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26 エルフの里の秘宝は諦めるルートを選びたいと思う

 エルフ校長は、やさしい眼差しを――つまり、孫を見るような――わたしに向けた。


「ええ、わかります。ですが、決断は早い方が楽であるということは、覚えておいてください。魔王の復活が近いという怯えが人々を支配すれば、聖属性魔法使いは注目を集めることになります」


 なるほど。エルフ校長の力をもってしても、わたしを隠すのが難しくなるということか。


「あの……記録が残っていない聖属性魔法使いのお話を、伺ってもかまいませんか。先生はご記憶なんですよね?」

「かまいませんが、長い話になりますね。簡単に話せるというと、すぐに逃走を選んだ生徒のことくらいでしょうか」


 やっぱりいるんだ。エルフ校長の誘いに乗って逃げた生徒が!


「いつの話ですか?」

「そんなに前ではないですよ。八十年くらいかな」


 エルフの時間感覚ぅ!


「八十年だったら、もう亡くなっていそうですね」

「どうでしょう……あの子はハーフエルフでしたから」


 ハーフエルフ! 新たな概念が出現した! きっとイケメンだ、間違いない。


「あれ、でも八十年前だったら、封印は安泰だったのでは?」

「とても怖がりな子だったのです。入学してほどなく持ちかけてみたところ、即座に、お願いしますと返されました。もともと身の置き場がないと感じていたようでしたし……そうですね、彼女は社会を守りたいとは思わなかったのでしょう。自分が社会に守られたことがないから。僕はそう理解しています。彼女の話はそれだけです」


 間違ってた! イケてるとは思うけどメンじゃなかった!

 優雅に紅茶を飲むエルフ校長を眺めつつ、わたしはつぶやいた。


「やっぱりわたし、ある程度は頑張ってみたいかもしれないです」

「……そんな気はしていました。あなたは逃げることは選ばないのだろうな、と」

「まぁ……はい。少なくとも今のところは……ですけど」


 転生コーディネイターに予告されてたからね、そりゃね。タイミングがひどいと思っただけで、魔王封印役を引き受けるのはもう……受け入れてるというか、諦めてるよね。運命として!


「それより、校長先生。確認したいことがあります」

「なんです?」

「魔王の封印に赴くとしたら、バックアップはどれくらい期待できるのでしょうか」


 重要なポイントだよ!

 エルフ校長はわずかに眉を上げて問い返した。


「それは、魔法学園として? エルフとして? 僕個人として?」

「ぜ……ぜんぶお答えいただければと。できればですが」

「魔法学園としては、あなたの聖属性魔法の鍛錬に力を貸すことを約束します。世俗の権力からの横槍なども、可能な限りは排除しますから、安心して訓練に励みなさい」

「はい」

「エルフとしては、特になにもできません。エルフは中立を重んじる種族です。すべては世界の意思であると受け止め、容認します。よって、魔王やその眷属との戦いにエルフの助力はありません。僕はこのエルフの里の里長の息子ですが――里長を動かし得る知見も、言葉も、なにもありません」


 ……今さらっとエルフ校長の情報がまたひとつ盛られた気がするが、気のせいだろうか。いや、違う。わたしは教養のない一般人なので、はっきり否定しちゃう。いや違う、気のせいじゃない!

 この話の流れでなにがわかったかというと、エルフ校長はエルフ界でも選ばれしセレブっぽいが、秘宝貸し出しは無理ってことではないだろうか。もうひと押し、訊いてみちゃう?


「あの……でも、エルフの里には魔王やその眷属と戦うときに効果がある、なにかその……秘宝? みたいなものがあるって聞いたことが」

「ああ、そのように知られているとしたら、我が母アリティネイディアの末の弟、漂泊者ルールディーユスが作った、万象の杖のことでしょうか」


 いや知らんけど。ただの転生コーディネイター情報なので……そのへん知らんけど、たぶんそれ。


「運命にあらがわないのに、魔王と戦うための杖は作ったんですか?」

「我が叔父ルールディーユスは、少々変わり者だったのです。漂泊者と呼ばれているのは、彼はエルフの里に縛られるのを嫌い、世界を巡りつづけていたからなのですが……魔王の封印がゆるんだ時期に眷属らと遭遇して通行に不便が生じたため、万象の杖を作って対抗したそうです」


 理由! 個人の旅行の都合か!


「すごく強いんでしょうね」


 声にしても大丈夫な感想だけを口にすると、エルフ校長はうなずいた。


「ええ。あれを使うことができれば、たとえ吸血鬼が来ても恐れることはないでしょう。万象の杖には、すべてを原初のかたちに戻す魔法がこめられていますので」

「……原初のかたち?」

「混沌の海です。外聞をはばかるので、世間的には魔王特効ということになっていますが、本来、魔王や眷属にのみよく効く、というものではありません」


 内緒ですよ、とエルフ校長は微笑んだ。

 ……えっ?

 うまく飲み込めないんだけど、万物を溶かしちゃう杖? ……なにその破壊兵器。こわ。こっわ! エルフこっわ!

 自分の物見遊山のために魔王の眷属邪魔だからって作っちゃうレベルじゃないでしょ、それ!


「そ、その……杖を作った叔父様は、今はどうなさっているんですか?」

「海の向こうが見たいといって、小舟で旅立ちました。そのとき魔王の眷属に追われていたので、もし里まで来るようならこれを使って追い返すようにと、万象の杖を……ですから、あの杖はエルフの里とそこに住む者を守るためにある、という扱いなのです。本来、魔王がエルフの里に直接危害をくわえることなど、なかったはずですからね。我が叔父個人への敵意が里を巻き込むことがないようにとの、保険なのです。持ち出すことはかないません」


 なるほど……?


「あれ、でも校長先生もかつては魔王封印の旅に赴かれたんですよね? 王様と」

「そうですが、そのときも万象の杖の持ち出しは許可がおりませんでした」

「えっ、なんで? 校長先生だって、エルフの里の一員なんじゃないですか?」

「いつ里が襲われるかもわかりませんでしたからね」

「そんなの……」


 おかしいです、と反駁しかけて。わたしは口をつぐんだ。危ない、また下町感覚で他人様の事情に口を挟むところだった。

 相手は他人様どころかエルフの里長の息子で公爵で以下略。


「エルフたちは、戦うことに慣れていないのです。僕は叔父を上回る変わり者なのでね、外界に慣れてるんですよ」


 だからって、魔王の眷属に対抗し得る武器を持たせないなんて。それは――おまえは死んでもいいって意味じゃないのだろうか。

 無神経な発言をしないで済ますために、わたしは口をしっかり結んだ。たぶん、への字になる勢いであるが、この世界にへの字は存在しない。あれは日本語のかな文字だからな!

 なお、この世界には「葉っぱを横から見たような口」って慣用表現がある。長過ぎるので、下町的には「葉っぱ〜」で済ませることがほとんどだ。状況でわかるじゃない、そういうの。ルルベルは不満はすぐ口にするタイプなので、あんまりいわれないけど。優秀なパン職人である兄は、むっちゃ葉っぱになるタイプ。


「慣れてるからって危険がないわけじゃないです。守りが必要ないわけでもないです」


 そう。ルルベルは不満はすぐ口にするタイプ! これは2オープンβであっても変わらないキャラクター特性だッ! ごめん我慢できなかった! 誰に謝ってるかわかんないけど、無理だった!


「僕があの杖を持ち出せるとしたら、里を継ぐ決意を示したときですね。伴侶を得、校長を辞め、公爵位も返上して人間社会とのつきあいを絶つくらいでなければ無理でしょう」


 伴侶……エルフ校長を落とせば秘宝が使えるってそういうこと? でも人間の小娘を伴侶に選ぶことって認められるのかな。

 ……いやいやいやいや、このルートはダメ、ゼッタイ! たとえ公爵でも校長でもなくなっても、エルフの里長の伴侶とか無理無理無理無理無理がエンドレス!

 よし、究極溶解兵器らしい万象の杖は! あきらめよう!


「僕個人としては、可能な限りあなたを支えますし、間に合うあいだであれば、逃してあげますよ。さっきの申し出は、まだ有効です」

「間に合わなくなるんですか?」


 エルフ校長は、わたしの疑問を少しずらして答えた。


「今ならまだ、間に合うんですよ」


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