255 分断は敵だ! 自分から分けていったら負けだ!
昼食は、シスコとファーニュ嬢が合流した。
ファーニュ嬢は制服の着こなしもお洒落な感じだなぁ。分厚い生地で身体のラインは出づらいんだけど、シュッとしてるんだよねぇ……スレンダー体型、憧れる。
「今日は図書館でなにを読んだの?」
「あ、それね。すごく面白かったんだ。『エルフ――森の隣人たち』っていうんだけど、人間側の伝承とかを紹介してから、実際にエルフに質問してるの。これこれこういう事実はありますか? って」
「そんな本あるんだ……読んでみたいなぁ」
目をまるくしたシスコ、可愛いが過ぎる! 隣のファーニュ嬢も、おどろきの表情だ。
「エルフが、そんな質問に答えてくれますの?」
「著者が個人的に親しくしてるエルフにお願いしたらしくて。なんだかこう……その交流とか、お互いへの信頼なんかも感じられて、そういう部分も素敵な本だったの。禁帯出だけど、申請すれば図書館内で読めるよ」
「そうなんですのね。あまり図書館を利用する機会がなくて」
「課題図書を借りに行ったりもしないんですか?」
「ええ。取り寄せてますの。本を読むのがとても遅いので、いつでも読めるように部屋にないと安心できなくて」
課題図書をぜんぶ買ったら、すごい出費になるはずだが……そこは考えないことにした。というか、そういうことを考えなくても大丈夫なご身分なのだろう。平民は平民でも上の方の平民!
それをいったら、シスコもそうだな。
「シスコもあんまり図書館は使わない?」
「あ、うん。ほら、あの本屋さんが好きだから……よく行くの」
「ああ、栞の」
「そう……栞をくれるところ」
なるほど、そうだな。前世のわたしは、本屋さんに行くのが好きだった。
でも、今生では無理だった。入学前のルルベル的には、そんな趣味を持つ余裕はなかったのだ。金銭的にも難しいし、時間もない。パン屋の営業時間が終わる頃には下町の本屋――やっすいうっすい紙っぺらみたいな本を売っている――も閉まってしまう。それでもたまのお祭りなんかで、そのやっすいうっすい本を買うのが楽しみではあった。神殿でもらった修身の本――心身ともに清らかに生きれば良いことがあるでしょう、みたいなやつ――でさえ、娯楽の一部だった。
今は……なんか、金銭的にはいくらでも援助してもらえそうな気がするけど、魔法学園で必要になるような本が置いてありそうな本屋の心当たり自体が皆無なのだ。
シスコが通っているらしい栞をくれる本屋とか、ファーニュ嬢が取り寄せをたのんでいる本屋とか……。知らないよ。そんなもの、わたしの世界にはなかった。
……。
いやいや、こんなことで落ち込んでいる場合じゃないぞ! 貴重なシスコとの時間なんだから、もっと楽しまなきゃ!
「そのうち、予定が合ったら連れて行ってくれないかな? わたし、下町生まれの下町育ちだし、大きな本屋さんって行ったことがないの」
「もちろんだよ。次のお休みにでも、ルルベルに時間があったら」
そこでリートが咳払いをした。
「リート?」
「聖女様は予定が立て込んでらっしゃいます。まだ、お約束はできません」
なんでシスコ相手にも護衛っぽくしてるんだよ……。あっ、ファーニュ嬢がいるからか?
しかたなく、わたしは困った顔で笑って見せた。今すぐ確約できないのは事実だし。
そもそも、街に出るなんて許してもらえないんじゃないかな。例の吸血鬼が片付くまでは。
「やはり聖女様はお忙しくていらっしゃるんですのね」
「めんどくさいです。自分の予定を自分で決められなくなっちゃって」
「ルルベル……あのね、もし……もし、そういうのがすごく、つらくなったらね? わたしに知らせて。できる範囲で気晴らししようよ。学園の中でも、どこでもいいから」
シスコぉぉぉ!
ガシッと抱きつきたいところだが、今日もシスコとわたしはテーブルに隔てられている……。くっ。
「うん。ありがとうね、シスコ。そういってくれるだけでもう、なんかスカッとした!」
「ルルベルったら」
笑うシスコが可愛過ぎてもう無理。ほんと。
「でも、聖女様は舞踏会はお断りになったと聞きましたわ」
「あー……。それは、はい。あっ、聖女様っていうのは、やめていただく約束でしたよ?」
「あら。申しわけありません、つい……。やっぱりなんだか、畏れ多い気がしてしまって」
「全然ですよ。わたしって、ただの下町のパン屋の娘ですから。むしろ、わたしがファーニュ様をお友だち扱いする方が難しいです。でも……お友だちになってくださいね?」
まっすぐファーニュ嬢の目を見て、お願いしてみた。
そうだ。同じ平民でもなんか違うとか、そういう壁とか溝とかを感じてる場合じゃないんだよ。
分断は敵だ! 自分から分けていったら負けだ! 後ずさるな。手をのばせ。信じて踏み込むのが性に合ってるって、自分で宣言したじゃないか!
気合を入れて見つめたせいか、ファーニュ嬢は少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。やだ可愛い。ショートボブも、さらっと揺れる。おしゃれ可愛い!
「……ちょっと練習してもかまいませんか?」
「もちろんですよ」
「ル、ルルベル」
……可愛い!
そして、わたしは入学初日のことを思いだした。
馬車に乗せてくださった――ただし、外――ウフィネージュ殿下に名前を問われたときの自分も、こんな風に答えたことを。
くすっと笑ったわたしに、ファーニュ嬢は真っ赤になった。
「す、すみません。今のは失敗です! やり直しますわ」
「ううん、ごめんなさい。今、笑ったのはね――」
ウフィネージュ様との一件を話すと、ふたりは眼をパチパチさせた。
「まぁ……初日にいきなり、殿下にお声がけいただいたなんて……わたしだったら卒倒してしまいますわ」
「ルルベルって、すごく、しっかりしてるよね」
「ううん。わたしだってもう震え上がってたんだ。自分の名前さえ、すんなりいえなくて。『ル、ルルベル』ってお答えしたら、ウフィネージュ様がね、『ルルルベル?』って」
「ルルルベル……」
シスコとファーニュ嬢が同時につぶやいて、ふたりで顔を見合わせ、そして全員で視線をかわして。
ぷっ、と吹き出したのは、誰が最初だったか。笑いがどんどん広がって、止まらなくなって。なにがおかしいのか、当人たち以外にはわからないだろうけど、笑えて笑えてしかたがなかった。
もちろん、リートは動じずに飲むように食べていた――ほんとに、なにがおかしいのか理解できないし、する気もないって顔をしてた。
「わたし、年下の従姉妹にね、フッファーって呼ばれたことがあるんですの」
「フッファー……」
せっかくおさまりかけていた笑いが、ファーニュ嬢の思わぬ告白で再燃した。
「ちょっと……それは、あの……可愛いですね?」
「四歳くらいだったかしら。それから長いこと、兄にはフッファーって呼ばれましたわ」
「お兄様……」
わたしだったら、兄にルルルベルって呼ばれたら……いやぁ、あのひとは呼ばないだろうなぁ! 無口だし。弟は呼ぶ。これを知ったら、間違いなく呼ぶな!
「シスコはそういう経験ないの?」
「ないわ。まさかこんなことで残念に思う日が来るなんて……」
「残念じゃないよ、全然」
「そうですわ」
「でも、今、なんだか残念に感じてるの」
わたしたちは顔を見合わせ、また、ひとしきり笑った。ほんと、なにが面白いのかは不明なんだけど、無限に楽しい!
「どうしよう。ファーニュを見たら思いだしちゃう、フッファーって」
「思いだしてくださっても、かまいませんわ。なんなら、そうお呼びになって?」
「えー、でもそうしたらルルルベルって呼び返すんでしょ?」
「やめて、ふたりとも。わたしが……笑いをこらえるのが……大変なんだから。もう……お腹が痛い……」
「お腹はわたしも痛いですわ」
「まぁ奇遇ね、わたしも!」
笑い過ぎたせいで、食事もかなり適当になっちゃったし……相変わらずシスコにファビウス様のことを話せてないけど、でも今日はなんか、よかったな。
うん、よかった!




