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257 忍者の描画力には期待が持てるのか?

 結局、吸血鬼への有効打はみつからないまま、解散。

 校長先生とジェレンス先生は、このまま夜の街をパトロールに赴く。巡回経路は変わらず。吸血鬼本体と遭遇したら、交戦前にメッセージを飛ばすことに決まっているそうだが……簡単には遭遇しないんだろうな。もし、遭遇するとしたら――きっと、吸血鬼が自分に有利と考えた状況で、だ。

 わたしは明日は研究室にこもる日。吸血鬼は当然、わたしの動静も観察してるはずだから、わたしの行動によって、挑発の度合いが上がったり下がったりするのかもしれないと思うと、なにをするわけでもないのに緊張する。

 不安になりながら先生がたを見送って、会議をしていた食堂に戻ると、ファビウス先輩が忍者を呼んだ。


「ナヴァト、姿を見せてくれるかな」

「はい」


 そうなのだ。会議のあいだずっと、気配も姿も消していたのである。

 まぁ、先生がたが彼の存在に気づいてないはずはないと思うけど……。


「呪符魔法の心得は?」

「ありません。発動はできますが」

「そうか。基礎理論くらいは知ってる? つまり、円が魔力回路で」

「繋げると発動するということくらいは」

「なるほどね。ちょっと描いてみてくれる?」

「……は?」


 最近わかってきたのだが、忍者の鉄面皮度合いはリートより低い。……まぁ、リートを上回る存在がそうそういてたまるか、って話ではあるんだけど。

 今も、ナヴァト忍者はあきらかに当惑し、動揺を見せている。


「まず、魔力を流さないようにして描いて。もっとも、これから描いてもらう図形は、単体ではなんの魔法にもならないけど。見本はこれ」

「……はい」


 ファビウス先輩は筆記用具と紙、そして見本になる図形を忍者の前に並べながら説明する。

 見たところ、ごくごく基礎の図形が複数種、並んでいるみたい。円はもちろん、火とか……水とか。属性の基本図形だ。


「明日、ルルベルはここから動かない。これまでも、研究室にいるあいだはルルベルが呪符を描いているところを見ているはずだが、君が手伝えるかどうかを試したい。残念ながら、リートには素養がなくて無理だった」

「しかし――」

「君は身体能力が高い。と、いうことは、思うように手を動かせるはずだ。ほかに必要なのは、観察力と忍耐力だが、少なくとも後者を持ち合わせているのは確実だろう? なら、かなり分の良い賭けだと思ってね」


 ファビウス先輩は、にっこり笑って言葉をつづける。


「ルルベルは、もっと複雑な呪符を日に百枚は描く。もちろん、外出する日はそこまでの枚数にはならないけど、研究室にこもっているあいだは、ずっと描いてるよ。腱鞘炎になってウィブル先生に悲鳴をあげられるまで描いて……そんな無茶はさせられないって思うよね? 君なら手も鍛えてるから慣れればけっこう描けるんじゃないかな。いくらあってもたりないんだよね、呪符」

「聖女様が描いておいでのような複雑なものは、俺には無理です」

「彼女だって、はじめから描けたわけじゃないよ。少しずつ訓練して描けるようになったんだ。わかるだろう?」

「……やってみます」


 観念したらしく、ナヴァト忍者はペンを持った。……んんっ、ペンの握りかたが、なんか面白いな。そういえば前世で、プロのイラストレーターさんの手元動画を見たとき、こんな持ちかたであの絵を!? ってびっくりしたことあるけど、それに似てる。

 ということは、忍者の描画力には期待が持てるのか?

 ファビウス先輩とわたしの注目を浴びて、忍者はキコキコと線を描いた。

 そう、キコキコしてた……。


「かなりの修練が必要そうだね」


 ファビウス先輩、ザックリしてるな! でもまぁ、わたしもそう思う。


「……ご期待にお応えできず、申しわけありません」

「いや、いきなり描ける方が珍しいからね。でも、ルルベルだって短期間でかなり上達したんだ。君もじきに、それなりの呪符が描けるようになるだろう。明日はその見本通りに基本図形を描く練習をするといい。ルルベル」

「はい?」

「どの図形にどういう意味があるかは、わかるね? 明日、ナヴァトが練習をするときに教えてあげて」

「わかりました」


 間違ってたら困るから、寝る前に復習しとこう……。

 とにかく聖属性魔法の呪符ばっかり描いてるから、ほかの図形の暗記は進んでないんだよなぁ。


「そういえばリート、図形の分類と表現のまとめは進んでるのかな? 最近、報告を受けてないけど」

「進めています。ファビウス様がお忙しそうなので、遠慮していました」

「気遣いはありがたいけど、君の用事を優先するか否かは僕が決めるから、まず伝えて。その上で、僕に選ばせて」

「はい。以後、気をつけます」

「できてるなら、箇条書きにしたものを部屋に持って来てくれる? できるだけ早く、使えるものにしたい。ルルベルだけじゃなく、ナヴァトにも伝えられるかもしれないからね」

「わかりました」

「じゃあルルベル、夜のお茶の時間になったら声をかけて」

「はい」


 にっこりして見せると、ファビウス先輩はそのまま食堂を出て行った。リートも、それを追うように退室。

 ……残されたのは、キコキコ描いたものを凝視するナヴァト忍者と、わたしである。


「ええと……ご存じだったら申しわけないですけど、一応、ファビウス様がなにもおっしゃらなかったので念を押してもいいでしょうか? 円について」

「円は……。いえ、はい。お願いします」

「円を先に描くのは爆発事故の原因となりますから、厳禁です。先に、円の内部におさまるように図形を描いてから、それに接するように円を描きます」

「……」


 ナヴァト忍者は、まだキコキコを睨んでいる。視線で殺せそうなほどだが、相手はキコキコした線なので、そもそも生きてない。


「円は自動的に魔力を貯め込む図形なので、先に描くと魔力の行き場がなくなって爆発しやすいそうです。明日は図形の練習だけですから、危険はないと思いますけど……あの口ぶりだとファビウス様は同席なさらないかもしれませんから、気をつけてくださいね。わたしでは、爆発を止めたりできませんから」

「肝に銘じます」


 まぁ、ファビウス先輩が初心者から目を離すってことは、爆発予防の呪符なんかも仕込んであるのかもだけど。たしか、そういうのもできるっていってたよなぁ、前に。

 ていうか、ナヴァト忍者、なんでこんなに真剣なんだ。


「部屋に戻る前に、お茶でもいかがですか?」

「いえ……結構です」


 そう答えて、ナヴァト忍者はなにかいいたげに口をひらいて、しかし無言のまま――視線だけ、わたしに投げた。

 ……えっ、なに? なにがいいたいの?

 そう質問しかけたけど、これは待ってあげた方がいいやつかもと気がついて、わたしは黙ったまま見返した。傍目には、みつめあう男女の図である。だが、ナヴァト忍者の視線は厳しいし、わたしは完全に困惑している。


「……紙を」

「紙?」

「練習のために使える紙は、ありますか?」


 そんなことかーい! さっさと訊けやー!


「今すぐ使います?」

「教えていただければ、自分で取って来ます」

「わたしの部屋にあるので。ちょっと待っててくださいね」


 便所・風呂・寝室は遠慮するの法則は、リート以外でも通用するだろう。

 というわけで、わたしはささっと部屋に行き、ファビウス先輩が束でくれた練習用紙を半分ほど持って食堂に戻った。

 ナヴァト忍者は、まだキコキコを睨んでいた……。なんなの。よほどショックだったの? もっとうまく描ける気だったのか。……ありそう。

 でも、そうだとしたら、リートよりは見込みがあるよね。リートったら、うまく描けてないって指摘されても、そうですか? だからな。


「どうぞ」

「……助かります。ありがとうございます」

「あまり無理なさらないでくださいね。わたしみたいに腱鞘炎になったら大変ですよ。わたしは、ほかにできることもないですから……手が痛いな、で済みますけど。ナヴァト様は、違いますから」

「そうでしょうか」

「そうですよ。だって、剣を使う手でしょう? わたしを守ってくださるはずの手です。それって世界を守るみたいなものともいえますよね……。原則として、魔王を封印できるのは聖属性魔法使いだけですし。その聖属性魔法使いを助けるって、世界を救うのと似たようなものじゃないかと思うんですよ……。わたしは皆に助けられて、そのわたしが皆を助けることができる……そうやって循環していくのが、人間の社会なんだろうなぁ……」


 なんとなくウィブル先生の話なんかも思いだしつつ、励ますつもりが自分の感想をつぶやいていることに気づいたわたしは、ちょっと恥ずかしくなってしまった!

 ただでさえナヴァト忍者からは馬鹿にされてるっぽいのに……こんな思いついたことを端からぺらぺら喋って、ますます愚かに見られてしまう!


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