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259 反射と粘着だけで生きてるのよ

 しかたがないので、説明した。わたしが。

 ナヴァト忍者は姿を消しているし、リートは姑息な護衛ムーヴで斜め後ろに立ってるし……わたしが説明するしかないじゃん。卑怯だぞ!

 ウィブル先生は、大きなため息をついた。肺活量すごそうだな……。


「心配したわ……」

「申しわけありません。伝言が、なにか変な風に伝わったんですね」

「いや、単に怪我人がいるから研究室に来てくれってだけ……どの程度とか、誰がとか、どうしてとか全然わからなかったから、最悪を想像しちゃって。すっごい疲れたわ」


 ひぃい。ほんとにほんとに、すみません!


「やっぱり、わたしがナヴァト様に付き添って行けばよかったですね」

「馬鹿いうんじゃないの。ルルベルちゃんは、今日はやることがあるんでしょ? 呪符作り」

「それはまぁ、そうなんですけど」

「じゃあ、伝言で正解よ。実害は出てないわけだし。でも、リートがお使いに来てもよかったと思うわね」

「俺もやることがありますので」

「……じゃあそこで自分は無害な使用人ですみたいな顔してないで、さっさとやんなさいよ」


 しっしっ、と追い払うように手をふられて、リートは先に実験室に戻った。

 わたしたちは玄関で一大事モードのウィブル先生を出迎えたので、まぁ……そういうことになるな。きっと忍者もいるだろう。見えないけど。


「で? ナヴァトはなんで姿を見せないの?」

「たぶん、扉を開けたら危険人物がいたという事態にそなえて、姿を消されたのではないかと……」


 なんでわたしが卑怯な忍者のために弁明してやらねばならないのか、いまいちわからんが。でも、そういうことだとは思うんだよね。ウィブル先生だとわかったら、さっさと姿をあらわせやって感じだけど!


「なるほどね。残念、治療者よ。出て来なさい、ナヴァト」


 しーん……って擬音を描き入れたくなるほどの静寂。

 いたたまれない!


「ナヴァト様、姿をあらわしていただけますか?」


 反応なし。

 なにやってんだ、忍者!


「まさかとは思うけど、逃げたんじゃないでしょうね」

「そんな、まさか」


 ウィブル先生は、今まで見たことがないほどするどい眼差しであたりを見回した。玄関ホールから廊下、そしてガラス扉の向こうの中庭まで。


「あの子、鍛錬し過ぎて身体をこわすの、はじめてじゃないのよ。今度やり過ぎたら、騎士団長に掛け合って団からはずさせるって話してあるのよね」


 うわぁ。そりゃ逃げるかもしれん……。


「そんなに何回も?」

「ええ。なまじ頑丈だから、過信するのよね。でも、生属性みたいに強化できるわけでも治癒促進できるわけでもないんだから、わきまえろって話よ。治しても治してもまた壊されちゃうとね……治療者側としては、徒労感がすごいの。簡単に治せるからって便利な道具扱いされるんじゃ、たまったものじゃないわ。生属性魔法使いをなんだと思ってるのかしら」


 ウィブル先生、お怒りモードであるな、これ……。まぁ、気もちはわからなくもない。


「でも、逃げてもなんの解決にもならなくないですか?」

「あの子は深く考えてないの。それが最大の問題よね。反射と粘着だけで生きてるのよ」


 反射と粘着……。すごい表現だな!

 いわれてみればそんな感じかも、と思えちゃうところが、なんかこう……。


「だいたい、姿を見えなくしたからなんだっていうの。アタシが居場所を探し当てられないとでも思ってるのかしら。騎士団に話をするっていうのも、本気だけど?」

「ナヴァト様、お願いですから出て来てください。早くウィブル先生に謝ってください。……でないと、騎士団から除名されてしまいますよ」


 にゅるっ。

 うわびっくりした、すぐ左側にナヴァト忍者が出現した、心臓に悪い!


「聖女様、お呼びですか」


 お呼びですか、じゃねーんだわ! イケボでも、許されない台詞というものはある!


「話は聞いてらしたでしょう? ウィブル先生にきちんと謝罪なさらないと……今後は、もっと考えて鍛錬をします、って」

「俺は考えてやってます」

「考えたりてないってことでしょ。結果を見れば明白じゃないの」


 そういいながら、ウィブル先生が右手をさし出した。

 ナヴァト忍者も右手を出して、握手……というよりなんかこう「お手」っぽい。

 あー、ナヴァト忍者って大型犬っぽいなぁ! すっごく賢そうに見えるんだけど、実は抜けてる系の。


「筋肉を鍛えてあればなんとかなる、みたいな甘っちょろいもんじゃないのよ。人体って、無理をしたら壊れるの。だから、壊れる前に無理をやめるの。わかる?」

「はい、先生」

「あんたはねぇ、ちょっと痛いとかキツいとか感じるくらいが効果があると思い込んでるでしょ? それ、筋肉鍛えるときだけの話だからね? 腱鞘炎は、筋肉じゃ解決しないの。腱は筋肉とは別よ? 酷使すると壊れるの。あんた、剣の素振りをやり過ぎたときも指が動かなくなったでしょ? あれよ、あれ。筋肉が盛り盛りでも関係ないの。いい加減、理解して?」

「はい、先生」


 理解してなさそうな、よい返事である……。

 ウィブル先生も、げんなりした顔つきだ。


「この子、アタシが引き取ってしばらく教育した方がよくない? 今回の件に限らず、騎士団員としても問題でしょ。鍛錬が原因で治療が必要になる騎士がいないとはいわないけど、頻度がおかしいわよ」

「俺は聖女様の護衛を命じられております。聖女様のおそばに付き従う必要があります」

「腱鞘炎で剣が握れるの?」

「握れます」

「万全じゃない状態で吸血鬼と戦えるの? ってことだけど。わかってる?」


 はじめて、ナヴァト忍者が言葉に詰まった。あー、そこは難しいかもなって自覚はあるのか。


「……やってみないと、わかりません」

「やってみたけど負けました、じゃ困るでしょ。護衛ってのは、絶対に負けられない仕事よ。それくらいは、わかってるわよね?」

「はい、先生」

「……で、腱鞘炎で剣は握れるの?」

「握れます」


 ループした!

 ……と思ったら、つづきがあった。


「――ですが、万全とはいいがたいのは認めます。早く治してください」

「あのね? そういうの、反省の色が見られないっていうんだけど」

「反省してます」


 めちゃくちゃ口先だけっぽいぞ!

 ウィブル先生は、ふたたび大きく息を吐いた。そりゃまぁな……そうだな。わかる。

 疲れ果てたわーって表情になってる先生を捨て置くわけにもいかず、わたしも口をはさむことにした。


「ナヴァト様。申し上げましたよね、だいじな手です、って」

「……俺の手は、べつに」

「いいえ、だいじな手です。絶対に負けないための手です。今は、わたしを守ってくださるための手です。世界を魔王から守るための手です。殿下から取り上げてしまったのですから、無事な状態でお返ししなければなりません。そういう手です」


 しーん。

 反応の薄さにめげてはいけない。そんな場合じゃないし!


「ウィブル先生、どうか……今回はわたしの監督不行き届きということで、お許し願えませんか?」

「駄目。決めたことは決めたことよ。騎士団長には報告するわ」


 おおぅ。それ、ナヴァト忍者には堪えるのでは? なんか騎士団員であることを誇りに思ってるっぽいし!


「先生、お願いです。わたしが責任を持ちますから」

「護衛の身体能力が落ちることで危険にさらされるのは、あなたよ? そして、あなたがそれを許しても、周りはそれを許さないの。少なくとも、アタシは許さない」


 ……詰んだな! ナヴァト忍者、すまない。わたしにはこれが限界だ!

 と、ウィブル先生が忍者の手をはなした。


「はい、完了。手は治ってるはずよ。じゃ、アタシは忘れないうちに騎士団長と話して来るわ。追って連絡があると思うけど、それまでは任務をつづけなさい。わかってるわね?」

「はい、先生」


 返事はさっきと同じだが、顔が沈んでる……。暗い! 光のささない深海かよって勢いだ!

 この暗いのと過ごすの、わたしも気が重いなぁ……でもまぁ、しかたがない。ウィブル先生を見送って、わたしは忍者に向き直った。


「ではナヴァト様、基本図形の練習をしましょう。手に負担がかからない範囲で」


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