256 皆の数が少ねぇ、ふたりで皆を名乗るな!
「どうしたルルベル、なにがあった?」
今夜の吸血鬼対策会議、一番乗りはジェレンス先生だったのだが、挨拶もなしに、これ。
「はい?」
「顔が違う、顔が」
「……なにも変わってませんけど」
「朝、教室で見たときは死にそうな顔してたぞ」
大袈裟な!
「あー……。たぶん、シスコとファーニュ嬢と楽しくお昼ごはんを一緒に食べたから? だと思います」
「ああ、友だちと雑談できたってことか。そりゃよかったな」
いきなり頭をぐしぐしやられて、そういえばジェレンス先生には申し上げておくべきことがあった! と、思いだしたよね。
「先生、乙女の髪型を崩すのは犯罪ですよ」
「髪型っつったって、おまえ……。じゃあ、撫でつけてやるか?」
「遠慮します」
自分で撫で撫でしてみたが、まともな髪型になってるか、いまいちわからん……。
そこへウィブル先生が到着したので、さっそく訊いてみる。
「先生、わたしの髪、乱れてません?」
「ん、特に問題はないと思うわよ。どうかしたの?」
「ついさっき、ジェレンス先生にガシガシッと握られたので」
「……ジェレンス」
ウィブル先生の声が低くなった。ジェレンス先生は、あきらかに挙動不審になる。
「待てウィブル、俺はだな、生徒を励ます意味でこう」
「乙女の髪型を崩すのは犯罪よ?」
「……なんだそれ、定型文かよ。ふたりで同じ表現しやがって」
「まぁ、同じ表現した? それはこういうことじゃないかしら――乙女の髪型を崩すのが犯罪なのは、皆の共通認識だって」
ねーっ、とウィブル先生がわたしに同意を求めてきたので、わたしも確信ありげにうなずいて見せた。
「皆の数が少ねぇ! ふたりで皆を名乗るな!」
「ジェレンスは、装いに興味がなさ過ぎるの。自分のことは好きにすりゃいいけど、周りの装いを台無しにするのは駄目に決まってるでしょ。それくらい、わきまえてほしいわ」
今日に限らないんだからね、とウィブル先生が詰め寄っているところから察するに、常習犯だな……。まぁ、常習犯だよな。わたしだって、二回や三回では済まないほど食らっている気がするし!
「賑やかだね。どうかしたの?」
そこに、エルフ校長とともにファビウス先輩が入って来た。
……いやぁ、いつも思うけども、わたしと同い年ってほんとなのかな。堂々としてるよな。なんかこう……堂々としてる。語彙がなくて、ほかに表現のしようがない!
「ジェレンスが他人の身なりに気をつかわないって話をしてたのよ……ほんと、あらためてほしいわ」
「自分の身なりにも気をつかってないのに、他人の身なりを気にするわけねぇだろ」
「……まぁ、はじめましょうか」
うん、ファビウス先輩は堂々としてる!
そのまま、前回の復習みたいな話につづけて、最近の犠牲者の発見場所が地図に追加表示された。
ウィブル先生が眉根を寄せる。
「ちょっと、偏りが生じてない? 二、三日ぶんだからってこともあるのかもだけど」
「前回、校長先生とジェレンス先生にお願いして、巡回路を固定してみてもらったんだ。呼ばれたら駆けつけるけど、基本は同じ経路を見て回る。すると、相手はどう出るか? ってところを観察したかった」
「避けてるどころか、寄って来てるよな」
ジェレンス先生が腕組みをして唸り、エルフ校長の表情が険しくなった。
「あきらかに、僕らの巡回経路近くで犠牲者が出ています」
「そのように見えますね」
「呼ばれて駆けつけるとき、妙に近いことが多いとは思ってたんだ……そういうことか」
「僕を挑発してるのか」
おぅ……。エルフ校長の声が、完全にお怒りモード。
「ジェレンス先生の経路より、校長先生の経路の方が……少し、犠牲者が多いですね」
「吸血の度合いは軽微なものでしたが、数も増えた印象があります」
「はい。増えてますね」
地図上に日付別の犠牲者数が棒グラフになって浮かび上がる。おお……たしかに、昨晩はそれまでの五割増しくらいになってる。
……えっ。五割増し? 多過ぎない?
「ご無事なんですか? その、皆さん……ああ、でも軽微なんですね、すみません、動揺しちゃって」
「全員保護して、浄化も済んでる。安心しろ」
「そうですよ、ルルベル。なにも心配することはありません」
「はい……」
でも、たとえ治してもらえるにしても。後遺症さえ、ないんだとしても。
はじめから、吸血なんかされない方がいいに決まってる。
「捕まえてみろって意味なんだろうけど、もう少し、堪えてみたいところだな……」
ファビウス先輩がそういって、周りの大人たちは渋い顔をした。直接挑発されてる校長先生とジェレンス先生のふたりは、あきらかに嫌そうだ。
収容された被害者の健康チェック役をつとめてるウィブル先生も、わりと不快げ。
「挑発には乗らないって姿勢を見せるわけ?」
「すぐに捕縛できるなら、それでもいいんですけど。僕としては、吸血量が少ないのが気になっていて」
「その理由は、はっきりしていますね」
冷たい声で指摘した校長先生に、ファビウス先輩は動じず問い返す。
「教えていただいても?」
「陶酔による隙をつくらないためです」
……陶酔による隙? って、なに?
わたしは意味がわからなかったが、ファビウス先輩には伝わったらしい。
「吸血行為の度合いで変化するんですか?」
「そうです。よく知られているように、吸血行為は吸われる側に快感をもたらします。これは当然、吸血を容易にするための手段のひとつです。吸血鬼が、血を吸う代わりに快楽を与える魔力を注入しているからですね。結果、なにが起きるかというと――吸血鬼自身も、流し込んだ快楽の影響を受けるのです」
マッチポンプか! いやちょっと違う気はするけど……。
「吸血量を増やしてしまうと、忘我の状態になるのでしょうか?」
「そう考えてかまいません。少なくとも、僕やジェレンスのような魔法使いを相手にするのは難しくなるでしょう。無論、自我が肥大化した尊大な吸血鬼なら、吸血の片手間に魔法使いなど始末できると考えますが、あいつは用心深いですからね。だからこそ、滅ぼされずにいるのです」
なるほどな……。
吸血行為による陶酔とやらが依存性のあるものだとしたら、そりゃ当然、我慢するのは難しいだろう。ひょっとして、万能感も覚えちゃったりするのかもだし。そしたら、校長先生がいうように、魔法使いなんか何人かかって来ても同じことだと増長してしまうのだろうが……今回の吸血鬼は、そこを厳しく律しているのだろう。
「微量の吸血で終えて次に行く、というのは……本来、吸血鬼の生態としては不自然なことなんですね?」
「そうです。そうしようと思っていても、容易には衝動を抑えられないものらしいです」
「めんどくせぇ相手だな……」
ジェレンス先生が腕組みして、唸った。即決即断! って感じのジェレンス先生だから、今の戦法は性に合わないだろうなと思う。
「学園内の動きはどうでしょう」
「僕の感じでは、まだ潜伏中ですね。職員ではなく生徒の可能性が高いです」
「どうしてですか?」
「職員用ではない方の食堂で、気配を感じました。複数回」
お、おぅ……。食堂……。今日、あんなに楽しかったのに……。
「厨房の人間っていう可能性もありますね」
「それなら、定期検診が近くあるわよ。少し日程を早めにしても、誰もおどろかないと思う。アタシの都合で、前にも変更したことがあるし」
「ああ、厨房の人員は定期検診の回数が多いんでしたっけ」
「そ。感染症を持ち込まれても困るしね。検査したらわかるでしょ、吸血鬼の血が混ざってるかどうか」
「検査用の試薬はあります。前回の吸血鬼から、かなり詳細な情報が取れたので」
「じゃ、採血したら研究所に回すわ。アタシも検査するけど……いいわよね?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
学園内の方はその流れで対策がまとまったけど、王都をうろついてる吸血鬼本体については、なかなか良案が出なかった。
なんの役にも立たないな……って、こういうとき痛感するよね。
せめて、って感じで会議中もずっと呪符を描いてるんだけど。もちろん、描き慣れてるやつ。複雑化したのは、まだちょっと早いかなって……でも、今後の作戦次第では、あれも必要になるだろうなぁ。




