができる場合か、リートが深手を負ってしまった場面くらいだろう。負傷を逆手にとって、相手の油断を誘ってからの一撃……といったところかな。とにかく、急襲を受けた場面で使える戦法も考えないと」




