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265 お金の問題がクリアになるのは助かるよね

「ナヴァト、辞令が来たよ」


 朝食の席で、ファビウス先輩がかるい口調でそういいながら、カードをひらひらさせた。


「騎士団の人間は来ないらしいから、僕が読む。それでいいね?」

「もちろんです」


 内容は、単純だ。

 ナヴァト忍者は騎士団を除名され、新設された聖女の親衛隊に所属が移った。

 親衛隊は二名で、先任のリートが隊長。ナヴァト忍者は役職なし。

 ……こういうのさぁ、堪えると思うんだよねぇ。ナヴァト忍者ってなんていうかほら、上下関係とか位階とかにこだわりがあるタイプじゃない?

 それが、栄誉ある王宮騎士団から紙切れ一枚で除名され、海のものとも山のものともわからない……いや違うな、下町産のちょっとおかしな聖女の親衛隊に配属、って。しかも隊長の性格が悪い……。

 テーブル越しに差し出されたカードを、ナヴァト忍者は丁重に受け取った。


「謹んで、承りました」


 そういう処置になることは、昨日の時点でもうわかってたから。ファビウス先輩が手渡したカード、つまり命令書? ってやつは、ただの形式であり確認であり駄目押しである。

 駄目を押されたナヴァト忍者の表情は、暗い。目に光がない。

 ……これをなんとかするのって、わたしの役目? いや、隊長の役目な気もするけど、隊長がアレだからな。アレ。

 それはあとで考えるとして、わたしが気になっているのは別の問題だ。


「あの、質問いいでしょうか? 聖女の……つまり、わたしの親衛隊ということですけども、給与というか、そういうものはどこから……?」

「君が雇用主だよ。表向きは」


 表向き……。すると裏があるのか。まぁそれはともかく。


「ですよね……でもわたし、お支払いできるものなんてないです」

「いや、国からの支給があるよ」

「え」

「うやむやになってたけど、はっきりさせておいた。国が聖女として認めたんだから、その程度のことはやってもらわないと困る。親衛隊の給与はもちろん、生活も聖女らしいものにしなければならないから経費として計上する。とりあえず、僕がここで預かってからの出費を計算して提出しておいたから、それを参考にして支給額が決まるはずだよ。不満があれば交渉するし――ああ、この不満っていうのは、君じゃなくて僕の基準でね? 君の基準だと、遠慮しそうだから」


 ……わたしの周りの皆さん、わたしの思考を読み過ぎじゃない?

 たしかに、国からお金をもらうなんてそんな、なんにもしてないのに! って今、思ってたよね。

 でも……でもね、正直なところ、お金の問題がクリアになるのは助かるよね……悩んでたし。


「なにからなにまで、ありがとうございます」

「気にしないで。大した手間じゃない」


 と、ファビウス先輩はおっしゃるけども、大した手間だとしか思えないよなー!


「ほんとに……ありがとうございます」

「駄目だよルルベル、そんなに素直に受け入れないで。僕は君に恩を売って、ひどいことをさせようとしてるかもしれないだろう?」

「ご恩返しをしたいですから、多少なら」


 思わず口走ってしまうと、ファビウス先輩が真顔になった。


「駄目だよ?」

「……はい」


 駄目だった!

 ファビウス先輩はちょっと顔をしかめたけど、そんな表情もかっこよく見えるから、もう末期である。


「ところで、今日の予定だけど――」


 当初、今日は教室に顔を出す予定だった。……が、昨日の騒動の結果、学校には来るなというお達しがくだった。誰からって、エルフ校長とウィブル先生からだ。

 聖女と護衛の信頼関係構築ができるまで、出禁だってさ。ここも学園の一部だけども!

 なお、護衛の人員を変更するって案も当然出たらしいんだけど、すでに事情を把握していて戦闘能力的には申し分ないふたりをはずしてまで押し込める人材が存在しない。で、続投。

 わたしとしても、急に知らんひとに来られても困るので、助かる……。


「――外出してみようか。ここにいても、ナヴァトがまた手首をやるだけだろ? リートとナヴァトの対戦も、あんな形で終わってしまったのでは、どちらも不本意だろうしね」

「え、でも」


 せっかく終わった内輪揉めを再燃させて、どうするのか。

 唖然とするわたしから、ファビウス先輩は並んでいるリートとナヴァトに視線を移した。


「今日から君らは正式に、聖女の親衛隊所属ということになる。学生の身分はそのままだけど、親衛隊という役目に就いていることは公知の事実となる。君たちの言動は聖女の評価につながると考えてほしい」


 わかる? と、優雅にパンをちぎってファビウス先輩は微笑む。

 わたしがやるとボロボロになるんだけどな……今日のパンは前世でいわゆるクロワッサン的なものだけど、下町で作ってるようなのとはレベルが違うっていうか、パイの層が段違いに多くて繊細だ。それでいてパリッとしている。こんなの焼いてみたいなぁ……。

 ……いやそうじゃない、そうじゃない! わたしの評価って! ……なに?


「ルルベルが掲げた目標通り、君らは仲間になるべきだ。ただ、それは聖女という存在を中心に据えた集まりにしかなり得ない。なにをやっても評価は聖女に収斂しゅうれんする。たとえば、王宮騎士団の評価が下がれば王家の評価も下がるようなものだ。あんな騎士団を抱えているのは、ろくな王ではない……と、いわれるだろう? それと同じことだ。親衛隊の評判は、とても重要だよ。……ここまでは、わかるね?」

「はい。心得ております」


 親衛隊を代表して、リートが答えた。まぁ、隊長だからな。

 だが、わたしは思う――今リートが考えているのは、親衛隊の給与って具体的にはいくらだよ、ということなのではないか? ついでにいうと、親衛隊に所属しながらファビウス先輩のバイトはできるのかとか、エルフ校長からお金をもらいつづけることはできるのか、とかも考えているだろう。

 ……絶対考えてる、わたしにはわかる!


「問題は、君らの相性だ。昨日のような決着のつかないいさかいが遺恨を残すのは、よくない。だから、僕が場所を提供しよう」

「ファビウス様、それって――」

「離宮だよ。ここじゃ狭過ぎるからね。離宮なら、爆発にも耐える設備がすでにある。広さも申し分ない。シェリリア殿下の許可もいただいたから、思う存分やりたまえ。ただし、怪我と命には気をつけてね。僕は生属性は使えないし、昨日の今日でウィブル先生を呼び出すわけにもいかないから」


 やっぱり離宮かー!

 まぁ、理屈はわかるけど……あの終わりかたじゃ、もやもやするよね。


「でも、出歩いても危険はないんですか?」

「吸血鬼のこと?」

「はい」

「大丈夫だよ。やつはジェレンス先生と校長先生に夢中だし、例の巡回路は離宮とは別の方向だからね。それに、今は昼で活動も感覚も鈍っている。昼も動けるのは吸血鬼に魅了されている人物だけど、その人物が潜入しているのは学園内部だ。学園を出た方が、むしろ安心かもしれない」


 ……その発想はなかったわ。でも、いわれてみれば、たしかに!

 わたしはリートとナヴァト様を見た。ふたりとも、あんまり表情がない……でもこれ、やらせた方がいい気がするなぁ。危険なのは嫌だけど。


「あの、正直に答えてくださいね。あなたがた、再戦したいですか?」

「俺はどちらでも」


 先に答えたのはリートだ。なんかこう、絶妙に「おまえのことなんざ相手にしてねぇぜ」感があって、ウザい。

 ……では、ナヴァト忍者の反応や如何に?


「……聖女様のご判断に従います」


 そう来たかー! うーん……。


「どうする、ルルベル?」


 こいつらさぁ……どっちも納得してないよな。それは、すごくわかる。なんかビンビン伝わってくるから。


「互いの実力を知る機会は必要だと思います。仲間になるにも、信頼とか……理解? そういったものは必要ですし。昨日は、わたしが切り傷をこしらえただけで済みましたけど、これからはもっと危険な場面があるかもしれません。それこそ、誰かが吸血鬼の犠牲になるような……そんな状況になる前に、練度を上げる必要があります。そのためには、その……親衛隊同士が実力を把握しておくことも必要かな、って。ただ、危険なのは困ります」

「じゃあ、刃物禁止、寸止め必須でやってみようか」


 ファビウス先輩、笑顔でさらっと無茶振りしてません?

 しかも、追撃。


「できるよね、君らなら?」


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