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267 不殺をつらぬいた方が、受けがいいと思うんだよね

 シェリリア殿下曰く「さんざん爆発させた」部屋は、それなりに遠かった。


「屋根とか窓とか吹き飛ばしたりしたんですか?」

「窓は吹き飛んだよ」


 そんなわけないでしょって返しを予測していたわたしは、えっ、という声さえ出なかった。爆発ってマジじゃん……。


「お怪我はなかったんですか?」

「自分を防護する魔法は使ってたからね。建物まで被害が及ぶとは思ってなくて、姉上には睨まれたよ。怖かったなぁ」


 ぜんぜん怖くなさそうな口調だけど、正直、わたしはシェリリア殿下には睨まれたくないですね……マジで怖そう。


「その失敗を踏まえて、設備をととのえられた……と」

「そういうこと。未使用のときも空中から魔力を取り込んで、一定量までは貯蓄してるから、爆発の連続にも耐えられるはずだよ。今回は僕と君が追加で魔力供給できるし、魔法戦になっても建物が壊れたりはしないかな――」


 またしても声さえ出ないわたしの横で、ファビウス先輩は肩をすくめた。


「――君の親衛隊の場合、どう戦うにしても、周辺への被害は最小限にとどめる必要があるけどね。護衛対象に害を及ばさない動きの徹底はもちろんだけど、たとえば、君を襲ってきた相手も生け捕りをまず狙ってほしいし。死者から情報を抜き取るのは大変だから」


 ……できない、ではなく。大変って表現なの?


「あの」

「なに?」

「死者から情報を抜き取るとおっしゃいますのは……?」

「ああ、それは研究所で開発中の技術だよ。まだ不確定要素が多くてね。例の吸血鬼が実にいい実験体になって、飛躍的に研究が進んでるところ。僕が見たところ、遠からずある程度の確度に仕上がるんじゃないかな」

「そ……そうですか」


 研究所ってマッドなサイエンティストの集まりだという情報、いつも忘れてるけど……たまに思いださせてもらえるよね!

 そっかー、吸血鬼は死体の代替品として使われてるのかー。うわー……。


「でも、生かしておく方が圧倒的に使い途が多いからね。情報を引き出すだけじゃない。寝返らせたり、あるいは敵との交渉に使ったり。心理戦にも使える」

「なるほど」


 さすがに人道的な問題から生け捕りにするとまでは思ってなかったけど、使い途ね……いろいろあるんだね……。


「それと、これは聖女の親衛隊に限っての話なんだけど」

「なんでしょう」

「不殺をつらぬいた方が、受けがいいと思うんだよね」


 ……なるほど。


「あの、それもわかるんですけど。すごく正直にいって……わたしの身を守るためとはいえ、身近で誰かが命を落とすのは……嫌なんです」

「そうだね」


 君ならそういうと思ってたよ、って雰囲気満点でうなずかれて、まぁはい、その通りでございますよと思うしかない。その通りでございますよ!

 だって、嫌じゃん!

 このあいだは、流れたのが自分の血だったから我慢できたのである。

 あれがたとえば、かばうのが間に合わなくてファビウス先輩が怪我をした……とかが許せないのは当然だけど。でも、ほかの誰だって避けたい。

 もちろん、命を奪うなんて論外。それがたとえ、わたしを狙った刺客だったとしても。

 たぶん、わたしはすごく嫌なんだ。自分のせいで誰かが死ぬ、殺されてしまうって状況が。考えたくもないほど。


「でも、その……息の根を止めるつもりで戦うより、生かして捕らえる方がすごく大変で難しい、って聞いたことがあります」

「その通りだね。だけど、できる範囲では頑張ってもらうしかない。そのために、実力でいえば最高の人材を揃えたんだ。ただまぁ、どんなに素質がよくても、活かせなければ意味がないからね。まず互いを知り、信頼を深め、連携が取れるように成長する必要がある」

「つまり、これが第一歩ってことですか? その……勝負のつづき、みたいなのが?」

「そう考えられるかどうかが、まず、問われている。ってことだね」


 わたしとの会話で遠回しに護衛二名に圧をかけてるよね、これ……。

 なんていうか、さすファビ案件?


 でも、ファビウス先輩がいってることは、正しい。ひとりずつの能力が高くても連携して動けないチームと、能力はほどほどでも阿吽の呼吸で動けるチームとでは、後者の方が強い。

 なんでって、人間はふたり以上いると無意識に「自分以外の力」をあてにするから。これは前世の社会心理学かなにかの知識だが、なにが怖いってこれ、自覚のない手抜きなので、本人は全力でやってるつもりなのである。……なんだけど、実は、ひとりでやってるときの全力に及ばない力しか出せなくなっちゃうのだ。信頼も連携もしてない集団の総合力は、従って、個々人の実力を加算したものより低くなるのが通常。

 逆に同僚の力を知り尽くしてると、ここは自分がやるべきとか、こっちは相手にまかせるべきといった分担が明確になる。つまり、責任の所在がはっきりするのだ。それぞれが分担を意識することで、ちゃんと実力を発揮できる……とかなんとか。まぁ熟練のチームが強いことの理屈は、そんな感じだと思う。

 あと、応援があると力が引き出されるって研究もあったんじゃなかったかな。

 ……ひょっとして、わたしは応援のプロになるべき?


 そんなことを考えているあいだに、問題の対爆発対策済みの部屋に到着した。


「ルルベル、僕に采配を預けてくれる?」

「え? はい、どうぞ」


 よくわかりませんけども! さすファビだから大丈夫という絶大な信頼とともに、こくこくうなずく。

 ファビウス先輩は、並んで立っているリートとナヴァトに向き直った。


「まず、お互いに傷をつけたら負けだと認識してくれ。つけられた方ではなく、つけた方が負けだ。僕とルルベルも室内で観戦するし、シェリリア殿下もおいでになる。もちろん、その三人の誰でも、傷をつけたら終わりだ。わかるね?」

「はい」


 ふたり揃っての返事って、はじめて聞いたかも……。どちらも表情は真面目である。

 ま、傷をつけるという点においては、すでに前例があるからな。あれを再現しちゃ駄目ってことは、よくわかっているだろう。


「魔法の使用は許可するけど、武器は禁止」


 そこでリートが反論した。


「失礼ですが、それではナヴァトに不利です」


 あっ。ナヴァト忍者が、カッチーンと来たって顔してる!


「問題ありません。素手での格闘も嗜んでおります」


 でも口調は冷静だ。よし、リート相手にカッとしても意味がないという悟りの境地への第一歩だ!

 わたしは、その道においての権威になりつつある気がしないでもない。


「俺は生属性だが?」

「問題ないといっている」


 すごい自信だな。これは生属性魔法使いのおそろしさを知らないがゆえなのか、それとも知ってても問題ないといえる実力があるのか。

 どっちかわからんけど、声はいい。マジで。


「ところで、まだご説明いただいていないのですが」


 リートが不毛な会話を切り上げ、ファビウス先輩に話を向けた。


「なに?」

「敗北条件は聞きました。勝利条件はなんでしょうか?」

「さすがリートだね、気がついたか」

「……ごまかすおつもりでしたか」


 わたし全然、気がついてなかったわー! ちらっと見た感じ、ナヴァト忍者はちゃんと気がついてたっぽい。少なくとも、わたしみたいにびっくりはしてない。

 ファビウス先輩は余裕の表情でこう答えた。


「気がつかなければね。では、ちゃんと決めようか。ところで、君ら自身はなにを勝利と感じるのかな?」


 この問いには、リートもナヴァトも即座に答えることはできないようだった。

 たしかになぁ……前もって、お互いの実力を知るための戦いだって遠回しにいわれてるわけだし? でも、昨日の雪辱は果たしたいたろう。俺が上だ! ってやりたいだろう……。


「迷うくらいなら、わたしが決めましょう」


 声の主はもちろん、シェリリア殿下だ。さっきのレースひらひらガウンとは違う、もう少し動きやすそうなガウンにお召し替えなさっている……なるほど、スポーツ観戦ルックってこと?


「殿下、なにかお考えがおありですか」


 ファビウス先輩がへりくだった態度なのは、たぶん、東国セレンダーラの王族を抜けてるからだろうな。面と向かっては、姉上とか呼ばないみたいだし。公的な場に出たら、もっと厳密になんか……なんかするんだろうな。平民にはわかんないけど!


「これを、わたくしのもとに持ち帰りなさい。無傷で」


 すっ、と。シェリリア殿下がさしのべた繊手せんしゅに握られていたのは、扇子。見たところ、骨は香木だと思う……つまり手荒な扱いをしたら折れる。

 目を奪うような山吹色の絹が張られたそれが、パチン! と、閉じられた。


「よくって? 床に落とすのは禁じます」


 言葉と同時に空中高く投じられた、と思ったときにはもう、護衛ふたりは動いていた。

 扇子をめぐるバトル、ファイッ!


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[良い点] なるほど、センスが問われますね
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