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263 矛盾はどこかで解消されなきゃいけない

 結論からいうと、ふたたびウィブル先生がすっとんで来たのみならず、エルフ校長も来た。さらに、王子まで来た……。

 ナヴァト忍者も気の毒になぁ。大規模な叱られが発生するとしか思えない陣容である。

 わたしは同席することを許されなかった。ファビウス先輩とエルフ校長の意見を大雑把に意訳すると、ルルベルは絶対許しちゃうタイプだから邪魔、なんだそうだ。


「でも、わたしがいないと実際になにがあったかの検証が難しくないですか?」

「誓約魔法を使わせるから大丈夫だよ」


 ……あっ。ガチのマジで取り調べモードだ、これ。

 わたしの傷なんか一瞬で治っちゃったんだから、どうでもいいのにな。もちろん、傷をふさいでもらっても、すぐさま完全に元通りとはいかない。なんとなくまだ、じ〜んって痛みをたまに感じるよ。でも、日常生活に支障をきたすほどの痛みじゃない。

 それでも、今日は呪符作成も休むようにといわれてしまった。怪我したのが右腕だったのでね。しばらくは安静にしてる方が、治りが早いんだとか。

 呪符を描かなくていいなんて久しぶりで、逆に落ち着かない。ワーカー・ホリックみたいなものだろうか。

 そういうわけで、わたしは暇である。


「エルフの本が、禁帯出じゃなければなぁ……」


 あまり面白味のない『新版 エルフ大事典』くらいしか持ち出せなかったのが残念だ。

 ほかにやることもないので、お茶を片手に中庭に移動し、この本を読むことにした。カウチでだらだらしつつ。

 人類側のエルフに関する最古の記録はなんだとか、人類に文字を教えたのはエルフである説とか――これに関しては異論もあると別の本で読んだが、この本では紹介されていないようだ――そのへんの定番をきっちり押さえてる感じ。王家のご先祖様はエルフの血が入ってる……っていうあたりまで読んだところで、ぇー、って思ったよね。

 エルフは子育てが下手らしいけど、大丈夫だったのかな!


「ルルベル」


 ファビウス先輩に声をかけられる頃には、わりと夢中になって読んでいた……誰だ、面白味がないとかいったやつ!


「はい、なんでしょう?」

「ふたりに謝罪させるから、立ち会ってくれる?」


 あわてて、わたしは立ち上がった。


「謝罪なんて、不要です。こうして、怪我も治ってますし」

「君はそういうって、わかってるけどね。でも、必要なひとがいるんだよ……ひとっていうか、エルフ?」


 あー……。エルフ校長、また無茶なこといってるんだろうなぁ!

 一瞬ですべてを理解したわたしは、謝罪受け入れというめんどくさいデモンストレーションをこなすため、食堂――叱られは、そこでおこなわれているのだ――に向かった。

 食堂の空気は、はっきりいって悪かった。全員が不満を抱いているような……そんな感じ。


「お邪魔します」


 わたしが入室すると、叱り担当の校長、王子、ウィブル先生の三人が立ち上がり、敬意を示した――ひぃい、わたしなんかにそんなことしないでぇ! と思うが、これも慣れないといけないんだろうな。……ていうか王子? 王子まで! 王子にはドーンと座っててほしい!

 大きなテーブルを挟んだ向かい側で、リートとナヴァト忍者は直立不動の姿勢である。つまり、はじめから立ってる。


「ルルベル、まず僕の謝罪を受け入れてほしい」


 いきなりエルフ校長に懇願されて、これまた、ひぃい! 案件である。


「校長先生に謝っていただくことなど……」

「いや、リートを君の護衛につけたのは、僕だからね」


 なるほど、そういう理論!


「今回の件は、不可抗力だったと思います。わたしは、事情もわからず入室なさったファビウス様に危険を及ぼすわけにはいかないと考えて、咄嗟に動いてしまったのですが……リートとナヴァト様はお互いの技量を試しあってらしたようですから、わたしが無茶な動きさえしなければ、誰も怪我をせずに済んだのではないでしょうか? つまり、誰も悪くはないと思います」


 よし! はじめから主張したかったことは、いえた! あとは知らん!


「護衛対象の前で護衛同士が本気の腕試しをはじめるのが……悪くない?」


 即座に叩き潰された! 発言者は王子だよ……ナヴァト忍者が泣いちゃうよ。


「……少し、行き過ぎはあったと思いますが」


 それは認めざるを得ないところなので、まず譲歩。いや、わたし謝罪を受けにきたはずなのに、なんで弁護にまわってるんだ?

 たぶん謝罪とかされたくないからだ!


「ルルベルちゃん」

「はい」


 ウィブル先生の表情が、いつになく厳しめ。……あっ、わたしも叱られるやつ!


「今回の件は、間違いなくこいつらが悪い。それくらいは、わかるわよね?」

「いえ……だって、わたしが――」

「動かなければ? じゃ、動く必要が生じたのはなんで、って話でしょ」


 口をつぐむしかない。反論が許される雰囲気じゃないのだ。

 ウィブル先生はわたしの反応をじっくり確認してから、それでね、と話をつづけた。


「これは、理解してほしいことなんだけど。闇雲にかばうだけって、そろそろやめるべきよ」


 声の調子は落ち着いてるし、表情もべつに怖くはない……怖くはないんだけど、このウィブル先生怖い!


「……すみません」


 反射的に謝ってしまうほど迫力がある!

 ジェレンス先生がウィブル先生の前だとたまに挙動不審になってる原因が、今! 明かされようとしている! 明かされたくないけど!


「ルルベルちゃんは、いい子よ。それは、アタシが保証する。だから、誰かが責められるのが我慢ならないんでしょ? 殊に、自分が原因の一端を担っていると思うと苦しいのよね? でも、かばってるだけじゃ問題は解決しないわ」


 ズバズバ来る! ズバズバ過ぎて呼吸困難になりそうだよ!


「はい」

「きちんと叱ってあげなきゃいけない場面っていうものは、あるの。かれらはあなたの護衛。なによりやってはいけないのは、あなたを危険に晒すことなの。それができなかったのに、かばうの? 駄目でしょ。かれらだって、自分たちに落ち度があったことはわかってる。わかっていても、自分の落ち度っていうのは認めたくないものよ。ルルベルちゃんがかばうことで、ほら、自分だけが悪かったわけじゃない……そう思いたくなる」


 そこでウィブル先生は、立っているふたりに視線をやった。


「悪くはなかったと勘違いする一方で、ほんとは悪かったってことは自分で知ってるわけ。それって、矛盾してるでしょ? 矛盾はどこかで解消されなきゃいけない。無自覚に敵意と蔑みを向けることになるのは、自分をかばってくれた人物よ」


 ウィブル先生は、わたしに視線を戻した。

 わたしは、なにもいえなかった。


「間違いを指摘することに、慣れてちょうだい。かれらはあなたの護衛なのだから、あなたはある程度、かれらの言動に責任をもつ立場なのよ。たとえば今回の件だと、かれらは悪くありませんと主張することで、責任をとるべき立場のルルベルちゃん自身もまた、悪くありませんといってることになるわけ。わかる?」


 ……すべて見苦しい自己弁護になる、ということかぁ!

 正しいけど、きっつ!


「まだ若いのに大変だとは思うけど、誰かが肩代わりできるようなものじゃないから、今から自分を鍛えていくしかないわ。……というわけで、あなたがた、ちゃんとした主従関係を構築してね」

「……無理です」


 思わず否定してしまった。

 でも、だって無理だよ。リートは一応平民だけど、エルフの血が混ざってるわけよ? 単に貴族じゃないってだけで、そんなの平民とはいえないよ。ナヴァト様に至っては、除名されるかもしれないとはいえ王宮騎士団所属の騎士様だぞ!

 下町に生まれ育ったルルベルの感覚でも無理だし、前世日本人的にも無理! そもそも主従ってやつがふつうには存在しない世界で生きてたからね!


「ルルベルちゃん」

「その……ただ弁護するだけじゃ無責任っていうのは、よくわかりました。今後は気をつけます。気をつけますけど、でも、誰かに無条件で従われるとか、それを指導するとかは、無理です」


 後ろ向きな見解ではあるが、誠実に答えるとこうなるのだ。

 できるだけ前向きに変換すると、こう。


「同輩っていうか、相棒? 同僚? なんか、そういう感覚でやっていきたいです。わたしの身の安全を守るのが重要なのも、わかってますから……それについても話し合って、目標を共有して、いっしょに動ける三人組? みたいに、なりたいです」


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