266 公爵家の跡継ぎが、男爵を名乗ったりするね
今回の馬車は、王家の紋章はついていない……たぶん。
さすがに王家の紋章くらいはガチ平民のわたしでも見分けられる……はず。
しげしげと見ていたせいか、ファビウス先輩が解説してくれた。
「これは、ランベルト子爵家の紋章だよ」
「ランベルト……?」
「つまり、僕」
なるほど、ファビウス先輩はランベルト子爵でいらっしゃるのか……。
……あーっ! これかぁ! 爵位だけで判断すると泣きを見るっていうのは!
平民的には、お貴族様なんかすべて雲の上の存在ではあるんだけど。学園に入学して、なんていうか……貴族慣れ? してきた身で考えると、男爵とか子爵とかは貴族でも下の方だなって意識もするわけよ。
でも、そんな単純な話じゃないんだ……。
子爵は子爵でも、ファビウス先輩って隣国の元王子だし、この国の王族ともガチの親戚関係にあるわけで。しかも、怒らせると怖いとしか思えないお姉様がバックについてるんだろー!
爵位としては伯爵より下でも、ヤバい子爵ってやつだ!
「ファビウス様って、子爵でいらしたんですね」
「この子爵位は、相続で回ってきたやつだよ。ほら、各国の王家って、何重にも親戚関係があるから……僕みたいな、王位を継ぎそうもない位置にいる王子には、外国の余ってる爵位が回って来るんだ」
「余ってる爵位……」
あらたな概念だな! 爵位って余るもんなのか!
「権利があるからもらっておこう、みたいな感じかな。国同士の駆け引きに使われたりもするけど、まぁ……ランベルト子爵に関しては、身入りのいい領地がくっついてくるわけでもなんでもないからね。あるのは、歴史だけ。シェリリア殿下がこちらに嫁いだときには、べつの爵位をもらってる。そっちは歴史はないけど、収入になる爵位」
「えっ。爵位ってそんな重複してこう……もらえるものなんですか?」
「そうだよ? 大きな家はだいたい複数の爵位を抱えてるから……公爵家の跡継ぎが、男爵を名乗ったりするね」
……男爵もやっべぇじゃん! 貴族社会やっべぇ!
「常識がなくて、申しわけありません……」
「なんで謝るの?」
ファビウス先輩は、少し面白そうな表情をした。
「いえ、まともな会話ができないのは、ご不快かなって」
「君と話して不快になることなんてないよ。安心して」
にっこりされても、わたしの気もちは安心とは程遠いところにある……馬車に乗るということは、至近距離で並ぶか膝を突き合わせるかの二択であり、それなりの時間をそんな位置関係で過ごすと思うともうね! もう!
まぁ、リートも乗るんだけども。
ナヴァト忍者は外で警戒する係らしい。
……なんとなく、ウフィネージュ様の馬車につかまって入学した日のことを思いだしてしまう。
つかまり立ち初心者には、難しかったなぁ。あの頃は、自分が豪華な箱馬車の中に乗る側になるとは思わなかったよね。
「わたし、そのうち貴族名鑑とか暗記する必要があるでしょうか」
「少なくとも今は後回しでいいよ。それよりほかに、覚えなきゃいけないことがたくさんあるでしょ? 君の考えかただと、貴族の家名や爵位は覚えてるのに魔法を使いこなせない聖女って、あんまり歓迎できないんじゃない?」
「……はい」
おっしゃる通りでございます!
ファビウス先輩はわたしの手をとって、馬車に乗せてくださった。
結局、ファビウス先輩とわたしが向かい合わせで座り、わたしの隣にリートが座るという位置関係になった。リートは今さら隣に座られてもなんにも困らん程度には馴染んでしまったな……。
しかし、ファビウス先輩の顔が常時正面なのは……つらい。美し過ぎてつらい!
「公的な場に出るときは、できるだけ僕が付き添うようにするよ。ただ、女性の協力者も必要かな……」
「そういえば、エーディリア様は?」
「うん? エーディリア嬢がどうかした?」
「前に、王女殿下がおっしゃっていたんですけど――」
もう、ずいぶん昔に感じるなぁ。サシの食事会!
まぁとにかく、王子が魔法のコントロールがうまくなればエーディリア様はお役御免、養女として受け入れた義両親も力にはなってくれないだろうし、居場所を失うだろうといわれたことを、説明した。
わたしの話が終わると、ファビウス先輩は眉をひそめて、ひとこと。
「意地が悪いな」
仮にも王太女殿下にくだしていい評価とは思えないが、まぁ……その通りだね!
「なので、聖女の親衛隊……ではなくとも、聖女の話し相手? 付き添い人? とか、そういうお役目にお招きできたらどうかと思いまして」
「悪くない考えだけど、王家の方で彼女を手放すかどうか……」
「えっ? そうなんですか?」
「長年、王子に付き添って来たわけだからね。持ち出されたくない事情も知っているだろう。それに、彼女は魔法の実力もかなりのものだ。王子が使わないなら、それこそウフィネージュ殿下のお付きとして採用されてもおかしくない。君が聞かされた話を鵜呑みにはできないな。ただの嫌がらせであって、実態を反映したものではなさそうだと思う」
「……」
意地が悪いなって、そういう意味か!
「もちろん、事情が許すなら招聘したい人材だけどね」
「はい」
「でも今はまず、親衛隊をきちんと機能させることを考えよう」
話はそこに戻るのかぁ。
ま、この外出自体がそのためのものだしな!
というわけで、離宮に到着。まずはシェリリア殿下にご挨拶。実家の護りとか、宝飾品貸出とか、いろいろお世話になってるからね……。
あー、制服という便利アイテムがあってよかった……でないと、王族にお会いするのにどんな服装で行けばいいかって初手からさっぱりわからん。
本日は応接室に通されて、待つこと暫し。
やがてあらわれたシェリリア殿下は、シンプルなIラインのドレスに繊細なレースをふんだんにあしらったガウンを重ねてお召しになっていた。髪はゆるめのアップにして、芸術的な後れ毛が――つまり、多過ぎず、少な過ぎず、親しみを与えつつも、だらしなくはならないって感じの――愛らしさを演出している。控えめにいっても、むちゃくちゃ美しい。
「殿下、本日はわたしの願いを聞き届けてくださり、まことに忝う存じます」
ファビウス先輩が優雅に一礼し、わたしはその隣でカーテシーをした。ちょっとふらついたけど、絨毯がふっかふかのせいだから! わたしのせいじゃないから……って、いいわけしたい……。
「問題ない」
シェリリア様はそうおっしゃって、わたしの背後に控えるリートをご覧になった。
そして、わずかに眉をお上げになった――こういう表情がむちゃくちゃ似合う系美女なので、すごい破壊力である。姉弟揃って、美し過ぎだろ!
「姿を見せなさい」
けっして厳しい口調ではなかったけど、一瞬でナヴァト忍者が姿をあらわした。
……ていうか、なんでここでまで姿を消してるのか! 失礼だろ!
「申しわけありません、殿下。わたしの護衛が、ご無礼をつかまつりました」
しかたがないから、わたしが謝る。親衛隊の評価は聖女に収斂する……って、こういうのだな。
「許しましょう。……見たことがある顔ですね。名は?」
「ナヴァトと申します、殿下」
「……ああ、あの」
ナヴァト忍者、シェリリア殿下に認知されてる!
シェリリア殿下は広げた扇で少しお顔を隠されてから、その扇をパチンと閉めた。すっごい、良い音がした……。
「面白そうね。ファビウス、わたしも見物させてもらうわ」
……えーっ!
うちの護衛同士の内輪揉めを、シェリリア殿下が見物なさる? なんで?
……あっ、ナヴァト忍者が天才少年枠で知名度高いからか!
「ご随意にどうぞ。場所はわかりますか?」
「もちろんよ。あなたがさんざん爆発させた部屋でしょう?」
ファビウス先輩が爆弾魔のような扱いを受けているが、まぁ……なんていうか、爆発に耐え得る部屋をしつらえたということは、そういう設備が必要だったということなんだなぁ、と。納得したよね。
「人聞きが悪いなぁ。では、先に行ってますよ。ルルベル、こちらへ」
流れるようにエスコートされて、わたしたちは離宮の奥へと向かった。
しかし、この離宮って一応は我が国の王家の持ち物だと思うが……勝手に改造とかしてよかったのかな? いや、勝手じゃないのかな。ちゃんと許可をとってるんだろうか。……わからん。
「そういえば、この離宮がある土地はサルディア伯爵って名前についてくる領地だよ」
「サルディア伯爵?」
「姉が結婚したとき、僕がもらった爵位」
「え、じゃあ離宮の持ち主って」
「それはシェリリア殿下。結婚祝いってやつだね。僕が権利を主張できるのは土地だけ。川沿いの斜面に葡萄畑があって、葡萄酒を作ってるんだ」
「なるほど……」
収入になる爵位って、そういうことかぁ!




